彼は、よく食べる人だった。食に関する父の見識の高さと西の祖父の豪快さを併せ持ったような男性で、彼には周囲の人を幸せな気持ちにする魅力があった。
店員とのやりとりに、彼の人柄の良さと場慣れした振る舞いを見た。私より二十センチ背が高い彼の厚みのあるがっしりとした肩と胸板は、スーツ越しにも目立っていたけれど、熱くなってきたなと言って上着を脱いだ彼のシャツ姿から匂い立つ大人の男性の色香に、私は自分が興奮しているのを感じた。
食事の美味しさへのそれではなく、この感情は異性に対しての高揚だと思った。雅也君に対して感じる思いとは別の種類のものだった。
徹さんは、私の着ていたカーディガンを素敵だね、と褒めてくれた。それは祖母が編んでくれたものだったから、殊の外嬉しい褒め言葉だった。
「これはね、おばあちゃんが着ていたセーターをほどいた毛糸で編んでくれたのよ」
私はもう、彼に対して祖母という言葉を使わず会話するようになっていた。滅多に気を許して話すことのない私が、知り合ったばかりの年上の男性にこうした話し方をするのは非常に珍しいことだった。
「私もかせくりのお手伝いをしたのよ」
と言うと、彼は、両手を前に突き出してそのまま回し「これだろう?」と笑った。
「おふくろと姉さんが昔よくやってるのを見たことあるよ」と、懐かしそうな顔をした。
食事を終え、徹さんが腕時計に目をやった。ロレックスのデイトジャストが手首に光っていた。シンプルな凄みのある銀色のブレスレットのモデルだった。
私は大人になってから、自分で買った時計は全てロレックスだった。最初に買ったのは、徹さんと全く同じモデルのレディース、次に金色と銀色のコンビ、文字盤にダイヤモンドが付いたテンポイント、銀色のブレスレットにピンクフェイスと買い足していったけれど、全てデイトジャストだった。
初めての男性の手首にはめられていた腕時計は、女にとって特別の意味を持つのだと思う。
食事を終えてから、私は徹さんの部屋に誘われた。
「花菜ちゃんにプレゼントがあるんだ。俺の部屋でお茶しようか」と彼は言った。
私は少しも逡巡せず「わあ、嬉しい」と、笑顔で答えた。私は、彼と過ごしていると、とても寛いだ気分になった。彼がしてくれる話は、私がはっとする程、示唆に富み、もっと彼と話していたいと思った。