マル激!メールマガジン 2018年5月9日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/
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マル激トーク・オン・ディマンド 第891回(2018年5月5日)
われわれが「匂い」をとても気にするようになった訳とその功罪
ゲスト:平山令明氏(東海大学先進生命科学研究所長)
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 人類と「香り」の付き合いは決して新しいものではない。古くは3000年以上も前のエジプトで、ミイラ作りのために防腐効果のある香料が使われていたことがわかっている。聖書にはイエス・キリストの誕生を祝福するために東方からやってきた3人の博士が、乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)などの香料を捧げ物として持参したことが記されている。
 しかし、匂いは遺跡や土器や絵画、文字のような「もの」としての形を残さないため、その実態を検証することが困難だったこともあり、人類史研究の中ではそれほど主要な地位を占めてこなかった。しかし、近代に入り人間の嗅覚の仕組みや匂いが脳に伝わるメカニズムが解明されると同時に、19世紀になって有機化学が急速に発展したことで、香料の世界が大きく拡がった。当初は主に香水や化粧品に利用されていた香料が近年、加工食品はもとよりトイレの芳香剤や洗濯時の柔軟剤など生活の隅々にまで浸透するようになっている。
 匂いはその特性故に、特定の香りを嗅ぐだけでリラックス効果を得たり、気分を明るくするなど様々な効果が期待できるなど、医療分野やQOL向上に今後も「香り」が果たす役割は大きくなっている。認知症やアルツハイマー病の症状の改善にも香りを使った治療が効果を上げているという報告もある。
 しかし、その一方で、特に近年、洗濯の柔軟剤などに強い芳香剤が使われているものが人気を博するようになった結果、その匂いを不快に感じる人が増えている。いわゆる「スメハラ」(スメル・ハラスメント=匂いで相手を不快にさせる行為)という言葉や、化学物質に敏感な人が芳香剤の匂いによって様々なアレルギー反応に苦しむような「香害」の事例が相次いで報告されている。
 「香り」の科学に詳しい東海大学先進生命科学研究所の平山令明特任教授は、日本人は元々、遺伝子的に体臭が少ない人種に属するため、欧米人に比べて匂いに対する耐性が低い傾向にあるという。その日本で欧米並みに強い匂いを放つ柔軟剤や洗剤や化粧品などが普及すれば、匂いに敏感な人々の間に公害の被害が出ることは当然予想できることだ。しかし、現状では匂いについては、業界が独自に定めた自主基準しか存在しない。食品並の成分表示義務もないため、表示を見てアレルギー物質を避けることも難しいのが実情だ。
 匂いについてはまだわからないことも多いので、常にその影響を注視しながら、問題があれば改善をしていく姿勢が必要だと平山氏は語る。
 それしても、なぜわれわれはここに来て急に、匂いを気にするようになったのだろうか。匂いの効果を最大限に利用しつつ、その弊害を最小化するためには、どのような制度が求められるのか。消費者としてわれわれは何を意識しなければならないかなどを、平山氏とジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・「匂い」の研究が進まなかった理由
・われわれは匂いをどんな仕組みで感じ取っているのか
・体臭は生活より、遺伝子で決まっている
・匂いに対するリテラシーを高めることは、QOLの向上につながる
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■「匂い」の研究が進まなかった理由

神保: 今回は“匂い”をテーマにお送りします。人間はサバイバルのためにあまり嗅覚に依存する必要がなく、五感の中でも嗅覚は決定的に重要なものではなかったため、研究が遅れていたそうです。しかし、ここに来て急激に発達し、また「香害」という言葉が徐々に出てきました。

宮台: 匂いの公共性の問題ですね。

神保: 日本では最近何かと“◯◯ハラスメント”というものが流行っていますが、香りの害もスメル・ハラスメントなどと言われ、取り沙汰されるようになった。ただ、これは“匂いで困っている”というレベルではなく、化学物質過敏症のひとつだと思いますが、実際に健康被害も生じています。しかしその割には、あまりニュースになっていないと思いませんか?

宮台: まさに、スメル・ハラスメントのようなセンシティブな問題もあるし、ある程度、きちんとしたパッケージで話す必要があります。