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映画館はテーマパークに似ている。その閉ざされた空間で過ごす間、ひとは日常から切り離され、あらゆる雑事から解放され、夢と幻想と物語に酔う。
映画館の場合、その魔法が機能するかどうかは、すべて上映される映画の出来しだい。最高の名作は劇場の座席を海にも森にも砂漠にも変える一方、凡作はただ観客の人生から時を奪い取るばかりだ。
そしてほんとうに素晴らしい映画は(ご存知のように)ひと握りに過ぎない。そのひと握りの傑作を紹介しよう。ラージクマール・ヒラーニ監督『きっと、うまくいく』。
英題は「3 idiots(三人のバカ)」、インド最高難度の大学ICEを舞台に、ランチョー、ファルハーン、ラージューの三バカトリオの活躍と暴走を描く。映画の魔法に充ちた最高の作品だ。ぜひ、劇場へ観に行ってほしい。
英題は「3 idiots(三人のバカ)」、インド最高難度の大学ICEを舞台に、ランチョー、ファルハーン、ラージューの三バカトリオの活躍と暴走を描く。映画の魔法に充ちた最高の作品だ。ぜひ、劇場へ観に行ってほしい。
と、こう書いてもたぶんあなたは観に行こうとは思わないだろう。何しろ日本人とは縁遠いインド映画である。
仮にインド映画界が俗に「ボリウッド」と呼ばれ、世界一の本数が制作されていることを知っているとしても、「インド映画? あの意味もなく歌って踊るやつでしょ」と切り捨ててしまうかもしれない。
しかし、『きっと、うまくいく』はそんなふうに見逃してしまうにはあまりに惜しい一作だ。インド映画映画史上空前の興行的大成功を遂げたという話も納得がいくわかりやすさ、爽やかさ、涙と笑いの一大エンターテインメントなのだ。
たしかに歌も踊りもあるが、それは全体のごく一部に過ぎない。この映画のなかには成功も失敗も含めた人生のすべてがある。上映時間はたっぷりと3時間近くあるが、そのあいだまったく退屈することはない。
一生忘れられないような、素晴らしい映画体験を約束する。ぜひぜひ、映画館まで出向いてほしい。と、こうまで書いてもあなたはまだ観ようとは考えないかもしれない。
インドでいくらヒットしたとはいっても、それはあくまではるかな異郷のこと、日本人の琴線には触れないのでは? そういうふうに思うことも考えられる。
しかし、この映画の普遍性は尋常ではない。競争につぐ競争にあえぐ先進国、発展途上国の人間なら、ほとんどどこの国のひとでも楽しめるのではないかと思う。
監督と脚本をひとりで務めるラージクマール・ヒラーニは痛烈をきわめる社会批判を涙と笑いで包み込み、物語の王道を往く大傑作を生み出した。たしかに長い映画だが、スピーディーかつコミカルな展開に、観客はものの10分で映像空間に引き込まれるだろう。
物語はファルハーンとラージューが、いずこかへ姿を消した親友ランチョーの消息を探す「現在」パートと、10年前の大学時代を描く「過去」パートを往復しながら語られてゆく。
大学一の天才でありながら、常に詰め込み型の管理教育に反発し、しばしばトラブルを起こしてはそのたびにファルハーンたちを巻き込んだ破天荒な異端児ランチョー。
ぼくは映画を見進めるうち、このキャラクターが大好きになっていた。ランチョーの主張はシンプルだ。ひとはそれぞれオリジナルの能力と素質を持っている。だからその人生もオリジナルなものであるべきだ、と。
ランチョーは競争社会の頂点に立つ天才でありながら競争を批判し、幾人もの友人たちの人生を変えていく。しかし、それにしてもかれはいったいなぜ、どこへ姿をくらましてしまったのか?
ランチョーをライバル視し、ランチョーよりも良い人生を目ざして企業の副社長にのし上がったチャトルは、ランチョーはつまらない人生を送っているに違いないと見ているようだが、ほんとうにそうなのか?
いったいランチョーとは何者で、何のために大学にやって来たのか? その秘密が明かされるとき、映画はほとんどお伽話か夢物語のような結末を迎える。
ある意味、「見え見え」の「お約束」的な展開である。予想を裏切られることばかり求めるすれたシネフィルは「ああ、やっぱりね」と呟くかもしれない。
しかし、その予定調和のなんと爽快なことか! あるべきものはあるべきところに収まり、過去と未来を行き来しながらすべての伏線は回収されて映画は理想的なハッピーエンドを迎える。
観客はとても良い気分で映画館を出ることができるに違いない。この夢のようなハッピーエンドこそは物語のあるべき姿であり、映画のあるべき格好だと思う。
「こんなこと現実にはありえないよ」と皮肉にささやくひともいるかもしれないが、ぼくは何も現実の模写を見たくて映画館へ行くわけではない。映画とはいっときの夢なのだ。その意味ではこの上なく爽やかな夢を見せてもらった。満足、満足。映画はこうでなくっちゃね!
ひとつインドを超えて、世界の映画史に記憶されるべき大傑作。悪いことはいわないから、劇場で上映されているうちに観ておきましょう。インド映画に対する偏見を抱えているとしても、そんなものはあっさり吹き飛ぶこと間違いなしの痛快娯楽大作である。
必見!
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