オフチンニコフは1926年生まれ。ソ連共産党紙プラウダに入社。1953年から59年まで北京特派員、62年から68年まで東京特派員、著書『桜の枝』(新潮社 1971年)より引用。

・われわれは自分の眼でみなければならない。そうすれば何故ここに住みついた人々が自然を神格化し、自然を自らの計測器としたかは理解が出来るであろう。そしてこの国においては、画家はもちろんのこと、自然それ自体までもが、例えば海浜の断崖の松、鏡のモザイクのような水田、うす暗い火山湖というものまでが、この国における美の規範に一般に認められた概念に等しいものに従っているということである。

・一般的に日本人は隣人の中国人同様宗教心に乏しい国民である。中国人の場合、倫理学が宗教の代わりを務めているが、日本人の場合は美しい物への崇拝が役割を果たす。美の信仰こそ、日本人の国民的信仰であったといっても大げさすぎはしないだろう。日本人