A: 映画・宣伝
:家族を愛する。人生を楽しむ。42.195kmを走る。 最愛の妻をコーチに、仲間たちの応援を受けて、終い支度にゃまだ早い! パウルじいさんがベルリンを駆け抜ける!
元オリンピック選手で伝説のランナー・パウルは、最愛の妻の病気をきっかけに夫婦で老人ホームに入居する。
忙しく働くひとり娘に負担をかけられないからだ。70歳を越えても心身共に健康なパウルは子供だましのレクリエーションや規則にとらわれる施設側の態度に耐えられず、ウン十年ぶりに走り始めることに。
目標はベルリン・マラソン完走!呆れ顔だった妻も、パウルの熱心な姿に影響されて名サポート役に復帰。パウルの若き日を思い出した元詐欺師で片思い中のフリッチや優雅で美しいジャンヌ・モロー気取りのモートホルスト婦人、バイオリニストの娘を自慢するはラビンスキー夫人など個性的でチャーミングな入居者たちはにわか応援団を結成し、ホー
コメント
コメントを書く「陽だまりハウスでマラソンを」、見たいと思います。私には極めて現実的問題です。
ハウスを与えられた場所として考えるか(受動)、どのような場所として活用するか(能動)でハウスのイメージ、目的が全く異なったものになる。元気なうちに入るか、体に異常が出てきてから入るか、入らざるを得なくなってから入るか、入る時期の問題もある。日本人は、後半人生を考えるとき、遺言の問題、お墓の問題に直結しがちである。生きている間は、伴侶であろうが、子供たちであろうが、他人であろうが、託す、託さざるを得ないのであるから、預貯金の許す範囲で、わが身の後見者に書いたもので託すことを考えています。
今年、70歳になる我が身としてはタイムリーな話を聞くことが出来ました。
思い起こせばサラリーマン終章の50歳になった時も同じ感慨に冒され(笑い)ました。
『決して楽な毎日ではないけれど、定年になったからと言って、社会から隔絶されるような暮らしは嫌だ。』 当時、そんな気持ちに襲われたのでした。
あれから20年、今回の場合は70歳代突入です。平均寿命から言って、誰にとっても正に人生の最終章になります。
”死”を恐れたりしているのでは在りません。
辛いことや嫌なことが多い世の中だけれど、ちょっぴり良いこともある。生きていて良かった!みたいなことがまだまだ在りそうな気がする、そんな希望をまだ捨てきれないでいるのです。
だから、70代は生理的な寿命としては「最終章」になるかも知れないけれど、さりとて世の中から引きこもる気などにはならない。可能な限りなるべく社会とかかずり合って行きたいなと考えているのです。
今朝の孫崎さんのブログはそんなことを思い直す・改めてそんな気持ちを惹起させてくれたブログでした。
孫崎さんの幅広い視野と提言活動に敬服いたします。
どうぞ、ご健勝のほどを。
普段は政治絡みのテーマが殆どの孫崎先生ですが、今回は打って変わって「マラソン」と「映画」のお話し。70歳過ぎの
先生にしてマラソン好きで自らも走られるとは誠にご立派。ほぼ同じ年代の小生も以前は少々走っていたのですが、腰部脊柱残念ながら管狭窄症とかで今は走れなくなったため、余計先生が羨ましいです。時にはこうしたテーマの話題も、ホッとして良いですね。 どうかいつまでもお元気で走り続けられて下さい。