マル激!メールマガジン 2016年8月24日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド 第802回(2016年8月20日)
五輪で盛り上がる今こそドーピング問題に目を向けよう
ゲスト:高橋正人氏(医師・十文字学園女子大学教授)
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リオ五輪での日本選手団の大活躍ぶりには目を見張るものがある。しかし、五輪への国民的関心が高まっている今こそ、スポーツを底辺から蝕むドーピングの問題と向き合い、これを根絶する手だてを真剣に考えるべき時だ。その意味で、日本人選手の活躍ぶりが大きく報じられる中で、ドーピング問題をめぐる報道が極端に少ないことが気になる。
リオ五輪は大会前にロシアによる国ぐるみのドーピングの実態が露わになり、ロシア人選手の大半が参加資格を失うなど、ドーピング問題が暗い影を落とす中で開催された大会だった。逆の見方をすれば、リオはドーピングに対する世界の疑念や疑惑を一掃し、スポーツが本来のフェアな精神と信頼を取り戻す絶好の機会となるべき大会でもあった。
しかし、実際にはここまで報道されているだけでも、既にメダリストを含む8人の選手がドーピング検査で陽性反応を示し、失格になっている。加えて、今回の五輪に参加している選手の中には、過去にドーピング検査にひっかかり、出場停止などの処分を受けたことのある選手が大勢含まれている。史上最多となる22個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(アメリカ)をはじめ、多くの選手たちがドーピング歴のある選手と同じ土俵で競争することへの違和感や嫌悪感を表明するなど、リオ五輪ではあらゆる局面でドーピングが大きな争点となっていると言っていいだろう。
ドーピングが重大な問題なのは、それが選手自身に深刻な副作用や健康被害を与える可能性があるのと同時に、スポーツが体現しているフェアネスや鍛錬といったスポーツの本質的な価値を根本から棄損してしまう可能性があるからだ。すごい記録が出るたびに「ドーピングではないのか」などと疑いの目を向けられるようでは、厳しい練習を積み重ねてきた選手たちは堪らない。また、金メダルを取ることや世界記録を出すことから得られる報酬が莫大になっているため、そのリスクを十分承知していてもドーピングに手を出してしまう選手が後を絶たないという、スポーツの行き過ぎた商業主義の問題もある。
泣いても笑っても4年後には東京五輪がやってくる。われわれはスポーツの価値の根幹を揺るがしていると言っても過言ではないドーピング問題に、どう向き合おうとしているのか。ドーピングを根絶することができるのか。ドーピング問題に詳しい医師の高橋正人氏とドーピングの現状とこれからを議論した。
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今週の論点
・日本でドーピング問題が話題にならない理由
・ドーピングの種類と効用を知る
・厳しさを増すドーピング検査 「フェアネス」はどこにあるか
・縦割りでは解決しないドーピング問題 今後の注目点は
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■日本でドーピング問題が話題にならない理由
神保: 今日は2016年8月19日の金曜日。世の中はオリンピックの話題で持ち切りで、夜通し放送を見て寝不足だ、なんて話も聞きます。宮台さんは見ていますか。
宮台: あまり見ていないですね。昔は興味があったのですが、マル激で議論してきたことも含め、勝つ/負けるということだけが拡大されたような形で報じられたり、それが「感動」という言葉で粉飾されるようになっていることに違和感を覚えています。むしろメダルを獲れない国がオリンピックに参加すること、競技をすることに対する感覚が“まとも”なのかなという気がしますね。
神保: 豊かなスポーツ文化があるというのは、別にたくさんメダルを獲れるとか、世界チャンピオンになることではない。逆に一部のアスリートだけ早いうちから囲って、エリート教育をやってメダルは獲らせるが、国内のスポーツ文化は至って貧弱だということも当然、あり得るわけです。
逆に言うと、今回、確かに日本の金メダルが、一時期獲れなくなっていた分野でも増えている。僕は2つのことを思います。ひとつは、先進国がそれなりに本気でお金をかけて育成をすれば、やっぱりメダルは獲れるものなのだな、ということがひとつ。もうひとつの方が深刻で、今日のテーマに関連しますが、ドーピングが難しくなってきたということです。かつての東ドイツ、今回はロシアが直前に大きな問題になりましたが、日本がそういうことをやっていないという前提で言えば、ドーピングで底上げしていた国やアスリートが出てこられなくなったから、相対的に日本の成績が良くなったのではないか、という見方も一部あるようです。
今回は、このドーピング問題をきちんとやりたい。日本できちんと問題をまとめた書籍もなく、特に商業メディア的には、話をすること自体があまりよろしくないようなんです。この時期にドーピング問題を取り上げるというのは、オリンピックに水を差すのかと思われる方もいるかもしれませんが、今やらなければ関心を持っていただけない。正直言って、識者の方に取材を申し込んで、「この時期にやるの?」というリアクションが非常に多かった。そのなかで、出演を快諾してくださったゲストをご紹介します。十文字学園女子大学人間生活学部健康栄養学科の教授で医学博士の高橋正人さんです。
先生、今回はオリンピックの最中ということもあるかもしれませんが、この話題というのは、その世界でもパブリックに話すことがはばかられるテーマなのでしょうか?
高橋: スポーツ医学系の学会が日本にもあり、ドーピングというテーマもあるのですが、日本の場合はここ20~30年、検査法にかかわるシステムの話ばかりで、副作用や使用者の動向に対する報告はほとんどありませんね。ほとんど自分が報告するのと、たまに国の調査で少し出てくる、というのが現状です。
日本でドーピングというと、筋力系の競技の一部に、そういう方がいらっしゃるのは確かです。ただ、ほかの競技への広がり、特にオリンピックに絡む競技などでは、なかなかそういう動向が補足されません。学会はまさにオリンピックに絡む競技で成り立っているようなところもあり、なかなか明らかにならないというのもあります。