産業新潮
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5月号連載記事
■その22 アダム・スミスと人間経済科学
●アダム・スミスと「道徳感情論」
アダム・スミスの名前を知らない読者は多分いないであろう。彼が1776年に発刊した「国富論」は、今でも経済学の聖典として扱われている。スミスが「経済学」の始祖というべき人物であることに異論は無いはずだ。
しかしスミスが、映画ハリー・ポッターの撮影に使われたと言われるグラスゴー大学の道徳哲学(最初は論理学)教授であったことはあまり注目されない。1759年に「道徳感情論」を出版したが、当時はこちらの方が大ベストセラーであり、「国富論」はこの大ベストセラーの内容のうち「人間の経済」に関わる部分をより詳しく解説した別冊として企画されたのだ。
したがって、「国富論」を読むだけでは、アダム・スミスの思想の表面だけを撫でることになってしまう。彼の思想の本質は「道徳感情論」の中に存在するのだ。そして、その本質とは、人間社会が「人々の共感」で動くということである。その「共感」によって機能している人間社会の一部が「経済現象」であるというのがスミスの考え方だ。
経済というのは人間社会の営みの一部であり、決して切り離せるものでは無いというのが、アダム・スミスの主張であり、「人間経済科学」とは、アダム・スミスという「原点」に戻ろうという考え方ともいえる。
●専制君主である神を否定するための唯物論
マルクス経済学も近代経済学も基本的に「唯物論」であり、「人間(性)」を無視している点が最大の欠陥だ。もちろん、これについては同情すべき理由もある。
アダム・スミスが活躍した18世紀にも宗教裁判がしばしば行われており、「道徳感情論」の中にも、宗教裁判にかけられて火あぶりや八つ裂きの刑に処せられるのを避けるためと思われる、教会に媚びたような文章が見え隠れする。「道徳感情論」で述べられている内容は、現在の我々にとって何の違和感もない。
しかし、カトリック教会の専制支配が続き「すべて神の御心」で済まされていた時代に、人間の社会が自らの意思で動くという考え方自体が危険思想であったのだ。ただし、聖職者以外の多くの人々がアダム・スミスの思想に共感したからこそ「大ベストセラー」になったわけだが。アダム・スミスの母国は、ローマ教会から分かれた英国国教会が勢力を持っていたから、頑迷なカトリック国であるフランスなどより状況はまだましであったと思う。
このような、現在の北朝鮮並みの専制支配が行われていた中世暗黒時代が終わったとは言え、その後も「神の先制支配」が続く世の中で、「神」を否定するために「唯物論」が勃興したというわけだ。
●合理的経済人という「金で動く人間」
マルクス経済学は、才能豊かな生身の人間を「労働力」という計算可能な「もの」としてしか扱わなかったが、近代経済学でも「合理的経済人」という、人間性のかけらも無い標準モデルで説明しようとするから役に立たないのだ。
私や読者も含めて、この世の中に「合理的経済人」に当てはまる人々がどれほどいるであろうか?
例えば、子供の養育には多額の費用がかかる。一般家庭でも数十年間の累積では数千万円、場合によっては数億円になるであろう。もちろん、老後に世話になるかもしれないが、現代ではその可能性は高く無い。しかし、いくら少子高齢化と言っても、子供を産む人々がいなくなるわけでは無い。当然、そこには金銭の損得を超えた動機がある。
また、行動経済学でよく行われる実験に最後通牒ゲームというものがある。AとB二人の被験者を決め、Aに1万円を渡し、「二人で自由に分けるよう」指示する。ただし、Bがその分配案を拒否すれば二人とも1円ももらえない。
合理的経済人の考え方によれば、Aが9900円でBが100円という分配案でも、Bはゼロよりも100円の方が儲かるから拒否するはずが無い。ところが現実には、そのような申し出はことごとく却下され概ねBの受取金額が3割から5割程度になるところに落ち着く。つまり、人間というのは、少々の経済的利益を犠牲にしても、不公正な行為を罰する動機を持っており、その考え方が社会全体に浸透しているということだ。
<続く>
続きは「産業新潮」
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5月号をご参照ください。
(大原 浩)
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