おはようございます。なんかパソコンが不調でイライラしがちなマクガイヤーです。
先週の放送「『聲の形』は何故素晴らしいのか?」は如何だったでしょうか?
『聲の形』について2時間喋りまくれて大満足です。アシスタントを務めてくれたベニオくんも大活躍で、良い放送になったと思います。
マクガイヤーチャンネルの今後の予定は以下のようになっております。
○11月19日(土) 20時~
「緊急特番 今だからこそ観たい『この世界の片隅に』」
『君の名は。』、『聲の形』、そして『ゼーガペインADP』と、2016年は劇場アニメの話題作が続いております。私が一番推したいのは勿論『ゼーガペインADP』ですが。
そんな中、11月12日より映画『この世界の片隅に』が公開されます。
原作漫画はこうの史代による泣く子も黙る名作であり、監督は『BLACK LAGOON』や『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直、クラウドファンディングによる資金調達や、主演声優を能年玲奈ことのんが務めることも話題です。
どう考えても傑作であるとしか思えません。
そこで、『この世界の片隅に』の原作漫画と映画双方について2時間しっかり解説します。
○11月26日(土) 20時~
「最近のマクガイヤー 2016年11月号」
いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。
詳細未定ですが、アシタントとしてオタク大賞名誉審査員のナオトさんが出演予定です。
○12月3日(土) 20時~
「ニッポン対ワクチン」
子宮頸がん予防(HPV)ワクチンの副反応や、HPVワクチン薬害研究についての疑義、というか捏造報道など、ワクチンに関する報道や話題が盛り上がっています。
そこで、そもそもワクチンとは何か、どのように発明されどのように使われてきたのか、何故大事なのか、なにが現実でなにが虚構なのか……等々について今一度しっかり解説します。
○12月16日(金) 20時~
「最近のマクガイヤー 2016年12月号」
いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。
詳細未定。
○12月30日(金) 20時~
「Dr.マクガイヤーのオタ忘年会2016」
年に一度のお楽しみ!
2016年度のオタクトピックについて独断と偏見で語りまくります。
詳細は未定ですが、『ローグワン / スターウォーズ・ストーリー』について語ることだけは決まっております。
お楽しみに!
番組オリジナルグッズも引き続き販売中です。
マクガイヤーチャンネル物販部 : https://clubt.jp/shop/S0000051529.html
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思わずエナジードリンクが呑みたくなるヒロポンマグカップ
……等々、絶賛発売中!
さて、今回のブロマガですが、前回の続き――科学で映画を楽しむ法 第2回:『コンテイジョン』――について書かせてください。
●BSL-4(P4)実験室
舞台は実験室、それもBSL-4実験室です。
BSLとはBioSafety Levelの略で、感染症の原因となる微生物やウイルスなどの病原体を取り扱う実験室や施設の国際的な格付けです。かつては物理的封じ込め(Physical containment)の頭文字をとってP4実験室と呼ばれていました。
病原体は、危険度により4段階のリスクグループに分類され、4段階の実験室で扱う取り決めとなっています。
通常の実験室であるBSL-1、
実験に使用した器具を滅菌できるオートクレーブと、エアカーテンで遮断された安全キャビネットが設置され、許可された人物のみが入室できるBSL-2、
前室が設置され、外部から常に空気が流入し、排気はエアフィルターで除菌されるBSL-3
……と、レベルが上がるごとにどんどん施設が厳重になっていきます。
BSL-4はその中でも最も危険な病原体を取り扱う施設です。宇宙服のような防護服を着用するタイプと、グローブボックス型と呼ばれる外気と遮断された箱をBSL-3に置くタイプがあります。本作に出てくるのは前者ですね。
直前のシーンで、防護服内に空気だけ入れるのは、穴が開いていないかどうかチェックするためですね。更に安全キャビネット内で操作し、二重に防護措置をとっています。空気感染するウイルスであっても、これだけの施設があれば安全に取り扱えることになります。
そんなBSL-4実験室ですが、建設だけでなく維持・運用に莫大な費用がかかるので、世界に40~50施設しかありません。また、BSL-4実験室での取り扱うことになっている病原体はエボラウイルス、マールブルグウイルス、ラッサウイルスなど南半球の熱帯雨林由来のものですが、BSL-4実験室のほとんどは北半球にあるという南北問題もあります。
日本では、国立感染症研究所と理研の筑波研究所の2箇所にBSL-4実験室がありますが、「病原体が外部へ漏れるリスクはゼロではない」という近隣住民の反対運動により、両者ともレベル4の運用はされていませんでした。しかし、BSL-4実験室がきちんとレベル4で運用されることで危険な病原体への対策がとれるようになるのは、これから本作で描かれる通りです。
実際、2014年の西アフリカでのエボラウイルスの流行時には、西アフリカに渡航した感染疑い邦人の血液検体を国内で解析することができませんでした。日本で採血し、わざわざアメリカに送って、解析して診断して貰ったのです。当然、国内で調べるよりも日数がかかり、このタイミングでの時間的遅れは対策の遅れと病原体の拡散に繋がります。これを契機としたのでしょう、2015年8月より感染研のBSL-4のみレベル4で運用されるようになりました。
ジェニファー・イーリー演じるCDC医師と同僚の研究員は血液検体を遠心分離し、更に密度勾配溶液で超遠心分離し、比重からウイルス画分を分離し、電子顕微鏡で確認します(当然、この前に病原体が細菌や寄生虫かどうかを光学顕微鏡で確認した筈です)。そしてウイルス粒子の形や構造などといった「顔」を確認します。遺伝的に似ているウイルスは「顔」も似てくるのです。
合わせて行った免疫学的な検査の結果、感染による死亡者は皆、抗体が出来る前に死亡していることが分かりました。通常、病原体が体内に侵入すれば、その病原体を特異的に認識するリンパ球が増え、抗体がリンパ球から分泌され、その抗体をマクロファージが認識して病原体ごと分解し……と、このプロセスが上手く進めば病原体が身体から排除されます。このプロセスよりもウイルスの増殖力の方が早かったわけです。ヒトの免疫力よりも感染力の方が上回っているという状態です。これは、エボラウイルスなど感染力の強い病原体の場合にみられる現象です(生存者には抗体が確認されます)。
このシーンも、僅か数分であるにも関わらず、とてつもない情報量です。しかもジェニファー・イーリーと同僚の会話は原語だと『シン・ゴジラ』と同じくらい早口かつ専門用語たっぷりです。ネイティブでも専門家でなければ字幕が無いと理解できないでしょう。
未知の病原体の場合、専門家との協力が不可欠です。ジェニファー・イーリーはウイルス研究の専門家であるサンフランシスコのサスマン博士にサンプルを送ります。サスマン博士をジュード・ロウがアポ無しで夜討ち取材しようとします。専門家同士の専門用語たっぷりの会話を「ゴジラ、キングギドラ……」と怪獣の名前で揶揄するのは、アメリカではゴジラがキッチュなイメージで受け止められていることと関係しており、嫌な奴っぷりが際立ちます。日本の特オタとしては「そんなことでゴジラを使うな、ゴジラに謝れ!」と怒りたくなりますね。
●国土安全保障省
一方、CDC局長であるローレンス・フィッシュバーンに国土安全保障省(DHS)が接触してきます。
DHSは911テロを契機に、これまで多数に分立していた安全保障に関する22の情報機関やその他国内組織を統合し、誕生した、総勢20万人以上の巨大組織です。テロリストの攻撃や自然災害など、あらゆる脅威から国土の安全を守ることが目的となっています。
彼らが真っ先に疑うのはバイオテロです。実際、911直後に炭疽菌事件が起きています。これは、アメリカ合衆国の大手テレビ局や出版社、上院議員に対し、炭疽菌入りの封筒が送りつけられた事件です。実際に17名が感染し、5名が死亡しました。911テロ直後だったこと、アメリカ人の郵便システムへの信頼感が裏切られたことから、アメリカを震撼させる事件でした。
「誰かがわざわざ兵器化しなくても、鳥が撒き散らす」
と、テロを否定しても、パンデミックがDHSの担当分野であることは変わりません。2009年の新型インフルエンザ流行の際も強力な権限を奮いました。以後、DHS所属(兼任?)の将軍がフィッシュバーンの上司的役割になります。
●遺伝子再集合と新興感染症
テレビのニュースだけでマット・デイモンの息子の死が表され、感染者を隔離しようとするサスペンスがあり、感染がどんどん広がっていくことが示されます。
ケイト・ウィンスレットによるデイモンの聞き取り調査で、妻の浮気を知るシーンはいかにも『セックスとウソとビデオテープ』の監督らしいです。しかもこの浮気相手、以後出てきませんが、香港での感染後、トランジットに立ち寄ったシカゴで浮気セックスしたということは、当然感染しているわけです。
CDCでは、ジェニファー・イーリーがフィッシュバーンにDNA解析の結果分かったウイルスの分子生物学的な感染メカニズムを説明しています。DNA配列が分かれば、そこから翻訳される蛋白質のアミノ酸配列が分かり、三次元構造が分かります。DNAやアミノ酸の配列が分かれば、データベースを用いた相同性解析により、由来や機能が分かります。
3DCGで示しているのは蛋白質の三次元的構造であり、ウイルスがヒトの細胞に侵入する際に使う受容体(レセプター)です。器官と中枢神経系にレセプターが存在しているのは、ウイルス感染により呼吸器炎症と脳炎が起こることに対応しています。
「このウイルスはコウモリと豚のDNAを持っている」
「豚とコウモリのまずい出会いがあった」
この部分は重要です。たとえば、鳥類に感染するインフルエンザウイルスは、ヒトに感染すると強毒化することが培養細胞を用いた実験で分かっています。しかし、鳥インフルエンザウイルスが細胞への侵入に用いるレセプターはヒトのそれとは大きく違います。しかし、豚のレセプターとは相同性が高く、進入します。一方で、豚とヒト双方に感染するインフルエンザウイルスも存在します。
鳥・豚インフルエンザと、豚・ヒトインフルエンザウイルスが同時に豚に感染したらどうなるでしょうか? ウイルス間で遺伝子の交換――「遺伝子再集合」がおこり、鳥・豚・ヒトに感染する新種のインフルエンザウイルスが誕生する可能性が示唆されています。これはウイルスの遺伝子が一繋ぎではなく、数本に分割していればいるほど起こる可能性が高いです。
実は、本作に登場するウイルス――MEV-1にはモデルとなったウイルスがあります。
それがニパウイルスです。
1997~1999年にかけてマレーシアで原因不明の脳炎が流行し、その後の調査により新種のウイルスが原因であることが確認され、ニパウイルスと名づけられました。
ニパウイルスはコウモリ・豚・ヒトの三種全てに感染する能力を基から持っていました。何故1997年まで流行が起こらなかったのかというと、ウイルスの自然宿主であったコウモリがジャングルの奥底に棲み、ヒトと出合う機会が少なかったからです。散発的な感染は何度かあったかもしれませんが、流行まではしませんでした。熱帯雨林の大規模な開発に伴い、ヒトとコウモリの接触機会が多くなり、流行に繋がったのです。
このような経緯で1970年以降に発生し、知られるようになった感染症を「新興感染症」と呼びます。
また、現在、ニパウイルスはBSL-3での取り扱いとなっていますが、発見当初は危険性が全く分からなかったためBSL-4で取り扱われ、CDCと共に南半球でBSL-4実験室を維持・運用している国であるオーストラリアが大活躍しました。危険性が判断できない未知の病原体を扱う時は、できるだけレベルの高い実験室で扱いたいわけです。こういう時に国際的に貢献できるかどうかで国家としてのランク、ひいては国際政治での発言権が決まります。
●絶妙な死亡率
ウイルスが感染しても、全てのヒトが死亡するわけではありません。ウイルスが進入に用いるレセプター、増殖に利用する細胞内因子、免疫力には多様性があり、遺伝的に耐性を持っているヒトが一定の割合で存在するからです。更に地域・国家間の衛生や医療、保険体制も関係してきます。
マット・デイモンがMEV-1に免疫を持っているのも、過去MEV-1に感染したことがあるからではなく、遺伝的にMEV-1が細胞への進入に用いるレセプターの配列が多くのヒトと異なるからです。同じような例はHIVとCD4レセプターにもみられます。多くの映画で天才を演じてきたデイモンですが、この映画では天才を超えたもの凄く幸運な人を演じているわけです。
ここで示される死亡率20%というのも絶妙な数字です。
たとえば、これまでに名前の出た西ナイルウイルスは、発症率が20%、そのうち死亡率は5~10%、つまり全感染者のうち死亡率は1~2%といわれています。1957年のスペインかぜ(インフルエンザ)は0.5%、2009年の新型インフルエンザ死亡率はわずか0.05%でした。
一方で、エボラウイルスの死亡率は50%といわれていますが、短い潜伏期間と高い死亡率からパンデミックをおこし難いのではといわれています。感染者が他人にウイルスを伝播する前に死亡してしまうと、流行しないからです。
SARSの死亡率は15%、MERS35%といわれています。本当にパンデミックを起こしやすいのは、潜伏期間が長く、この程度の死亡率のウイルスなのかもしれません。
●コッホの原則と培養の重要性と公共心
BSL-4でのみ取り扱いを限定されたMEV-1ウイルスですが、サスマン博士はBSL-3で研究を進めてしまいます。
ルール違反であり、危険な行為ですが、思わず住民の反対でBSL-4を使用できない2015年以前の日本の状況を連想してしまったりもしました。
サスマン博士が研究を急ぎ、培養条件を特定したのは、病原体の培養条件の同定こそが感染症研究に最も重要だからです。
たとえば、「コッホの原則」と呼ばれる感染症の病原体を特定する際の指針があります。
1、ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2、その微生物を分離できること
3、分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4、そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること
現在、コッホの原則でも証明できない感染症の存在も分かっていますが、それでもなお培養条件の同定は重要です。研究やワクチン製造には「素材」や「材料」となるウイルスが一定量必要ですが、培養条件が分からなければそれも難しくなります。抗生物質や抗ウイルス剤の確認もし難くなります。
サスマン博士がルール違反を犯してでも研究を進めたのには、これ以外にも理由があります。街中でマスクもせずにゴホゴホやってる人や、不用意に色々触りまくる人、素手でものを掴んで食べる人をみたからです。「このままではまずい!」サスマン博士の顔すらアップにしています。この瞬間、サスマン博士の公共心に火がついたわけです。その後、特にカネや名誉も求めていないこともわざわざ示しています。
後に、ジェニファー・イーリーも同じ心を持っていることが分かります。おそらく、サスマンとジェニファー・イーリーは若い頃に同じ研究室にいて、同じ価値観を共有する、兄弟弟子みたいな関係なのでしょう。
●儲けるチャンス
一方、ジュード・ロウは常に自分の利益しか考えません。レンギョウと株取引でひと儲けしようと考えます。
レンギョウは解熱剤や消炎剤として使われる漢方薬の一つですが、ここでレンギョウを選んだのにもモデルがあります。
抗インフルエンザ薬であるタミフルは、まず中華料理で香辛料に使われる八角から採取されるシキミ酸から10回の化学反応を経て合成されました。このことから、新型インフルエンザの流行時には八角の買占めが懸念されたりしたのです。ちなみに、現在タミフルはより入手しやすい化学物質から合成されています。
●尊厳の無い死
マット・デイモンは、葬儀屋に婚約者の遺体引取りを拒否されます。
義母が怒っているのは、死後の復活を信じるキリスト教徒(特にカソリック)の間では、土葬が一般的であることと、きちんとした葬式ができないからです。アメリカの火葬率は40%といわれています。そして、きちんとした葬式ができないということは、人生の終わりに人間として尊厳を保てないということです。
日々の調査とパンデミックへの対応で疲弊していたケイト・ウィンスレットもMEV-1に感染してしまいます。疲労や睡眠不足が続くと免疫が落ち、感染リスクが高まってしまうことは書くまでもありませんね。
そして、ついに感染してしまいます。自分が探した患者集積施設であるスタジアムに寝かされるという皮肉も凄いですが、その後、死亡するさまも凄いです。
なんと、寒くて寒くて堪らないから毛布をくれと訴える隣のベッドの患者に、自分のコートを渡そうとしながら死んでゆくのです。CDCの人間は、特に現地に派遣された自分のような人間は、公衆衛生に責任がある――最後の最後まで他人のことを考える公共心を持っていた――という、象徴的なシーンです。
もっと凄いのは、そんな立派な人間であるケイトが埋葬されるシーンです。
なんと、ゴミ袋のような透明なビニールに詰められ、ショベルカーが掘る穴に、他の多くの無名の大衆と共に並べられるのでどんな名女優でもこの映画では死を逃れられないという最高のシーンです。おそらく、一人一人に対してきちんとした葬儀もなされていないでしょう。
おまけに、銃を持った迷彩服姿の軍人がウロウロし、墓堀り人も埋葬人も軍人か軍関係者にみえます。
アラン・レネの『夜と霧』には、ユダヤ人強制収容所で死体の山をブルドーザーで穴に押し込む映像が出てきます。これは強制収容所での日常的な死体処理を映した映像ではなく(SSは残虐行為の証拠が残らないよう注意を払っていました)、連合国軍が強制収容所を解放した後に撮影した映像で、ブルドーザーでなければ処理できなかったくらい多くの死体があったことを示しているといわれています。
いずれにせよ、嫌になるくらい世紀末的な映像であることには変わりありません。『コンテイジョン』の当該シーンは、『夜と霧』の死体処理シーンを強烈に連想させます。
つまり、「この世の終わり」に近づいていっているわけです。
(次回に続く)
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平野建太
発 行:株式会社タチワニ