今、岩崎夏海クリエイター塾というのをしている。始めてもう5年くらいになるが、最近では10人ほどのメンバーになって、少人数運営している形だ。

岩崎夏海クリエイター塾の最大の特徴は、塾生が毎回宿題として映画を見てきて、それについての「講評」を発表するところにある。授業では、ぼくの講義が一時間と、その後の一時間で見てきた映画についての評価・解釈を塾生それぞれが発表していく。また、それを受けてぼくを含めたみんなで、その評価・解釈についての議論を深めていく。

この議論が、塾生にとってはもちろん、ぼくにとっても面白い。というのも、毎回「そんな映画の見方もあるんだ!」と発見させられるからだ。映画についてのさまざまな気づきを、そこで得られる。

例えば『ROMA/ローマ』というアカデミー監督賞も獲った映画がNetflixで公開されているのだが、この作品を宿題にしたことがあった。すると、そこに登場する「若い男性」がいるのだが、彼は欲望に駆られて主人公の女性と交際を始める。ところが、彼女が妊娠したと分かると手のひらを返して離れていく。

しかもその逃げ方がひどく、はっきり別れを告げるのではなく、のらりくらりとかわすのだ。一緒に映画を見ているときに妊娠を告げられるのだが、直後、トイレに行くと言って席を立ち、そのまま戻ってこないのである。

そういうに煮え切らない態度を続けていたため、痺れを切らした主人公が彼の家まで会いにいく。すると、その男性は所属している政治団体の格闘技訓練の真っ最中だった。そして、訓練が終わったところで女性が話しかけると、今度は「もう一度その話をしたらぶちのめすぞ!」と逆ギレし、暴力で脅してくる。そういうふうに、考え得る限り最低の男なのである。

ところが、そういう最低の男であるにもかかわらず、一方では純粋な心も持っている。特に格闘技と政治には熱心で、心から強くなりたいと願い、また心から国を良くしたいとも考えている。

この映画について、塾生それぞれが評価・解釈を発表したのだが、そのうちの一人であるSさんは、「その最低の男に自分を見てしまった」と述べた。
というのも、Sさんは仕事の関係で東京に住んでいるのだが、奥さんと子供は地方にいて別居している。そしてSさんは、東京で仕事をしつつも格闘技に熱心にのめり込み、最近ではアマチュアの試合にも出場して、見事勝利をおさめたのだという。

もちろん、パートナーを暴力で脅すようなことはしないし、養育費もちゃんと払っているのだが、しかし一人暮らしの自由な生活を満喫し、格闘技に無邪気に打ち込んでいる自分に、その登場人物との同質性を発見してしまったのだという。そういう切なさを、映画を見ていて感じたというのだ。

ぼくは、それを聞いてとても面白いと思った。というのも、ぼく自身は『ROMA/ローマ』を見ながら、その登場人物については「女性を苦しめるダメな悪役」としか見ていなく、少しも感情移入しなかった。だから、その登場人物に感情移入する人がいるということは、少しも想像していなかったのだ。

おかげで、「この男に感情移入しながら見る人もいるんだ!」と驚かされた。また、それによってこの登場人物にも、深いリアリティがあるのだということに気づかされた。

さらに、そこで塾生との議論に移り変わると、今度は「格闘技とダメな男とに相関関係はあるのか?」ということについて話題になった。すると、「格闘技といっても『する』のが好きな人がいれば『見る』のが好きな人もいる。その違いをどう考えるのか?」といった意見や、「格闘技をする場合も、自分に打ち克つことを目的とする人と、相手に勝つことを目的とする人とで、だいぶスタンスが違うのでは?」といった意見など、さまざまな発言が出た。

そういうふうに、さまざまな視点からの意見が出ることが、ぼくを含めた参加者には大きな助けになる。というのも、成長をもたらしてくれるのは、いつも「気づき」だからだ。気づきを得られることこそ、新たな知識や考え方、そして能力を得ることの最大のきっかけとなる。

そして、そうした成長をもたらしてくれる気づきを得るには、この講義のやり方はとても効果的なのだ。なぜかといえば、映画というのは一つの画面しかないにもかかわらず、その中にさまざまな人物やストーリーが展開されるため、見る人によって必ず視点が違ってくる。けっして大袈裟な言い方ではなく、見た人と同じ数だけ違う視点があるといっていい。

そして、その異なった視点を教室に持ち寄り、みんなで共有することによって、参加者は一気に視点の数を広げることができる。それまで自分1人だけの見方しかできなかったものが、一気に10人分もの広い視野を得ることとなるのだ。

そういう広い視野を得ることを目的として、岩崎夏海クリエイター塾はこれまで継続してきた。そして今後も継続していくため、ここであらためて参加者を募集したい。

参加をご希望される方は、こちらまでお申し込みいただきたい。5月からまた新しい期が始まるので、よろしくお願いします。