UWFやリングス、K-1まで、様々なリングで戦ってきた長井満也インタビューシリーズ第8弾! 今回はリングス退団後の長井満也です (聞き手/ジャン斉藤)
長井満也インタビューシリーズ
――前回の「リングス退団編」は大好評でした!
長井 今回は若い世代のプロレスラーも読んでいたみたいで「課金しちゃいましたよ」って言われましたよ(笑)。
――ありがたいお話です(笑)。長井さんが懸念されていた批判のほうもそこまでなかったみたいで。
長井 私のほうにはないですね。そこは斉藤さんが波風が立たないように書いてくださったからだと思います。どうしても自分が信じてる人、大好きな人のことがよく言われなければ波風は立つだろうし、何か言われても仕方ないなと思ってたんですけど。斉藤さんが編集後記でも気を使って書いていただいたんで、ボクは今回すごく助かりました。
――そこは時間が経っていることも大きいんじゃないかと思います。どこまで踏み込んでいけばいいかって年代によって違いますし。
長井 ボクも「どこまで話されますか?」って相談を受けることがあるんですよ。やっぱりリングスに関わってきた人間ってどこまで言っていいのか、ダメなのか。線を引くところってすごく難しいのかなって思いますね。
――ボクは後ろ向きなかたちじゃなかったら、ある程度はいいんじゃないかなってスタンスなんです。それでプロレスや格闘技、リングスの凄さが伝わればいいんじゃないかなと。
長井 誹謗中傷する内容でなければいいのかなと思っているんですけどね。
――まあどんな言い方をしても悪く受け取る人もけっこういるのかなと思います(笑)。
長井 今日は話を膨らませられなかったら申し訳ないんですけど(笑)。斉藤さんが編集後記でドン・中矢・ニールセンの名前を出されてましたけど、俺もニールセンとの試合が飛んだことがあったなと。
――ニールセンとはリングスでやるはずだったんですよね。
長井 競技としてやろうという話があったんですよ。ケガで流れて数ヵ月経ってからまたマッチメイクされて。日にちも決まってたんですけど、乗るはずだった飛行機にニールセンが乗ってなくて。
――ああ、当時はそんなことってよくありましたよね(笑)。
長井 あったんですよ。乗らなきゃいけない飛行機が着いたらニールセンが乗ってなかったことがあって。向こうのばっくれで試合が流れちゃったからショックだったんですよね。それから数年後だったのかな。それがK-1の会場だったのか、キックボクシングの会場だったかは思い出せないんですけど、会場にニールセンがいたんですよね。「あ、ニールセンだ」と思ったら、向こうもこっちを見てたんでペコリとしたら、ニールセンが私のほうに来てくれて「あの日リングスの会場に行かなくて申し訳なかった」と謝ってくれて「試合が怖かったんだ」と言ってくれました。
――そういう理由ですか!あれだけの猛者が……。
長井 ぶっちゃけボクにネームバリューがあるわけでもなかったところもあったのかなと。
――ニールセンは総合格闘技自体のキャリアはほぼなかったですけど、日本格闘技界の鍵となる試合をやってますね。
長井 新日本プロレスで前田(日明)さんとやって名前がガッと上がったから、キック界が使ったところもあったんでしょうね。
――佐竹雅昭さんがニールセンに勝ったことがK-1誕生に繋がってますし、ニールセンという存在がUWFやキックを盛り上げたところはあって。
長井 当時のスターでいえば、リングスに出てくれたロブ・カーマンもお亡くなりになりましたね。カーマンはリングスで角田信朗さんとやったじゃないですか。
――カーマンがリングスルールに挑戦して圧勝したという。K-1以前のスーパースターがよくやるなと。
長井 あれ、私が木村浩一郎選手とやったNKホールの大会だったんですよ。カーマン、めちゃめちゃかっこよかったですねぇ。あの時代にスマホとかあったら私も写真を撮ってもらいたかったくらいかっこよかったです(笑)。時代が違ったりしてたら、もっと世の中に出ていたのかなと思います。あのときカーマンの履いてたキックのパンツに虹や魚のマークが入っていたのかな。あの日はゴルドーも佐竹選手とやったんですが、ゴルドーも同じパンツを履いてるんですよ。どうやらゴルドーはパンツを忘れてきたカーマンに借りたらしいんです。
――そんなオランダの交流が!(笑)。当時は“まだ見ぬ強豪”が続々と来日してましたね。
長井 モーリス・スミスもそうですよね。私がリングス在籍中に全日本キックの試合に出てたじゃないですか。あれはシアトルのモーリス・スミスのジムに練習に行ったときにモーリスのトレーナーから「挑戦してみたらどうだ?」って勧められたからなんですよね。
――それで全日本キックのライセンスを取ったんですね。
長井 そのときにパンクラスの柳澤(龍志)選手も同じ日にライセンスを取りに来てたんですよね。ボクはそのときまで柳澤選手とまともに喋ったこともなかったですね。
――当時のリングスとパンクラスは超険悪な関係でしたねぇ。
・前田日明襲撃後の安生からの電話
・ガードポジション以前の時代とは?
・リングス退団後は引退するつもりだった
・人気絶頂K-1からのオファー
・石井館長はギャラを上乗せしてきた……まだまだ続くへ
コメント
コメントを書く長井さん本人のエピソードじゃ無いけど、安生が前田を襲撃した際の「囲め、囲め」の考察がすごい腑に落ちて、長年の謎が解けた気持ちです。
前田さんを殴ったその夜に安生さんから電話があった。そんなに仲良くも面識もない間柄で長井さんなら俺の気持ちをわかってくれるだろうと思って電話かけて来たんだろうな。しかしこのシリーズは最高だな。本だったら間違いなく買ってますよ。
「囲め、囲め」が決着つけるためにパンクラス側が協力したたってのは、だいぶ前から言われてましたよね。
長井は「田村さんばかり贔屓してずるいじゃないですかなんて絶対に言ってないんですよ」と言ってるが、当時wowowの試合後インタビューで本人が「僕が腐った女のようなことを言った」とはっきり発言しています。
その内容はなんだったんでしょう?リンオタを舐めないでほしい笑
やっぱり全部とは言わないけど一部は都合の良いように事実を曲げてるのかなと勘ぐっちゃいます。長井に同情はするけどね。
新日本やK1のギャラが高いことを強調するところに前田に対する並々ならぬ怨念を感じますね笑
>>5
覚えてる。ファイトで読んだ。「僕が女の腐ったようなことを言ってしまったから」って
>>7
wowowの中継で言ってたよ。VHS手元にある笑
前田は「田村ばっかり贔屓してとか女々しいこと言うから…」と言ってました。
斉藤さん、そこ突っ込むところですよ。