マル激!メールマガジン 2020年7月29日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド 第1007回(2020年7月25日)
新型コロナのワクチン開発は自国中心主義から脱却を
ゲスト:稲場雅紀氏(アフリカ日本協議会国際保健部門ディレクター)
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 あらゆる楽観論を嘲笑うかのように、新型コロナウイルスが再び世界的に猛威を奮い始めている。
 日本でも新たに感染が確認された人の数が再び増加。検査対象者の数を大幅に拡大しているとは言え、東京では23日には新規の感染が確認された人の数が366人と、一日の確認数としてはこれまでで最大となり、大阪、愛知などでもその数は急増しているようだ。
 ロックダウンや行動制限を解除した後に再び感染が拡大に転じる事態は世界各地で発生しており、既に全世界で感染が確認された人の数は1500万人を超え、確認された死者の数も60万人を突破した。
 こうしたなか、ワクチン・治療薬への期待が以前にも増して高まっており、それに呼応するかのように開発競争も過熱してきている。
 今週、医学誌「ランセット」に、イギリスと中国のグループが、それぞれワクチンの免疫の効果を示す結果が臨床試験で得られたと報告。先週は、ドイツとアメリカの製薬会社が開発しているワクチンについてFDAが優先審査をするという発表でアメリカの株価が上昇するなど、今や新型コロナのワクチン開発の進捗状況が、世界を巻き込んだ大ニュースになっている。有効なワクチンや治療薬が登場すれば、全世界規模で需要が見込まれ、その対価は莫大なものとなることが予想されるからだ。
 開発中のワクチンについてはWHOが頻繁にそのリストを更新しており、7月20日現在、人に対する臨床試験が行われているものが24候補、臨床前の段階が142候補ある。一方で、まだ開発途上のワクチンを事前に「青田買い」しようと、アメリカやイギリスは政府が特定のワクチンについて製薬企業等と契約を結ぶという動きも報道され、これがさらに開発競争に拍車をかける結果となっている。
 しかし、仮にワクチンや効果的な治療薬が開発されたとしても、果たしてそれを世界各国にあまねく届けることが物理的に可能なのか。また、ワクチンのアクセスを巡って、国家間や所得階層間に格差が生まれはしないのかなど、開発された後の展開についても課題は多い。特に、途上国の低所得層での感染爆発が危惧される現在、医薬品の特許や価格設定などこれまでもたびたび議論されてきた医薬品アクセスの問題が、今回も避けて通れない。ことに、東京オリンピックを一年後に控えた日本にとってはより重要な課題となっている。世界のどこかで新型コロナが流行している限り、世界規模の祭典でなければならない五輪の開催は難しいと思われるからだ。
 国際社会でのエイズ治療薬の平等なアクセスなどに尽力してきた稲場雅紀氏は、新自由主義が台頭しWTOが知的財産権の保護を強く前面に打ち出した1995年以降、医薬品のアクセスを巡り、国際NGOと製薬企業との間で熾烈な闘いが続いてきたという。その結果、現在、いくつかの国際的な枠組が作られ、新型コロナについても、一部でその枠組みが動き始めている。しかし、こうした動きは日本国内ではほとんど報道されておらず、よって日本ではこうした問題に対する関心はいたって低調だ。
 新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発には各国政府や国際機関の資金が相当額投入されていることから、本来開発された医薬品は公共財として扱われるべきものだ。しかし、そのためには国際的な世論の力が必要だ。新型コロナウイルスのワクチンや治療薬の開発が特定の国や企業の利益を優先した形で使われれば、低所得層や貧しい国々はその恩恵にあずかることができず、結果的に感染症の世界的な流行を抑え込めないということにもなりかねない。
 新型コロナウイルス感染症というグローバルな危機に、人類はグローバルな視点で対応することができるのか。はたまた一国至上主義や自国中心主義、そして市場原理至上主義がそれを凌駕し、開発に成功した一部の先進国の企業や富裕層ばかりがその恩恵に浴することになるのか。そのようなやり方で、われわれはコロナに打ち勝つことはできるのか。国際社会での医薬品アクセス問題に取り組んできた稲場雅紀氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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今週の論点
・治療薬の青田買いと、犠牲になる貧困国
・不思議な形で国際協調の役割を果たしている日本
・国際協調すべき薬に対する知的財産権の問題
・難解過ぎる問題に、どうコミットするか
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■治療薬の青田買いと、犠牲になる貧困国

迫田: 現在、7月22日午前9時です。今回は新型コロナウイルスウイルスのワクチンと医薬品、薬の話をしようと思います。「いつできるか」とか「どうなっているのか」ということよりも、これを本当に開発して私たちみんなが使うことができるようになるのか、という議論をしたいのですが、関連の報道が多く、過熱している印象です。

宮台: ワクチンが万能であるようなイメージが流布していて、それが投資を加速しているような状況です。しかし実際には、マル激でも繰り返し議論しているように、コロナウイルスの変異種はこれからも出てくる可能性があり、アメリカやブラジルで1日3万人以上の新規感染者がいるように、どうも再感染もそうとうありそうです。つまり、免疫の持続時間がよくわからないということです。

迫田: そもそも抗体ができるのかどうかということもあります。

宮台: あるいはインフルエンザがそうであるように、抗体ができても免疫になるかどうかがわかりません。なので、投資をするだけの効果がどれだけあるのかが本当はわからない、という前提で考えなければいけません。その意味では、インフルエンザと同じようにワクチンより、抗ウイルス剤が開発された方がいいのかもしれません。ただ、ウイルスは細菌と比較して抗生物質に対して耐性ができる頻度、速度が5倍・10倍で、タミフルに対しても耐性ウイルスがたくさん出てきています。つまり今のところ決定打はないのだ、ということを前提とした上で話をしなければなりません。

迫田: 今回は国際社会のなかで特にエイズ治療薬などの平等なアクセスに向けて活動されてきました、アフリカ日本協議会国際保健部門ディレクターの稲場雅紀さんにお越しいただきました。
 現在、WHOが毎週のように、世界のワクチンの開発状況を報告しています。臨床試験をしている最中のものが24種類もあり、そのうちフェーズ3の最終段階にあるのが4か5候補あるということです。本当に毎日のように情報が変わっていますが、稲場さんはこの状況をどうご覧になっていますか。