マル激!メールマガジン 2024年3月6日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1195回)
「もしトラ」から「ほぼトラ」に移りつつあるアメリカで今何が起きているのか
ゲスト:三牧聖子氏(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授)
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 もしかするとまたトランプ政権になるかもしれないが「もしトラ」。ほぼトランプ政権になりそうが「ほぼトラ」。
 そして今、「ほぼトラ」、つまりドナルド・トランプ前大統領の再登板が現実的なものになりつつある。
 アメリカは来週、今年11月の大統領選挙に向けて、民主・共和両党の公認候補者選びの山場となるスーパーチューズデーを迎えるが、トランプは共和党の候補者を決める予備選で、序盤から他の候補を圧倒し、既に共和党の公認候補となることが確実視されている。対する民主党も、現職大統領のバイデンが自ら身を引かない限り公認指名が確実な情勢のため、2024年11月5日に行われる大統領選挙では、2020年と同じくバイデンvsトランプの図式となることがほぼ確定的となっている。
 しかし、それにしてもだ。バイデンは齢81歳。最近は記者会見で言葉が思うように出てこなかったり、人の名前をたびたび間違えたりするかと思えば、足下がふらつくシーンを何度となくカメラで捉えられるなど、高齢からくる衰えはどうにも隠せなくなっている。アメリカがウクライナ戦争やパレスチナ問題、台湾海峡問題など極めて重要かつデリケートな国際情勢に直面する中、就任時には82歳となるバイデンにさらに4年の任期が全うできるかを不安視する声は根強い。
 一方、トランプも年齢的には77歳と決して若くはない。当選すれば2025年1月の大統領就任時には78歳と200日を超え、2021年のバイデンの記録を抜き、米国史上最高齢の大統領となる。もっともトランプ自身の健康状態は良好と見え、演説なども相変わらずの力強さを見せているが、その一方でトランプは数多くの裁判を抱えている。
民事訴訟としてはすでに、1月26日に性的暴行事件で約123億4,000万円の損害賠償命令を、2月16日に融資不正事件で約533億円の罰金命令を受けているほか、2020年大統領選における選挙不正や2021年1月6日の議会襲撃事件を扇動した罪など4つの刑事事件でも起訴されている。
刑事被告人の大統領選の立候補を禁じる法律はないが、もしもトランプが当選した場合、現職大統領がその任期中に刑事事件で有罪判決を受けるという前代未聞の事態に陥る可能性があるばかりか、現職の大統領が刑務所に収監される可能性すらある。
 無論、これは前代未聞の事態だが、トランプの支持者たちは、これらはいずれも民主党政権による政治的な策略だとして、全く意に介していない様子だ。
 しかし、それにしてもなぜアメリカほどの大国が、記憶も足元もおぼつかない高齢の候補と、多数の刑事事件を抱える刑事被告人からしか大統領候補を出せなくなっているのだろうか。
 同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授でアメリカの政治や社会に詳しい三牧聖子氏は、アメリカではあらゆる階層で分断が進んでいるため、民主・共和両党ともにそのすべてを束ねることができる一人の候補者を選び出すことが難しくなっているという。
 例えば、パレスチナ情勢については、アメリカのユダヤロビーは伝統的には民主党の強い支持基盤だが、民主党支持層の中でも特に若い世代にはイスラエルの過剰な武力行使に対する反発があり、反イスラエル・親パレスチナが増えている。その一方で、トランプ支持層の中核を成すキリスト教福音派に宗教上の教義を理由とするイスラエル支持者が多いため、むしろ共和党が強い親イスラエル路線に傾くなど、これまでのアメリカ政治の常識が通用しなくなっている。
 ウクライナ戦争をめぐっては、トランプがウクライナ支援からの撤退を表明しているほか、プーチンの権威主義的な主張はトランプ支持層の考え方との親和性が高い。ここに来てプーチンがリベラル批判のトーンを強めているのは大統領選挙におけるアメリカの分断を狙ったものとの見方があるが、それがリベラルによって自分たちが抑圧されていると感じているアメリカの共和党支持者の共感を呼んでおり、プーチンの狙いがまんまと功を奏している状況だ。
いざアメリカがトランプ政権になれば、アメリカの対ウクライナ政策や対イスラエル政策が大転換する可能性があり、それが国際情勢にも多大な影響を与えることが避けられない。
 グローバルサウスの隆盛により、これまで欧米的な感覚では独裁と言われてきたロシアや中国のような体制が、必ずしも世界では孤立した状態ではなくなっているところにトランプ政権が誕生すれば、世界の秩序が大きく変わりかねない。政治とカネの問題に揺れる日本に、その状況に対応するための備えはできているのか。
 今回は大統領選挙を8カ月後に控え、候補者選びの予備選が山場を迎えているアメリカで、今何が起きているのか。アメリカの変化が世界にどのような影響を与えるのかなどについて、同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授の三牧聖子氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・親イスラエル政策でアラブ系の支持を失うバイデン大統領
・トランプが抱える4つの刑事裁判
・イスラエル戦争とガザ危機をめぐる欧米のダブルスタンダード
・アメリカはどこへ向かうのか
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■ 親イスラエル政策でアラブ系の支持を失うバイデン大統領
神保: 今日は2024年3月1日の金曜日で第1195回目のマル激です。今回は久しぶりにアメリカ政治を扱います。大統領選挙が大きな節目に差し掛かっているということもあり、現在アメリカで起きている分断や劣化、茶番などを見ていきます。またその背後にある、若い世代のアメリカ人がどういうことを考えているのかも含めて見ていきたいと思います。

 今日のゲストはアメリカ政治の専門家で、『Z世代のアメリカ』という著書も出されている、同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授の三牧聖子さんです。前回来ていただいた時は、なぜアメリカで妊娠中絶が大きな話題になっているのかということを伺ったのですが、それから約1年半が経ち、世の中のアメリカに対する関心が薄くなったような気がします。直近のアメリカの状況をどのように見ていますか。

三牧: 来週にはスーパーチューズデーを控えています。民主党はバイデンが圧倒的に強いので決まりですが、やはり10月7日のハマスによる越境攻撃に端を発するガザ危機やウクライナ戦争の長期化など、国際的に危機を抱えているので守勢に立たされています。さらに国境問題や経済政策についても共和党の有力候補になるとされているトランプに劣勢です。
バイデンが面白くないということもあるのでしょうが、彼を光らせるニュースが全然ありません。ニュースになるとすれば記憶力に問題があるらしいということなど、残念なニュースばかりです。