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 衛星放送で放映されていた映画『しあわせのパン』を観ました。あまりといえばあまりにシンプルなタイトルに、あまり期待していなかったのですが、これがなかなかの出来。たぶん好みが分かれるとは思うけれど、ぼくはかなり好きです。

 物語は、北海道の田舎にあるパン屋の春夏秋冬の日常を追いかけているだけで、ほとんど起伏らしいものもないのですが、これはそういうものとして受け入れるしかないでしょう。

 そういう映画だと思って観ると、映像は相当に美しく、上品で、端正で、意外に観ていて飽きないものがある。

 ふしぎなもので、「観れる映画」と「観ていられない映画」は、五分も観ていればわかります。これはべつにぼくが慧眼なのではなく、だれでもわかることでしょう。

 それがいったいどんな技術に起因してそうなのか、そこまではぼくにも分析できませんが、退屈な映画は、退屈な小説や漫画以上にはっきりとわかります。そういう意味で、映画とはテクニカルな表現なんでしょうね。

 偉そうにいわせてもらうなら、この映画は十分合格点。何となくまなざしが吸い寄せられるような画面を作ることに成功しています。

 まあ、およそリアリティからかけ離れたお話であることはたしかで、原田知世と大泉洋が演じる夫婦が経営している田舎のパン屋がどうやって経営を成り立たせているのか、だれにも説明できないに違いありません。

 『人生の楽園』というドキュメンタリー番組があって、そこでは始終、田舎町に引っ込んでパン屋やらピザ屋やらそば屋を経営している老人たちが出て来るのですが、引退後の道楽ならともかく、まだ若い夫婦がこんなところに引っ込んでどうやって暮らしているのか、まさに謎としかいいようがありません。

 何しろ周りは家ひとつない僻地にぽつんとパン屋が建っているのだから、ある種、シュールな絵面。常連客はいるようですが、それ以外のお客はどうしているのだろう。

 そういう疑問は見た人だれもが思い浮かべると思います。たぶんスタッフもわかって作っている。しかし、そういう突っ込みどころを「これはそういうものなのだ」としてスルーすることができたなら、これはなかなか楽しい作品です。

 繰り返しいわせてもらうと、何といってもヴィジュアルが素晴らしい。いったいどこがどうきれいなのか、ぼくにもうまく説明はできないのですが、画面の構図がいちいち決まっています。

 たぶん、舞台となるパン屋の調度なども相当良いものを使っているのでしょう、非常に画面が締まっています。

 その「しあわせなパン屋」を訪れる客たちは、恋人にふられたばかりの女性であったり、両親の離婚に心揺れる少女であったり、あるいは何かもの悲しい雰囲気の老夫婦であったりと、それぞれに事情を抱えた人々ばかり。

 かれらのココロの瑕が、優しいパンの味によって癒やされていく過程が、ほのぼのと綴られます。

 見方によっては、非常に甘ったるい映画で、そういうところを辛く見る人も少なくないことでしょう。しかし、ぼくとしては、こういう映画をこそ高く評価したい。

 現実はこの現実世界には十分にあふれているではありませんか? 映画はこの世にありえないファンタジーを見せてくれるからこそ映画なのだと思うのです。