レスリングを撮るために世界中を駆け回り、RIZINではオフィシャルカメラマンとしてMMAファイターも撮り続ける保高幸子さん。今回の東京オリンピック・パラリンピックにもスタッフとして参加。間近で目撃した日本レスリングの強さ、オリンピックの運営について伺いました!(聞き手/松下ミワ)
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・レスリングを20年間、撮り続けきたカメラマン――保高幸子インタビュー
――東京オリンピックのレスリングは、男女ともメダルラッシュでした!
保高 もう、万々歳な結果なんだと思います。あれだけ獲ったら満足しちゃうよね(笑)。
男子フリースタイル65キロ級 乙黒拓斗 金メダル男子グレコローマン
60キロ級 文田健一郎 銀メダル
77キロ級 屋比久翔平 銅メダル
女子フリースタイル50キロ級 須崎優衣 金メダル53キロ級 向田真優 金メダル57キロ級 川井梨紗子 金メダル62キロ級 川井友香子 金メダル
――日本レスリング協会の総括としても、やっぱり合格点というか。
保高 そうですね。まあ、グレコローマンで1つ金メダルが獲れると思っていたので、ちょっと想定が外れてしまったのと、フリースタイル男子でももう2つぐらいはメダルを獲れただろうなあと思っていたから、一番期待していたとおりとはではいかなかったけど。でも、金メダル5個だから!
――凄いです! とくに女子は連覇しまくっていた吉田沙保里さんや伊調馨さんから第一線を受け継いだ選手たちが、ちゃんと金メダルを獲っていて、本当に理想的な新陳代謝というか。
保高 ああ、今回は取材にあたって「どうしてレスリングは吉田沙保里、伊調馨ら以降もメダルを量産できるのか」という質問をもらっていたから、ちゃんと考えてきたんですよ。
――ありがとうございます(笑)。
保高 この3日間ぐらい考えたんだけど、やっぱり、まだまだレスリングという競技では日本が先進国だからかな、と。たとえば、アメリカの選手や、川井友香子と戦ったキルギスの選手もそうだけど、彼女たちは高校生からレスリングを始めているんですよね。でも、日本の選手はスタートが幼稚園や小学生とかだから。しかも、親が競技経験者だったり、自分がオリンピックに出られなかった夢を託していることがけっこうあるんで、小学校の頃から「オリンピックに出てメダルを獲る」ってマジで思っているというか。
――たしかに、子供に習いごとをさせようとなったときに、ジムには必ずキッズレスリングがあるから、日本ではレスリングも選択肢に挙がりますもんね。
保高 それに、いいコーチも凄く増えているんですよ。ロシアやタゲスタン共和国の選手も小さい頃からやってるんだけど、女子がこんなに子供の頃からずっとレスリングをやっている国ってないから。
――以前、宮田和幸さんを取材したときに、そういう国々の女子が本格参戦するようになったらヤバイと言ってました。
保高 でも、イスラム色が強い国は宗教的な背景があるから女子レスリングは大発展はしないと思う。イランなんかでも女子はやってないし、やってもすぐに強くなれるわけじゃないから。レスリングが好きなイラン人でも、女子レスリングという種目が存在することすら知らない。テレビで見せないからね。下手すると、メダルは獲れなかったけど76キロ級で戦った皆川博恵なんかは、いま33歳で3歳から始めているから、もう30年間レスリングをやっているわけで。
――そう聞くと、たしかに差を出てきますよね。
保高 で、これはほかのスポーツとかでも言えるんだけど、日本の選手はやっぱりテクニックは一番うまいんですよね。でも、アメリカとか外国の選手はフィジカルでそこそこいけるから、テクニックは雑な感じなんですよ。
――ああ、なるほど。
保高 今回、カナダでスポーツ留学を斡旋している人と話す機会があったんだけど、カナダでもバレーボールやバスケットボール、サッカーのチームは、やっぱり日本人を欲しがるんだって。それは、強くなくてもいろんなテクニックを知っているから。それでチームにいい影響を与えるから日本人が欲しいと言ってました。
――それってちょっと前のMMAもそうだったみたいですよね。アメリカ人は大ざっぱで、試合で打撃もタックルも「とりあえずアタックしてみよう」と攻めるけど、日本人は神経質すぎるぐらい細かく技術を気にするというか。
保高 だから、外国勢も少しずつテクニックは上がってきているんですけど、日本人選手もちゃんとフィジカルに力を入れ始めてるから、やっぱり互角以上の戦いができるということだと思います。
――あと、東京オリンピック前はいろんな競技協会と選手との軋轢がけっこう話題になったりもしてました。ボクシングでは“奈良判定”が取り沙汰されたり、テコンドーでも合宿参加費は自己負担なのに、その合宿に参加しないと強化選手をはずすとか。その点、レスリングに関しては正当に出場選手が選ばれている雰囲気がありますよね。
保高 ああ、そういうあからさまな“えこひいき”はまったくないですね。どうやって代表を決めるかというのは、もう何年も前から、「もしこうなった場合は、こうする」というのを徹底的に決めてるから。代表決定戦で1位がダメだったときに2位の選手、そして2位がダメだったときのためにも、3位決定戦までしっかりやって、その順番で優先権があるというのをしっかり決めているから。昔、そういうのでゴタゴタがあったりしたから、改善されてきているよね。
――昔はどの競技もそういう話題がありましたけど、そこを改善した競技はちゃんと結果を出しているイメージがあります。たとえば、水泳とか。
保高 千葉すず問題ねえ。だから、完璧ではないけどちゃんと公明正大にやってますよ。
――ちなみに、レスリングの競技人口も増えているんですか?
保高 ええっと、一番最近のデータは把握してないんだけど、たとえばキッズレスリングの登録者が6000人で、そのうち女子の割合は25%。全国大会に出場するのは1500人くらいだそうです。
――それは凄いですねえ。
保高 だから、キッズにずっと続けてもらえれば将来も大丈夫だと思う。ただ、やっぱりレスリングは中学・高校ぐらいになると競技人口がガクッと減っちゃうんですよ。なぜなら、中体連がないから。
――ああ~、そういえばレスリングの中体連って聞いたことないです。
保高 だから、みんな中学生になると、やめちゃうという。高校で戻ってくる子もいるけど、そこで1回中断するから。でもなあ、なんで中学にレスリングないんだろう……?
――なぜなんでしょう?
保高 やっぱり誰かが熱心に働きかけないといけなくて、その「誰か」がいないんだと思う。若い指導者のあいだでみんなで結束を固めて「やろう!」というのが生まれてくればという感じなんだけど……。働きかけているとは思うんだけどね。
――でも、レスリングでそんな感じだったら、MMAが根ざすのなんて1万年ぐらいかかりますね(笑)。「部活動にMMAを」とか言っても現実は相当難しいというか。
保高 いや、逆にMMAのほうがそういう結束はありそうじゃない?
――MMAの場合は、よからぬ人が入り込んで問題が起こりそうな感じもあります(苦笑)。
保高 ハハハハハ! そういうのがあるのか(笑)。でも、私だってレスリングと柔道とかだったら「柔道に行くわ」と思うかもなって。そこは、ひとつにはシングレットのユニホームがイヤだというのが、思春期にはあるかもしれないから。
――レスリングの大会があると、必ずそれは話題になりますよね。
保高 トップ選手は身体もかっこいいし、着用にはぜんぜん抵抗ない、むしろ気に入ってるって聞く。キッズも全員が恥ずかしいと思っているわけじゃないんですけど、そういうふうに思っていたら思春期になってという。周りに何か言う人がいなければ大丈夫なんだけど、誰かが茶化すとたぶんイヤになっちゃって、同じ格闘技で選ぶなら柔道に行っちゃうかもしれないですね。
――でも、昔より全然カッコよくなりましたよね。
保高 昔よりはねえ。あとは、いまメディアに女子選手もたくさん出てるし、あれを着ている選手の姿もたくさん見て慣れてきたから。慣れてきたら、べつに水泳や陸上と変わらないからね。
――そういう意味では、選手たちがメディアに出続けたことも大きいですよね。
保高 そこは、吉田沙保里が本当に功労者ですよ。やっぱり、金メダルを獲った人が多くの人の前に出続けるというのは大きいと思うんだよなあ。本当に、何回言ってもオリンピックしか見てくれないから、みんな(苦笑)。
――ス、スミマセン! でも、レスリングでさえジャンルとして根ざすのはやっぱり大変なんですね。
保高 学校教育まで巻き込まないといけないからね。日本でスポーツを大きくしようとすると学校は外せないんで。高校もインターハイがあるから成立しているし、普通の高校生の目指す場所にちゃんとなってるから。
――そう考えると、福田富昭会長が30年ぐらいかけてここまで大きくしても、まだまだやることがあるという。
保高 そう。協会も選手自身も、普及のためにもっとやれることたくさんあるんだけど、ここで満足しているとねえ。でも、満足しちゃいますよね、こんな素晴らしい結果を残すと(苦笑)。
――その普及活動の話でいうと、以前「柔道選手でオリンピック出場が難しそうな選手をレスリングにスカウトしている」という話もお聞きしたような。
保高 ああ~、いまそういうのはやってるのかなあ。いま、ちゃんと金メダルが獲れちゃってるから、そこまで熱心にやる人がいるのか……。でも、自衛隊とかではよくやってるか。自衛隊体育学校は、高校で柔道やってた子とかにレスリングをさせてみるとか、そういうのはあるんですよ。自衛隊はそれで何人か柔道からの転向組がいますね。
――そういうルートで転向する人もいるんですね。
保高 そういう感じで柔道にいるような人たちが、もっとレスリングに来てくれたら……。とくにレスリングの重量級って、女子も男子も本当に層が薄くて、もう10年ぐらい同じ人がずっと日本のチャンピオンだったりするからね。
――それは柔道のほうが成功したときのメリットが大きいから、選手がそっちを選んじゃうというのがあるんですかね?
保高 まあ、柔道は就職先もたくさんあるしねえ。
――そういう意味では、オリンピックの出場権を逃したような、ギリギリ輝けなかった選手たちって、その後はどういう生活を選んでいるんですか?
保高 うーんと、自衛隊にいる人はそのまま自衛官として生きていく人が多いし、警察官も同じ感じかなあ。地元に帰りたい人は先生になったり。あと、そこそこ成績を残していてリーダーシップがある人だと、大学でコーチをしてその先に監督になるとか。でも、最近は高校の体育の先生になるのも大変なんでね。昔は先輩が「俺の学校に来いよ」と斡旋してもらえたらしいんですけど、いまは本当に枠もないらしくて。で、女子は専業主婦になったりとか、あとは新たに勉強して鍼灸師になったりとかかなあ。
――そう聞くと柔道と比べて進路先が難しいですよね。
保高 だから、安定したいんだったら自衛隊に入りなって感じですね。
――なるほど、そういう引退後のことを考えることも、競技を根付かせるヒントが隠されてそうです。ちなみに、レスリング方面でMMAに転向しそうな選手っていませんでしょうか……?
保高 オリンピック選手では……いないかなあ。
――はあ~、そうですよねえ(苦笑)。
保高 やっぱり、ほとんどが小学校の頃からオリンピック目指しているからね。それこそ男子フリー125キロ級の金メダリスト、ガブレンダン・スティーブンソンなんかはWWEやUFCとか口にしてるでしょ。もしかしたらリップサービスで言ってるかもしれないけど、日本の選手はそういう面白いことを言うとあとでいろんなところから連絡がきて面倒くさいとか、所属の監督が怖いとかで口にしないし、ただ真面目にオリンピックを目指しているから。
――まあ、いままでもメダリストのMMA転向ってほぼないですもんね。唯一、吉田道場という例外はありましたけど。
保高 だから、レスリングでは太田忍しかいないのか。あのー、レスリングって最近は若い選手が勝ってますけど、15年前ぐらいまでは男子はとくにベテランにならないとなかなか勝てないというのがあったんで、オリンピック選手の年齢もけっこう高かったんですよね。
――そうなんですね。
保高 そんな30歳近くからの人生となると、やっぱり大学の先生になるとかになりますよね。まあ、最近は太田忍も含めて20代前半が主流になってきたから、もしかしたら今後は変わってくるかもしれないけど。でも、最近の若い人って、レスリング関係なく安定志向が凄くない?
――たしかに、冒険しようという雰囲気はないですかね。
保高 まあ、いずれにしても、私はレスリング協会の中の人でも外の人でもない微妙な立場だったりするんだけど、レスリングの普及という意味では、外からちょっとずつ働きかけるしかないのかな、と。
――そういう意味では、保高さんのツイッターでの「見たいんでしょ」シリーズではレスリング選手もツイートしてるんで、影響は少なくないんじゃないですか?
保高 そこは頑張ってやってるんですけどね。それでも、やっぱりみんなオリンピックしか見てくれないの!
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オリンピックは見てなかったけどボランティアさんの話は面白いと思いました