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先ほどまでペトロニウスさん(@Gaius_Petronius)とTwitterで話をしていたのだけれど(ぼくたちは時々、Twitterをチャットのように使って会話するのです)、その内容が非常におもしろかったので、忘れないうちにまとめておく。
それは「成長」という言葉にまつわる話から始まる。ペトロニウスさんは最近、アルファブロガーのちきりんさんの影響で梅原大吾の『勝ち続ける意志力』を読み返しているらしいのだが、そこに「成長」という概念では括りきれない価値観を発見したのだという。
「成長」という言葉には自然、進歩を意味しているところがある。そこにはどうしても「リア充」や「カースト上位」を目指して階段を登っていくようなイメージが付きまとう。しかし、梅原は「成長」というよりも「変化しつづけること」に価値を置いているように見えるというのだ。
じっさいには「成長」という言葉を使っているのだが、よく読んでいくと、それが意味するものが「不断に変わりつづけること」であることがわかる。
梅原はいうまでもなくゲーマーピラミッドの頂点に立つ有名人だ。しかし、じっさいにはかれの目的は「ゲーマーとして頂点を究めること」にはないと思う。
あるいは一時期はそこに目的を置いていたかもしれないが、十代前半にして世界の頂上に到達してしまったこの麒麟児にとって、それはすでに最終的な目標ではないのではないか。梅原の目的はもっと高いところにある。そしてそのためにかれが選んだ方法論が「どこまでも変わりつづけること」なのである。
かれはいう。
築き上げたものに固執する人は結局、自分を成長させるということに対する優先順位が低いのだと思う。新しいことに挑戦する意欲も薄ければ、何かを生み出す創造性も逞しくないのだろう。それではいつまでもトップランナーを超えられない。
今日の記事でふれた最近の『ファイブスター物語』の展開などを見ていると色々考えさせられる意見だが、それはともかく、これだけを読んでいると「トップランナーより上位のランキングを手に入れるために築き上げたものに固執するな」といっているように読めてしまう。
しかし、ぼくは梅原がいわんとしているのはそういうことではないように思う。この本を読んでいると、梅原が決して「どのような手段を使おうと、勝ちさえすればそれでいい」などとは考えていないことがわかる。
ただ単にランキングを上げるためだけなら、一度手に入れたものに固執してもかまわないはずだ。むしろ常に安全を確保しておくほうがまともなやり方だろう。梅原が「変化せよ」というのは、かれがほんとうに求めているものがそういうはっきりした形あるものではないことを表しているのではないか。
「成長」という言葉を使ってはいるが、それが意味するものは自分自身の内面の充実であって、決して他者との比較において上位を目ざすということではないと思うのである。
かれはペトロニウスさんがいうところの「ランキングトーナメント序列主義」にこだわっていない。かれが「成長」というとき、それが意味するものは「勝てばそれでいい」という価値観とはむしろ真逆の、美学とも哲学ともいうべき価値観なのである。
そして、この価値観はいまの時代、しだいに浸透しつつあるのではないか。むろん、梅原ほど端的に表現することは凡人にはむずかしいにしろ。
余談ではあるが、それはたとえば漫画の世界でも『HUNTER×HUNTER』のように多様な価値観を描き出す作品が出てきていることでもわかる。そこには「トーナメントで優勝すること」が最大の価値だというような価値観はすでに存在しない。その価値観が失効したところからこの作品はスタートしているのだ。
それは作者が前々作『幽☆遊☆白書』で、「ランキングトーナメント序列主義」的な価値観の限界を見通したからこそたどり着けた境地だろう。冨樫義博は、おそらくはその天才的な感性でもって「すでにゲームのルールは変わった」ということを察知したのだと思う。余談終わり。
さて、梅原のように「成長」を志しても、かれの言葉通りに常に変化しつづけることは普通はなかなかできない。なぜなら、変化することは恐ろしいからだ。それはいま持っているということを失うということかもしれないのだから、恐怖であってあたりまえだろう。
だからひとは「永遠の愛」だとか「変わらない友情」といった不変のものに価値を見出し、それだけが本物であるかのように考える。そして「ずっといっしょにいられる恋人」だの「決して裏切らないほんとうの友達」といったものを探しつづけるのだ。
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コメント
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将棋のプロの羽生さんも「決断力」という著書の中自分の得意な形に逃げないと書いてらっしゃいますね。
ですがトッププロが全員自分の得意な形に逃げないかというとそうでも無いらしく、ずっと同じ戦法を指す方もいるそうです。 つまり変化するべきかすべきで無いかというのもその人や物事次第かなーと思います。