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マクガイヤーチャンネル 第93号 2016/11/14
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おはようございます。トランプ大統領爆誕で腰が抜けたマクガイヤーです。

更に、勝利演説の立派さにも二度びっくりです。

トランプがWWEに「参戦」し、演説の技術を体得したというのは有名な話ですが、まさか本当に大統領になるとは思ってもいませんでした。

http://news.aol.jp/2016/10/03/trump/

世界は巨大なプロレス会場だったということなのでしょうか?



マクガイヤーチャンネルの今後の予定は以下のようになっております。

なんと、次回より3週連続放送です!

3週連続ジブリならぬ3週連続マクガイヤー!


○11月19日(土) 20時~

「緊急特番 今だからこそ観たい『この世界の片隅に』」

『君の名は。』『聲の形』、そして『ゼーガペインADP』と、2016年は劇場アニメの話題作が続いております。私が一番推したいのは勿論『ゼーガペインADP』ですが。

そんな中、11月12日より映画『この世界の片隅に』が公開されます。

原作漫画はこうの史代による泣く子も黙る名作であり、監督は『BLACK LAGOON』『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直、クラウドファンディングによる資金調達や、主演声優を能年玲奈ことのんが務めることも話題です。

どう考えても傑作であるとしか思えません。

そこで、『この世界の片隅に』の原作漫画と映画双方について2時間しっかり解説します。



1126日(土) 20時~

「最近のマクガイヤー 201611月号」

アシタントとしてオタク大賞名誉審査員のナオトさんが出演予定です。

お題

・最近のアメリカ大統領

『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』

『3月のライオン(アニメ)』

『レイダース!』

『創造元年1968 押井 守×笠井 潔』

・ナオトさんに聞きたい『シン・ゴジラ』

・ナオトさんに聞きたい『君の名は。』

その他、いつも通り最近面白かった映画や漫画について、まったりとお送りします。



123日(土) 20時~

「ニッポン対ワクチン」

子宮頸がん予防(HPV)ワクチンの副反応や、HPVワクチン薬害研究についての疑義、というか捏造報道など、ワクチンに関する報道や話題が盛り上がっています。

そこで、そもそもワクチンとは何か、どのように発明されどのように使われてきたのか、何故大事なのか、なにが現実でなにが虚構なのか……等々について今一度しっかり解説します。



1216日(金) 20時~

「最近のマクガイヤー 201612月号」

いつも通り、最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。

詳細未定。



1230日(金) 20時~

Dr.マクガイヤーのオタ忘年会2016

年に一度のお楽しみ!

2016年度のオタクトピックについて独断と偏見で語りまくります。

詳細は未定ですが、『ローグワン / スターウォーズ・ストーリー』について語ることだけは決まっております。



お楽しみに!



番組オリジナルグッズも引き続き販売中です。

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……等々、絶賛発売中!




さて、今回のブロマガですが、前回の続き――科学で映画を楽しむ法 第2回:『コンテイジョン』――について書かせてください。



●いや増す「この世の終わり」感

不穏な音楽と共に、「この世の終わり」感がどんどんいや増してきます。


マリオン・コティヤールは、仲間だと思っていたスン・フェンに拉致され、軟禁されます。故郷の村で感染者が発生し、スン・フェンは治療法を求めているのです。しかし、ワクチンも抗ウイルス薬もこんな短時間ではできないので無駄骨です(ということが、CDC内の模様もみている観客には分かります)。おそらくスン・フェンはネットの陰謀論、それもジュード・ロウに代表される嘘に惑わされているのです。

ただ「我々は列の最後尾だ」は本当です。スン・フェンが連れて行く故郷の村は、みるからに貧乏そうなアジアというイメージで満載です。こんな村、本当に香港にあるのかどうか疑問ですが、中国の貧乏な村をイメージしているのかもしれません(特別行政区である香港から中国国内への移動は厳しく、国境を越えるのとほぼ同じ扱いになります)。どんなに医療が発達しても、資本主義的格差からくる医療格差が厳然と存在しているのです。


フィッシュバーンには、(デイモンの妻がトランジットで立ち寄ったシカゴのある)イリノイ州選出の議員がワシントンで発病し、イリノイ州の空港も道路も証券取引所も閉鎖されようとしていることが知らされます。大統領は安全のためにシークレットサービスが居場所を不明にしているそうです。これは、完全な非常事態であることを示しています。新型インフルエンザの時もここまでの状況にはなりませんでした。

「これが明らかになればパニックになるので公式発表まで伏せる」と言いますが、公式発表されてもどうせ少なからぬパニックがおこります。


これを聞いたフィッシュバーンは、封鎖前にシカゴを出てここ(アトランタ)に来いと婚約者に電話します。これはCDC長官の地位にいる者としてフェアとはいえない行為です(婚約者を演じるのは「世界で最も美しい顔」に毎年ランクインしているサナ・レイサンです)。

しかも、よりによってこの電話を掃除人に聞かれてしまいます。婚約者は親友に「誰にも言わないで」と漏らしてしまいます。スーパーには商品を買占める人で溢れ、ドラッグストアにはレンギョウを求める人が行列し、だんだんパニックになっていきます。


マット・デイモンが娘を連れて街に出ると、完全に暴動状態です。

スーパーやドラッグストアに商品は無く、銀行は襲われています。街を出ようとすると封鎖されており車を停められ、ゴネると拘留すると脅されます。「助けて」とデイモンに近づく感染者がゾンビにみえます。


ジュード・ロウはお手製の防護スーツに身を包み、すっかり荒廃してゴミだらけの町を歩きます。最初に出てきた女性編集者であるロレインが苦しんでいますが、彼女が求めるレンギョウを渡しません。これは、ジュード・ロウなりのリベンジなわけです。


●CDC VS 陰謀論

フィッシュバーンはCDC長官としてテレビ出演し、現在の状況について説明します。残念ながら、現時点で根本的な対策はないことを認めざるをえない発言をするしかありません。ここで特効薬候補の一つとし挙げられるリバビリンはウイルスのRNA合成を競合阻害する抗ウイルス薬ですが、催奇形性があるので扱いが難しい薬です。


そして、フィッシュバーンはジャーナリストとして登壇するジュード・ロウと論戦することになります。

「CDCは製薬会社やワクチン会社と組んで利益を得ようとしてる」

ジュード・ロウの主張は、完全な陰謀論です。こういう陰謀論は、ワクチン陰謀論、マスコミ陰謀論、在日陰謀論……と、インターネットのあらゆるところでみることができます。複雑な社会問題を「本当はあいつが悪い」の一点でシンプルに解決できるようになった気がするのが陰謀論の強みです。

しかも、本当はレンギョウのおかげで上がった製薬会社の株価で利益を得ようとしているのはジュード・ロウの方なのです。


ジュード・ロウに対し、フィッシュバーンは怒りを爆発させます。

「あなたのしていることはウイルスより危険だ!」

ネットやテレビの情報伝達速度はウイルス伝播速度より速い、これは本作のテーマの一つでもあります。

ミーム(模倣子、meme)という概念があります。生物はジーン(遺伝子、gene)が自らのコピーを残すために一時的に作り出した乗り物に過ぎない――というのが有名な利己的遺伝子論ですが、これを敷衍して、人間は文化的情報、すなわちミームが自らのコピーを残すために一時的に作り出した乗り物に過ぎない――という考え方です。

テレビやインターネットといった情報メディアが発達した社会では、ウイルスがジーンを運ぶ速度よりも、人間がミームを運ぶ速度の方が格段に速く、危険だ――というわけですね。


しかし、フィッシュバーンは逆にやり込められます。先のシカゴ封鎖について婚約者に漏らしたことを、婚約者の親友がご丁寧にも情報影響者の名前入りでFacebookに書いてしまっていたのです。



●ワクチン開発の難しさ

悪いことは重なるもので、ウイルスが突然変異し、感染力が高くなったことが報告されます。

そして、根本的な対処法は、抗ウイルス剤かワクチンを開発するしかありません。


抗ウイルス剤を開発できるのは大規模な製薬会社だけであり、開発には少なくとも十数年の期間が必要ですよって、まず最初に行われるのは先に名前の出たリバビリンのように、他の抗ウイルス剤として開発された薬剤がパンデミックを起こしているウイルスにも効果があるかどうかを確認する行為になります。

人間には副作用と呼べる程度の影響しか無いけれど、細菌やウイルスの増殖は阻害するような薬剤が抗生物質も抗ウイルス剤としての候補になります。そして、ウイルスの中でも、特にRNAウイルスはRNAを鋳型としてDNAやRNAを合成するという共通の特徴があります。ここをターゲットとした阻害剤なら、複数のウイルスに効く可能性があるというわけです。

実際、抗インフルエンザ薬として開発された富山化学工業のファビピラビルがエボラウイルスを含む複数のウイルスに効果を示したのは有名な話です。ファビピラビルはRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤であり、RNAを鋳型としてRNAを合成する複数のウイルスに効果があったのです。

抗生物質や抗ウイルス剤には、使えば使うほど耐性菌や耐性ウイルスが出現するという問題もあります。タミフルが開発されたのは1996年ですが、2004年には耐性を持った変異体が確認されました。MRSAやVRSAといった、複数の抗生物質に耐性を持つ耐性菌による院内感染は世界中の医療現場で深刻な問題となっています。



劇中でCDCが行おうとしているのは昔ながらのワクチン開発です。

ですが、ワクチン製作は上手く進んでいません。サルを使ってワクチン効果の確認実験をするのですが、どんどんサルの死体が増えていきます。


しかし、感染はどんどん広がっていきます。

シカゴでの暴動はピークを過ぎ、戒厳状態となった町は無人となっていくことがモンタージュで示されます。無人の空港や水族館のカットが連続的に挿入されたり、PROPHETとPROFITの二文字が配られたジュード・ロウのポスターが映ったりと、ソダーバーグの映像センスが光る名シーンです。


マット・デイモンは娘と食料配給に並びますが、途中で配給が切れ、暴動が起こりかけます。ニュースでは死亡者数が250万人を越え、あちこちの町で暴動が起こっていることが伝えられます。大統領は外出禁止令を発令し、隣家から発砲音が聞こえ、マズルフラッシュがみえます。警察に通報するも、緊急通報が多くてつながらないというのがリアリティたっぷりです。


フィッシュバーンはジェニファー・イーリーにワクチン開発の見通しについてたずねます。

「たとえいま有効なワクチンを開発できても、臨床試験での安全性確認、許可や承認、製造や流通、ワクチン接種方法の教育で、あと何ヶ月もかかるわ。その間に死者が増える」

これは現代のワクチン開発におけるシリアスな問題です。



ワクチンには大きく分けて2種類あります。

無毒化した病原体を打つ「不活化ワクチン(毒性を抑えた毒素であるトキソイドもこれに含めていいでしょう)」と、弱毒化した病原体を打つ「生ワクチン」の2種類です。

抗原である(弱毒化した)病原体が体内で増殖する後者の方がワクチン効果が高いのですが、増殖する間に変異し、毒性が強まる危険性もあります。長い間、生ワクチンが使われていたポリオワクチンでは、頻度は少ないながらもワクチン接種者や周囲の大人に急性灰白髄炎が起こることがありました。

無毒化あるいは弱毒化した病原体を体内に入れ、病原体に対する免疫を獲得させるという原理は、ジェンナーによる種痘から200年、パスツールによる炭疽菌ワクチンの開発から100年以上経った今でも、基本的には代わりません。

何が変わったのかというと、まずワクチンに求められる安全性が高度なものになりました。ワクチンの集団接種を行うと、数万~数十万人に1人といった割合で、必ず発熱や発疹や関節炎、時には重篤な副反応を起こす人が現れます。人間の免疫には先天的・後天的両方の多様性があるので、全ての人に副反応の起こらないワクチンは開発できないのです。マット・デイモンが幸運にもMEV-1に対する免疫を(おそらく数万~数十万分の1の確立で)持っていたのと対照的ですね。


天然痘や結核といった感染症が人類にとって大きな問題だった時期なら、副反応の発生は大きな問題ではありませんでした。不幸にもワクチンの副反応で苦しむ人の数よりも、ワクチン接種により感染を免れた人の数の方が圧倒的に多いことが誰の目にも明らかだったからです。

しかし、衛生状態が良くなり、ワクチン接種率も一定数を維持するようになると、この見方が崩れます。「もしかすると副反応が起こるリスクのほうが大きいんじゃないか?」「ワクチンなんて無駄なんじゃないか?」時折重篤な副反応が起き、センセーショナルな報道がなされると、世論もワクチン不必要論に傾きがちになるのは、本作におけるジュード・ロウとその支持者たちをみればお分かりになると思います。

これを解決するには、ワクチンとその副反応に対する理解の徹底と、ワクチンの安全性の増加に勤める以外ありません。数万~数十万分の1という副反応発生確立を、数十万~数百万分の1にするような改良です。実際、季節性インフルエンザワクチンは1000万人に接種しても数十人しか副反応が起きない、それも軽度の発熱や発疹程度の副作用しか起きないという極めて安全性の高いワクチンになりました(その代わり、免疫効果がある程度犠牲になっています)。

この安全性の確認には、長い時間がかかります。まず10人とか100人とか、ある程度の人数に接種して様子をみる、そして100人とか1000人とか、規模を多くして接種し、様子をみる……その繰り返しになります。副反応が起きた時のために、急行できる医師やすぐに処方する薬剤を準備しておく必要もあります。膨大な時間と費用がかかるのです。


●医療の発達とコンプライアンス

フィッシュバーンは、DHSがワクチンを水道水に入れて皆を一斉に治療することを考えていると伝えますが、ジェニファー・イーリーは溜息をつきます。そんなことをするのは、コストと有効性の面から、まず不可能だからです。




ジェニファー・イーリーは決断します。

57番のワクチンを打ったサルが発病していないことを確認し、同じワクチンを自分に打ちます。ヒトでの有効性確認のプロセスを、できうる限りスキップしようとしたわけです。

これは賭けでもあります。サルでは安全なワクチンでも、人間では危険だった例はごまんとあります。そもそも、サルに効果があるワクチンでも、人間には効果がなかった例だってあるのです。


そして、そのまま車に乗り、病院に行き、初老の男性感染者に会います。

イーリーはマスクをとります。

「なにをするんだ」

「いいのよ父さん」

イーリーの父親は医者で、他の医師が帰っても病院に残り、治療を続けていたことから感染していたのでした。


この会話に出てくるバリー・マーシャルは、胃潰瘍の原因がヘリコバクター・ピロリという細菌であることを発見したオーストラリアの微生物学者です。それまで、胃酸により強酸性状態となっている胃では、どんな細菌も生存できないと考えられていました。そこでマーシャルは胃潰瘍の患者から取り出したヘリコバクター・ピロリを培養し、飲み込み、胃潰瘍となることで自分の仮説を証明したのでした。

マーシャルはこの成果からノーベル賞を受賞しました。現在、胃潰瘍や胃がんの予防には、ヘリコバクター・ピロリの除菌療法が最も効果的であると考えられています。

このような例は過去にいくつもあります。石坂公成は自分や妻や弟子の背中に他人やウサギの血清を注射してアレルギー反応が起きるかどうか検証し、IgEを発見しました。ジェンナーは自分や使用人の息子に天然痘や牛痘を接種し、種痘を開発しました。

いずれも、現在の視点からみるとコンプライアンス的にかなり問題のある行為です。特にジェンナーの種痘開発は、自己決定権の無かった子供を用いているという点で、現在なら明確に医療倫理や研究倫理に反する行為です。


そんなことは百も承知な上で、イーリーは自らの身体を実験台に使っているのです。

何故か。

彼女には、サスマン博士や、ケイト・ウィンスレットや、父親と同じく、自分を犠牲にしてでも皆のために尽くしたいという公共心があったからです。

自らMEV-1に感染するために、イーリーが父親の額にキスする場面は感動的です。


●逮捕される悪役

イーリーの賭けは成功し、ワクチン開発は成功したことがニュースで示されます。

しかし、イーリーが言ったように、この後も安全性確認、許可や承認、製造や流通……と時間がかかるステップばかりです。死者が2600万人を越えたにも関わらず、米国食品医薬品局(FDA)が許可や承認を早めても、ワクチンが皆に行き渡るにはこれから1年はかかるというのもリアルです。そして、街中ではワクチンを求めての暴動や犯罪が起こります。


ジュード・ロウが嘯きます。

「製薬会社は急ぎすぎた、10年後に自閉症や睡眠障害やがんが起こってもおかしくないぞ」

これは本当です。疫学的にいうと、ワクチン接種で10年後(摂取直後でもおかしくありません)に0.00数パーセント副反応を起こす人が出てくるよりも、今ウイルスで何千万人も死ぬよりマシなので使っているに過ぎません。


しかし、

「スペイン風邪で儲けたのはヴィックスヴェポラップとライゾールの会社だけだ。誰かが死ねば棺桶会社が儲ける。誰かの死で儲けてるのはおれだけじゃないぞ」

というのは、言い訳に過ぎません。この映画のテーマが、ここで今一度はっきりします。ついにジュード・ロウは逮捕されてしまいます。

取調べにて、FBIの捜査官は怒りと共に言い放ちます。

「君はウソを言ってレンギョウで450万ドルも儲けた。ワクチン接種を辞めろ(代わりにレンギョウを摂取しろ)なんていうのは、市民の生きるチャンスを奪うことだ。君をPCごと投獄したいよ」



●収束へ

ここら辺から映画内での時間の進み方がどんどん早くなります。

ワクチン製造が本格化し、配布されます。数が限られているので、衆人環視の元、抽選で摂取者を選ぶというリアルさです。そういえば311後の計画停電も、当初は抽選で選んだとの触れ込みでした。

イーリーは、同じ組織で、同じ仲間で、同じ価値観で行動し、同じようにルール違反を犯したにも関わらず、フィッシュバーンが悪者になり、自分が偉人のように扱われることに納得がいきません。

それでもフィッシュバーンはイーリーに賞賛をうけろと薦めます。

「自分に注射するくらい簡単なことよ。それならミアーズや私の父やあなたは? あなたは議会で叱責されて、私は賞賛?」

「私は愛する人に伝え、彼女も愛する人に伝えた。後悔はしていない。とはいえ、君は全人類の命を救った。それは偉業だし、まぎれもない事実だ。たびたびあることじゃない」

ここでやっと微笑むイーリーの姿が印象的です。

マリオン・コティヤールは、とても香港にはみえない貧乏そうなアジアの村で教師をしています。これは、軟禁されているにも関わらず、あくまでも他人の役に立ちたいという彼女の価値観を示しているわけです。

先の言葉通り、ワクチンとの交換材料として開放されます。スン・フェンは開放前に、受け取ったワクチンの一つをマリオンに接種します。軟禁されている間に、それなりの絆ができていたのです。

ワクチンは経鼻粘膜投与型です。注射で接種する従来のワクチンよりも接種し易く、粘膜免疫も増加すると言われている一方、従来ワクチンと特に違いはないという報告もあります。最も有名な経鼻粘膜投与型のワクチンは、インフルエンザワクチンであるフルミストでしょう。これは生ワクチンでもあります。色々と共通点も多いので、劇中のワクチンも経鼻粘膜投与型になったのかもしれません。

無事開放された後、スン・フェンらに渡されたワクチンは偽薬であったことを知ります。思わず走り出すマリオン。村の子供たちのことが心配なのです。

これは断じてストックホルム症候群のせいなどではありません。新興感染症がパンデミックを起こすようなグローバル資本社会では、人の命は平等ではありません。富裕層は先進医療を受けられますが、貧困層は最低限の医療サービスすら受けられません。このようなパンデミック下では、尚更です。アメリカのような民主国家なら抽選でワクチン接種者が決まるでしょうが、この国ではそうではないのです。

マット・デイモンは、腕のバーコード入りバンドをかざして、ショッピングモールに入場します。バンドはワクチン接種者あるいは免疫保持者であることを表しており、これが無いと入場できないのです。またしても恐るべきリアリティです。

フィッシュバーンは、自分用のワクチンを持ち帰り、こっそり清掃員の子供に接種します。彼もコティヤールと同じで、あくまでも自分ではなく他人のために行動したいのです。

バーコード入りバンドは自分につけます。この時、バンドの色がデイモンと異なるのが芸コマです。おそらく、ワクチン接種者と免疫保持者で色を分けているのでしょう。


時間はどんどん過ぎ去り、MEV-1が(液体窒素容器に)冷凍保管されます。イーリーも同僚の研究員も満足そうな表情で保管容器を眺めています。

天然痘は1980年に根絶宣言がなされましたが、後の世のために、サンプルが冷凍保管されています。これはSARSウイルスも新型インフルエンザも同様です。つまり、MEV-1ワクチンの生産も計画の半ばを過ぎ、パンデミックも収束しつつあり、ウイルス制圧の目処がついたので、資料用として保管されているシーンを描いているのです。


マット・デイモンは、家でパーティーの準備をしています。

ただのパーティではありません。娘のためのプロムパーティです。アメリカの高校生は卒業時にプロムと呼ばれるパーティを開きます。男女カップルでの参加が普通であることもあり、日本における成人式のような、人生における一大イベントとなっています。『キャリー』『Glee』といった様々な映画やドラマでプロムが題材となってきました。

彼氏がバンドをつけている一方、デイモンの娘はバンドをつけていません。パンデミックのせいで、デイモンの娘のようにワクチン接種が未だできていない高校生は登校できず、まともな高校生活が送れなかったことが分かります。だから自宅で二人きりのプロム・パーティをやっているわけです。更に、卒業すなわち高校生活の終了とパンデミックの終焉が重ねられてもいます。

娘が楽しそうにプロムの準備を進めている影で、生前の妻の姿が納めらているデジカメを覗き込みながら感極まるデイモンの姿も印象的です。彼が守れたものと、守りきれなかったものとが、ここで示されます。


●発端

ここで映画が終われば幸せな気持ちになるのでしょうが、ソダーバーグはそんな監督ではありません。

時間は巻き戻り、映画冒頭より以前のシーンになります。

デイモンの妻が勤めていたアルダーソン社のブルドーザーがジャングルを切り開きます。森林伐採により棲家を追われたコウモリが、バナナを咥えつつ都市部にある養豚場に紛れ込み、唾液のついたバナナを落とします。そのバナナを豚が食べます。おそらく、ここで2種のウイルスが混じりあい、MEV-1が誕生したのでしょう。そして、豚は仲買人に購入され、レストランのキッチンに並び、シェフが調理します。ご丁寧に、シェフは調理過程で豚の口に触りまくります。そして、手を洗わずにデイモンの妻と握手し……これが感染の発端だったのです。ギャー!

まるで種明かしのような形で最後に用意されたシークエンスですが、これは新興感染症が発生する過程そのものです。ニパウイルスもエボラウイルスも、20世紀末になってはじめてパンデミックを起こした原因は、これまで人がほとんど足を踏み入れたことの無かったジャングルや森林に開発目的で人が出入りするようになったからであると考えられています。

単にシェフが手を洗わなかったからパンデミックが起こった、という属人的な問題ではないのです(勿論、個人の視点からみれば手洗いやマスク着用が重要であることは間違いありませんが)。


●映画を盛り上げる科学的正しさと公共心

まとめましょう。


『コンテイジョン』が映画として優れている点は、科学的正しさと映画的面白さが両立しているどころか、科学的正しさが映画的面白さの源泉となっているところです。

専門的知識がある人なら面白がれるのは勿論ですが、知識の無い人でも、画面から伝わる緊張感から、なにやらただならぬことが映画内で起こっており、スクリーンを隔てたこちら側でも同じようなことが充分に起こりうると感じ取れるでしょう。まるでリアリティに溢れる戦争映画のように。そして、これはリアリティの無い映画では原理的に難しいことです。


また、これだけ性別・年齢・人種・地位が様々な登場人物が並列に描かれる群像劇でありながら、見やすいのも特筆すべき点です。理由の一つは、「パンデミック」や「病原体との闘い」といった表面上のテーマだけでなく、キャラクターの行動原理に関するテーマも統一させたことでしょう。

カネや名誉ではなく公衆衛生のためにリスクを犯したサスマン博士、

死ぬ間際でも病人に自分のコートを渡そうとしたケイト・ウィンスレット、

自らの身体を実験台にしてもワクチン開発を早めようとしたジェニファー・イーリー、

自分を誘拐した犯人の家族のことまで心配するマリオン・コティヤール、

自分用のワクチンを警備員の息子に接種してやるローレンス・フィッシュバーン、

そして、娘を守るためなら娘の彼氏も暴力で追い払うマット・デイモン

いずれも、「公共心」や「家族愛」に基づいた行動です。

唯一、自分のためだけに行動するジュード・ロウが悪役というのも分かりやすい構造です。


これは、ソダーバーグの過去作でありアカデミー賞監督賞受賞作である『トラフィック』と同じ構造でもあります。

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『トラフィック』も、様々な性別・年齢・人種・地位の登場人物が並列に描かれる群像劇でありながら、皆「家族」や「公共心」のために行動していました。中でも、情報を売る見返りとしてカネではなくメキシコの貧困を癒すための「野球場のナイター照明」を望んだベニチオ・デル・トロが、満足そうにナイトゲームを観戦するシーンで終わっていたのは象徴的でした。ベニチオ・デル・トロはこれでアカデミー賞助演男優賞(実質主演でしたが)を受賞しました。

そして、『トラフィック』の上映時間が147分であったのに対して、『コンテイジョン』はなんと105分、おそるべきテンポの良さも本作の優れた点の一つでしょう。


そんな傑作映画ですが、欠点もあります。

最大の欠点の一つは、ジュード・ロウが実に分かりやすい悪役であることでしょう。

「インフルエンザワクチンや子宮頸がんワクチンは百害あって一利なしなのに、政府の面子や製薬会社の利益のために接種が続けられている」

「HIVやSARSや鳥インフルエンザは特定の民族を減少させるためにアメリカ政府が開発した生物兵器である」

「新型インフルエンザはタミフルの売り上げを伸ばすためにアメリカ政府と製薬会社が共謀して広めた」

……そんな陰謀論はインターネットのあちこちで散見されますが、これらを口にしている人は自らの利益のために行動しているのでしょうか?

中にはそんな人もいるかもしれませんが、大半の人は、彼ら彼女らなりに世の中を少しでもよくしようという公共心に基づいてやっているのです。ただ、それは科学的に間違っているだけなのです。「地獄への道は善意で敷き詰められている」というわけです。だから、深刻な問題なのです。『コンテイジョン』に欠けているのは、そんな視点でしょう。


しかし、ソダーバーグがこの視点を入れなかったのも分かります。そんな複雑なことをしたら、上映時間が圧倒的に長くなるからです。

実際、『トラフィック』には、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ演じる麻薬王の妻が暗殺者を雇ってでも愛する家族と平和な家庭を守ろうとする話が出てきます。『トラフィック』の上映時間が2時間を越えたのは、これが原因の一つでしょう。

思い切った割り切りの結果、『コンテイジョン』はテンポの良い観やすい映画になったのかもしれません。



というわけで、3回も続いた「科学で映画を楽しむ法 第2回」もここで終わりです。

第3回をお楽しみに!



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Dr.マクガイヤー
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企画編集:Dr.マクガイヤー
     平野建太

発  行:株式会社タチワニ
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