マル激!メールマガジン 2025年9月10日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1274回)
角川裁判が問う「人質司法」の罪とそのやめ方
ゲスト:角川歴彦氏(KADOKAWA元会長)
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 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、大会組織委員会の高橋治之元理事側への贈賄の罪に問われている出版大手KADOKAWAの角川歴彦元会長は、9月3日に行われた裁判の最終意見陳述でも改めて無罪を主張し、結審した。
 判決は来年1月22日に言い渡される予定だ。
 五輪汚職事件とは、東京五輪・パラリンピックのスポンサー契約で有利な計らいをしてもらうことの見返りに、大会組織委元理事の高橋治之被告らが計約1億9,800万円の賄賂を受け取ったというもの。高橋元理事ら収賄側3人のほか、角川氏が会長を務めていた出版社のKADOKAWAのほか、AOKIホールディングス、大広、ADK、サン・アローの贈賄側12人が逮捕・起訴され、これまでに収賄側1人、贈賄側10人の有罪判決が確定している。
 東京五輪は不祥事の連続だった。不透明な新国立競技場の決定過程や直前になってのデザイン変更に始まり、ロゴマークの盗作、関係者の相次ぐ差別発言等は記憶に新しいところだろう。数々の問題の中でも、経費が当初の予定から3倍近くに膨れあがったことは、実際に都民や国民にその負担を強いることになったこともあり、五輪そのものに対する国民の怒りを大きく助長した。かねてから金満体質を指摘されてきた五輪に対して、「正義の味方」を自任する特捜検察は何らかの対応を取る必要があった。
 そうした中、検察は高橋元理事がコンサルティング契約などの名目でスポンサー企業から金銭を受け取っていたことを賄賂と認定し受託収賄で逮捕。贈収賄では贈賄側が必要になる中で、五輪スポンサーだったKADOKAWAの角川歴彦会長(当時)に目を付けた。角川氏は元理事側への金銭支払いについて報告を受けていなかったとして、一貫して無罪を主張している。角川氏の関与については、物的証拠はなく、他のKADOKAWA社員の証言のみに依存した立件だった。
 しかし、角川氏が犯行を否認したために、そこから悲劇が始まった。当時既に79歳で心臓に重い持病を抱える角川氏は、2022年9月14日に逮捕され、その後も一貫して無実を主張し続けたため226日間、東京拘置所の独居房に留め置かれることとなった。
 しかも、検察が高齢の角川氏を逮捕に踏み切った理由が、角川氏がメディアの取材に応じたからだったことを後に検察は公判の中で明らかにしていた。
 メディア取材で無罪を主張したために、罪証隠滅の可能性があると検察が主張する根拠となり、7カ月あまりに及ぶ長期勾留につながったというのだが、この取材対応も、角川氏を任意で事情聴取していることが検察からメディアにリークされ、記者やカメラマンが角川氏の自宅前に大挙して押しかけてきたため、近所迷惑になることを懸念した角川氏が渋々メディアの代表取材に応じたもので、角川氏が自ら積極的にメディアを通じて発信したものではなかった。
 一貫して自白も調書への押印も拒否していた角川氏の健康状態の悪化を懸念した弁護団が、やむなく検察側が提出していた証拠のいくつかに同意したことで、逮捕から約8カ月後に角川氏はようやく保釈された。
 そして角川氏は2024年6月、国に2億2,000万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟を起こす。これが「角川人質司法違憲訴訟」と呼ばれるものだ。これまで刑事事件で無罪が確定した人が捜査の違法性などを主張して国賠請求を提起することはあったが、刑事事件で係争中の被告人が国賠訴訟を起こすのは恐らくこれが初めてのことで、画期的なことだ。無罪であれ有罪であれ、いずれにしても人権を無視した人質司法は間違っているし、違法であるという強い信念が背景にある。
 原告団には裁判官として袴田事件の再審決定の英断を下した村山浩昭団長の下、弘中惇一郎弁護士、喜田村洋一弁護士、海渡雄一弁護士、伊藤真弁護士ら、これまで人質司法と戦ってきたオールスター弁護団といっても過言ではない錚々たるメンバーが加わった。
 弁護団は「人質司法」を「刑事手続で無罪を主張し、事実を否認または黙秘した被疑者・被告人ほど容易に身体拘束が認められやすく、釈放されることが困難となる実務運用」と定義。日本では人質司法が行われ、人質司法は「人身の自由」、「恣意的拘禁の禁止」など、憲法上・国際人権法上のあらゆる権利・原則を侵害していると訴えている。
 しかし、ここまで国側は弁護団の主張に対し、人質司法の実行者として名指しされている検察官や裁判官は、法令と判例に則り職務を遂行しているだけで、憲法や国際人権法違反の批判は当たらないばかりかその可能性を検討する必要もないと、原告側の主張を嘲笑うかのような不誠実な立場をとっている。
 この国賠訴訟の成り行き次第で、日本はこの先何十年、いや何百年もの間、世界から「中世」と揶揄される人権を蔑ろにした前時代的な人質司法がまかり通りことになるのか、ようやく戦後80年にして、国際水準の司法制度に近づくことができるのかが決まる可能性がある。
 角川氏はなぜ逮捕されたのか、226日に渡る長期勾留はどのような状況だったのか、人質司法とは何か、どうすればやめることができるのかなどについて、刑事被告人であると同時に国賠訴訟の原告でもある角川歴彦氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・日本の「人質司法」の現状
・東京五輪・パラリンピック汚職事件のあらまし
・角川人質司法違憲訴訟とは何か
・国はどのように人質司法を正当化しているのか
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■ 日本の「人質司法」の現状
神保: 政治も非常に流動的になっていて目が離せない状態ですが、今日のテーマはわれわれにとって古くて新しい司法の問題です。もともと問題があったオリンピックを強行したことが5年経ってもいまだに色々なところに尾を引いているということを感じるのですが、今日は観念論だけではなく、実際に進んでいる裁判についても紹介したいと思います。

宮台: 僕の師匠である小室直樹氏は、日本は近代の面をしているが近代ではないと言いました。刑事司法のでたらめを見ればそれは簡単に証明できます。これは田中角栄裁判のデタラメぶりを徹底的に追求した小室先生ならではの非常に原理的な発想です。つまり、100人の罪人を放免するとも1人の無辜の民を刑することなかれということです。
刑事裁判は基本的に、統治権力のトップ対個人という全くリソースが違う者たちの戦いなので、ありとあらゆる手続きは無力で、統治権力と戦っている被告側に有利に運用されなければならないということもできていません。これでは人が劣化したままなので、日本は近代になれないということです、日本の知識人たちもここまで劣化しています。行政官僚組織、メディア、組織体である企業、全てに官僚主義はあるのですが、日本人はこれがあると一番奴隷になってしまうんです。

神保: 今年は戦後80年ということで、戦争に対する色々な検証がありました。いつものことですが、誰が主導したのかも分からず、なぜ関東軍が民間人を満州に置いたまま逃げたのかも分かりません。立派な人たちがいざとなった時に何もできないということを80年目にしてまたまざまざと見せられました。

 推定無罪という言葉自体は法学部の学生でなくても知っていますが、法学部の学生でさえ、「有罪が確定されるまで無罪」という意味だと思っています。権利主体が国家権力だということが理解されないままなんです。

 今日のゲストはKADOKAWA元会長の角川歴彦さんです。われわれに馴染みのある弁護士の方々が参加しているということで、裁判や記者会見は取り上げてきましたが、角川さん本人に出演していただくのはこれが初めてです。角川さんは最近『人間の証明』という本を出され、今回の226日の勾留と生存権について書かれています。

 角川さんは現在刑事と民事で2つの裁判を抱えていて、私はそのどちらも問題があると思っています。刑事裁判は今週の水曜日に結審しました。民事は人質司法に対する国家賠償請求で、これは画期的です。今までは無罪になった時にひどい扱いをされたということで国賠訴訟が起きていて、それでもめったに勝つことはできませんでした。
村木厚子さんの時のように証拠の捏造や改ざんがあれば勝てるのですが、基本的にはどんなにひどいことをされて無罪になっても賠償責任は問われません。しかし、角川さんの場合は、有罪であろうが無罪であろうが人質司法は許されないということが争われているんですね。

宮台: 人質司法とは、身柄を人質にとり自白するまで身柄を解放しないというものです。自白しなければ親族や会社の仲間などにこういう不利益があるというふうに威嚇していき、これは国連でも大問題になっています。