マル激!メールマガジン 2018年10月31日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/
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マル激トーク・オン・ディマンド 第916回(2018年10月27日)
カショギ殺害事件に投影された中東政治力学の変動と歴史の終わり
ゲスト:高橋和夫氏(国際政治学者)
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 現在の世界地図の原型が形成された第一次世界大戦の終戦からちょうど100年目に当たる今年、中東を発火点として新しい世界史が始まりそうな予感を感じさせる事態が起きている。直接のきっかけは、トルコを拠点に政府批判を展開していたサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が、婚姻届を出すために訪れたイスタンブール市内のサウジアラビア総領事館内でサウジアラビア政府関係者の手で殺害されたことだった。
 確かにカショギ氏はサウジアラビアでは有数の有力者の一族ではある。しかし、カショギ氏の殺害自体が、第一次世界大戦の発端となったセルビア皇太子の暗殺に匹敵するような大きな歴史的な意味を持っているわけではない。むしろこの事件は、現在、サウジアラビアの実権を握り、女性に自動車の運転を認めたり、新しいビジネスの誘致を推進するなど改革派のイメージで売り出し中だったムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が、自分に刃向かう者はジャーナリストであろうが何であろうが、暗殺チームを海外にまで派遣して有無も言わせずに殺害することを厭わない、前時代的な人権感覚しか持ち合わせていない粗野な人物であり、そのような人物がサウジアラビアという国家の実権を握っているという事実が満天下に晒されたことに大きな意味がある。
 中東に詳しい国際政治学者の高橋和夫・放送大学名誉教授は、カショギ氏の殺害がこれだけ大きく報じられた事で、サウジアラビアの他の悪行が注目され、サウジアラビアの国際社会における地位が更に低下する可能性があると指摘する。他の悪行にはイエメンへの軍事介入や国内の人権弾圧などが含まれる。
 高橋氏は、長期的にはサウジアラビアが現在のような王政を維持できなくなる可能性が高いと指摘する。サウジアラビアの王政が倒れれば、それを後ろ盾としているバーレーンやアラブ首長国連邦など周辺の王国も崩壊するのは必至だ。
 ところが、第一次大戦から100年が経ち、戦勝国のイギリスやアメリカがご都合主義的に支えてきた中東の王政が終わりに近づいた今、もう一方の西側諸国では、民主主義が崩壊の縁にある。ロシアは形式的には民主的な選挙を実施しているが、政権に逆らうビジネスマンやジャーナリストは当たり前のように殺害されたり失脚させられている。中国は未だに共産党の一党独裁だ。そして、肝心のアメリカでは、トランプ大統領が民主主義を否定するような発言や行動を繰り返している。
 カショギ氏の殺害を機に露わになった中東の政治力学の変化と、100年前と比べた時、明らかに民主主義が衰退している世界の現状と今後について、高橋氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・トルコとサウジでは、国家としてプロ野球と高校野球ほどの差がある
・統治能力もないサウジを、なぜトルコはここまで追い込むのか
・権力を掌握する皇太子「MBS」とはどんな人物か
・王家が倒れても、民主化は望めそうにない
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■トルコとサウジでは、国家としてプロ野球と高校野球ほどの差がある

神保: 今回は中東について考えてみたいと思いますが、収録の直前にシリア内戦の取材中に拘束されていた、ジャーナリストの安田純平さんが帰国するという大きなニュースがありました。今日は深追いしませんが、例によってネット上では自己責任論が吹き荒れているようです。

宮台: 何度もいうように、ネトウヨ、ウヨ豚にオピニオンはなく、あるのはただの憂さ晴らし、不全感の埋め合わせです。もう何も気にする必要はなく、小川榮太郎などもクズだということで一蹴すればいい。

神保: 東京新聞に取材を受け、僕が一言いったのは、「なぜあんなに危ないところだとわかっていて行ったんだ」というが、なぜ「危ないところだ」と知っているのか、それに尽きるということです。それは誰かが行ったからわかることで、その情報だけいただき、しかし捕まったら「けしからん」という話になります。

宮台: いいとこ取りのフリーライダー、タダ乗り屋のクズということです。

神保: 誰も行かなければ、危ないかどうかもわからないし、何が起きているかもまったく伝わりません。その方がよかったのか、ということですね。なんと言っても3年3ヶ月、期せずして普通の取材ではできない、いろんなものを見てきたでしょうから、ぜひ一度、安田さんにも番組に来ていただきたいですね。

神保: さて、現在また、中東情勢波高しです。そのせいで、今回のゲストの先生をテレビで1日5回くらい見ています。放送大学名誉教授で国際政治学者の高橋和夫さんです。

高橋: 私がテレビに出るときはろくなことがないのですが、今回は安田さん解放のいいニュースでうれしかったですね。

神保: 今回はトルコを拠点に政府批判を行なっていた、サウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が、サウジアラビア領事館内で同政府関係者に殺害された事件を取り上げます。ただ、ワイドショーレベルでもディテールが出ているので、高橋先生にはあえて、歴史の話を伺いたいと思います。壮大な話になりますが、1918年の11月11日が第一次世界大戦の事実上の停戦日で、オスマントルコがそこで崩壊し、中東の地図は、西側がさまざまな形で手を突っ込むような形になりました。そんななかで、今回の事件は歴史的な変わり目を感じさせるものがありました。
 まずは一応、今回の事件を振り返りたいと思います。ジャマル・カショギ氏はトルコにある領事館に入ったまま出てこず、指を切り落とされるなどして亡くなった事件です。先生、指を切り落とされたのは、ものを書くジャーナリストだから、という理解でいいのでしょうか?