まことに残念ですが…―不朽の名作への「不採用通知」160選 (徳間文庫)

 『まことに残念ですが…』と題する本がある。サブタイトルが「不朽の名作への「不採用通知」160選」と題されていることからもわかる通り、今日、不朽の名作といわれている作品への「断り状」を集めた一冊だ。

 この本は、ぼくたちに、のちのベストセラーですら、何度となく出版を断られる例があることを教えてくれる。たとえば、ノーベル賞作家パール・バックのピュリツァー賞受賞作『大地』は、近代中国を舞台に、ある一家の遍歴を綴った長編小説だ。

 ぼくも読んだ。名作だった。しかし、この不朽の名作は、「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。」と、あっさり断られた。

 また、アメリカの伝記作家アーヴィング・ストーンの第一作目はヴァン・ゴッホの伝記だった。かれは書き上げた原稿をみずから某社に持ちこんだ。その結果は、「封を開けられもしなかった――原稿の入った小包はわたしより先に家に戻っていた」。その後、この原稿は15社から断られた末に出版され、少々売れた。少々、つまり、2500万部ほど。

 コナン・ドイルのシャーロック・ホームズものの初長編『緋色の研究』も断られた。アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロものの、同じく初長編である『スタイルズ荘の怪事件』も断られた。

 ただ断られるだけなら仕方ないが、ほとんど悪意をもたれているとしか思われない例もある。米国の作家ハリー・クルーズの『未発表短編集』(未訳)の断り状には、このように書かれていたという。「火にくべよ、お若いの。焼いてしまうがいい。炎がすべてを浄化してくれるだろう」。

 もっと親切なひともいる。詩人のA・ウィルバー・スティーヴンスは、あるとき、わずかに面識のあった編集者に原稿を送った。戻ってきた返信封筒をあけると、少量の灰がぱらぱらとこぼれ落ちた。

 あのアレクサンドル・デュマのある小説はこう断られた。「戯曲に専念したまえ、きみ。自分でも劇作のほうが得意なのはわかっているはずだ」。もしデュマが素直にこの忠告に従っていれば、『三銃士』も『鉄仮面』も『モンテ・クリスト伯』もなかったわけだ。

 しかし、何と言っても、ぼくが最高傑作として挙げたい文章は、ガートルード・スタインの『小説アイダ』への断り状に尽きる。

 わたしはたったひとりです。たったひとり、たった。たったひとりの人間で、いちどにひとりにしかなれません。ふたりでもなく、三人でもなく、たったひとり。たったひとつの人生を生き、一時間はたった六〇分。たったひとそろいの目。たったひとつの脳。たったひとり。たったひとりで、たったひとそろいの目で、たったひとつの時間とたったひとつの人生しかないので、あなたの原稿を三回も四回も読めません。たった一回も読めません。たったいちど、たったいちど見ただけで十分。たった一冊も売れないでしょう。たった一冊も、たった。

 こんな書評を書いてみたい。