ボクシングを通して変えたいと願うふたり
そろそろ冬に突入しそうな今日この頃、温かさが恋しくなるのにあえての荒野ですよ、『あゝ、荒野』。実人生ではあまり味わいたくない"荒野"ですが、青春映画としてこれ、類い稀ない熱量を放っている快作です。主役を演じた菅田将暉とヤン・イクチュンがとにかくいい、良すぎます。『そこのみにて光輝く』(2014)や『溺れるナイフ』(2016)で刃物のようなキレッキレの危うさをすでに放っていた菅田将暉だし、初監督作『息もできない』(2009)で演出の才能のみならず主役として圧倒的な存在感を示していたヤン・イクチュンですから相当な期待はして臨みましたが......予想を超えた彼らでした。
©︎2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
幼い頃に父の自殺を目の当たりにした挙句、母からも捨てられた新次(菅田)は、少年院から出てきたばかりで兄貴分を騙し討ちにした後輩に復讐することだけを考えている。憎悪のエネルギーを全身にみなぎらせたチンピラです。一方の健二(イクチュン)は、やはり幼い頃に母と死別。離婚していた父親に引き取られたものの家庭内暴力に晒されながら育ち、今は理髪師として地道に働いています。しかし、引っ込み思案で吃音と赤面が悩みでなかなか人と接することができない。そんなふたりが、ボクシングジムを経営する堀口(ユースケ・サンタマリア)に見込まれてプロボクサーを目指すことに。
©︎2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
まるで個性の違うふたりが出会い、ボクシングジムという心身の居場所を見つけるまでが前篇で描かれます。寒風吹きすさぶ荒野のようだった彼らの心は、堀口やトレーナーの馬場(でんでん、適役)と関わりを持つ中で、そして厳しいトレーニングで肉体と技術を造っていく過程で次第にゆるんでいきます。悲しい境遇を誰かのせいにしない。ただただ目の前のトレーニングに没頭する。そんな彼らの姿が、観ていて本当に切なく、愛おしくなる。そして、運命が大きく動く後篇へ。
どんなに一途で、不器用であっても「生きる」ことに躊躇しない
ボクシングというスポーツにその感情が不可欠なのか......? 私には判らないのですが、新次は「憎しみ」を糧に、やはりプロボクサーとなっていた復讐相手に挑み(ケンカ同然のプロらしからぬスタイルながら)勝利します。しかし、心は晴れない。一方の健二は新次を追うように、肉体やテクニックを自分のものにして行きますが、「憎しみ」の感情だけは持つことができないのです。何故ならば、彼にとってのボクシングは誰かと「つながる」ためにあるから。
©︎2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ
本屋で助けたことから知り合った、腕にためらい傷を持つある女性から「何のために私たち生まれてくるんですかね」と問われた健二は、「......つながるために」とポツリ。呟くように答えます。自信なさげに口からこぼれた彼の言葉は、しかし、言い終える頃には確信に変わっていたのではないでしょうか。自分にはボクシングしかコミュニケーション手段がないのだと思い知った健二は、深い友情(あるいは愛情)を互いに抱けた新次との「つながり」を求めて、泣きながら彼を対戦相手に選ぶのです。生きることに対して、なんて不器用なんだろう。一途なんだろう。そして、この戦いの行方は......。
東京オリンピック後(つまり近未来)の2021年、孤独という荒野を心に抱えて育ったふたりの出会いから始まる本作。意外な縁が明らかになっていくさまざまな登場人物たちやエピソードが、ふたりの死闘ーークライマックスにもっともっと荷担できていたなら......そんな欲が出てしまうのも正直なところです。それでも! 何つったって、ふたりこそが本作最大の魅力。過酷さ、激しさ、寂しさ、切なさ......新次と健二の肉体から滲み出し、ときにほとばしる感情からとにかく目が話せなかったし、前・後篇の合計304分を長く感じなかった。そこには、寺山修司の原作が舞台とした1966年と比べても何ら違わないであろう普遍性がありました。あゝ、青春......って呟きたくなる。オトナが観たい、堂々たる青春映画です。
思えば、ボクシングは映画との相性がとてもいいのですよね。『ロッキー』(濃すぎるけれど、やっばりすごい)は言うに及ばず、この系譜に新たに加わった『クリード チャンプを継ぐ男』も秀逸ですし。女性ボクサーを主人公にしたC・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』、邦画代表といえば北野武監督の『キッズリターン』など。ヒリヒリと灼けつくような心の痛みが、強烈なパンチを受けたときの肉体の痛みと巧みにリンクさせられたとき、観る者の心を揺さぶる作品が生まれるのかもしれません。
『あゝ、荒野』前篇・後篇
監督:岸善幸
原作:寺山修司
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリア、木下あかり、モロ師岡、高橋和也、でんでん、木村多江ほか
新宿ピカデリーほか全国公開中