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戦後日本を代表する作詞家・阿久悠が描き出した”高校野球と日本人”の関係|中野慧
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戦後日本を代表する作詞家・阿久悠が描き出した”高校野球と日本人”の関係|中野慧

2021-07-07 07:00
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    本日お届けするのは、ライター・編集者の中野慧さんによる連載『文化系のための野球入門』の第‌10回‌「‌戦後日本を代表する作詞家・阿久悠が描き出した”高校野球と日本人”の関係」です。‌
    「若者の青春」の代名詞ともいえる高校野球ですが、日本人のそうした青春観が野球界の歪みを招き、社会の幸福度にも影響を与えているのではないか。阿久悠の掌編小説を引きながら、日本社会における高校野球の位置づけについて考察します。

    中野慧 文化系のための野球入門
    第10回 戦後日本を代表する作詞家・阿久悠が描き出した”高校野球と日本人”の関係

    ユースが登場すれば特待生問題も自動的に解決される

     本連載を通じて、すでに述べたように、これまでのプロ野球は高校生年代の育成においてアマチュア野球にフリーライドしてきたわけですが、ユース制度の導入はいわゆる「野球留学」「野球特待生」の問題の解決となる可能性もあります。
     故・野村克也氏は著書『高校野球論』のなかで、高校時代に家庭が困窮しており、高校に進学するのがやっとだったことを語っています。

     いまの時代、私のような中学生は少なくなったかもしれない。しかし、才能がありながら経済的な理由で進学できなかったり、希望する学校に行けない生徒はいるはずだ。まして野球は想像以上に金のかかるスポーツである。私など、軟式用のグラブやバットすら買うお金がなかったので、卒業していく先輩のお下がりをもらったものだ。
     そうした環境に恵まれない生徒を援助する制度がどうして後ろ指を指されなければならないのか[1]。

     高校野球の「特待生」という手法が「貧しいけれども野球の実力がある生徒のバックアップ」を目指していたかは疑問ですが、結果的にそういった意義はあったと考えられます。
     これまでプロ野球チームが「高校生年代の育成」という側面において高校野球にフリーライドしてきたこと、また高校野球においては、学校制度を裏側からハックするゲームズマンシップ的なやり方で選手の育成を行なってきたことは確かです。そうしてエリート高校球児たちは歪んだエリート意識を持ち、それゆえに野球部以外の生徒から野球が嫌われる、という事態を招いてきたわけです。
     しかし、ユース制度を作れば堂々と、プロは高校野球にフリーライドせず、自分たちの責任のもとに選手の育成を行うことができるようになります。そして高校生年代の選手たちは、何も後ろ指を指されることなくプロを目指すことができます。
     現時点では、NPB・独立リーグ問わず、プロ野球チームは次第に「育成」へと進出し始めています。NPB12球団は小学生年代のジュニアチームで戦う「NPB12球団ジュニアトーナメント」を2005年から毎年開催し、12球団ジュニアの経験者からは松井裕樹(楽天)や森友哉(西武)などのスター選手も出ており、現在も毎年何人もプロ入りしています。
     中学以上のカテゴリーでは楽天が、中学生の硬式野球チーム「東北楽天リトルシニア」を持っており[2]、関西独立リーグの兵庫ブルーサンダースは芦屋学園と提携して独自の高野連に所属しない高校野球チームを持っています。
     NPB球団がいまだユースチームを持っていないのはアマチュアからの反発を恐れているからだと考えられます。しかし、ここまで述べてきたように、NPB球団がユースチームを持つことによって、日本の野球文化自体が、これまでのインフォーマルなやり方に頼らずに、社会と調和しながらポジティブな形で発展していけるはずです。

    野球は「社会に役立つ」ものであるべきか

     「頂上」の問題は、ユースの導入によりだいぶ見通しが開けてくるわけですが、野球文化全体で見たとき、「裾野」も重要です。こうした視点は、近年、野球界の改革論を数多くメディア上で述べている桑田真澄氏の論にも見られる視点です。桑田氏は、「野球道を通じて社会に役立つ人間を育成」することを主張しています。つまり、野球をやっていてたとえプロ野球選手になれなかったとしても、野球で培われた経験をもとに社会に役立つ人間になってほしい、という願いがそこには込められています。そして、ここでいう社会に役立つ人材というのは、基本的には資本主義社会に貢献し、売上を上げるビジネスマンになるということが想定されてます。
     しかしこの野球観は、すでに述べたように「スポーツによって人間形成が行われる」という非常に問題の多いテーゼを内面化してしまっています。
     そもそもスポーツというものの語源が「気晴らし」であることからも明らかなように、何か外側の「社会」に役立つ必要は、実はまったくないはずなのです。
     また、たとえ直接的に社会の役に立たなくとも、『もしドラ』のように野球を通じた「感動の創造」に寄与できればよいという考え方もあるかもしれません。しかし、「コンテンツによって感動を届ける」というのもまた転倒した論理です。こういった考え方に関して、ロックバンドGRAPEVINE(グレイプバイン)の田中和将氏が、エッセイにこんなことを書いていました。

     幼少期の私の家庭事情は複雑で、かなりの社会的弱者と言ってよい環境で育った。物心がつき、少しは人並みに暮らせるようになった少年期に音楽に出逢ったが、前述のような「勇気を与えたい」という作為を少しでも感じさせるもの、ましてやそれを口に出してまで主張するものには全く心が動かなかった。音楽は、いや音楽に限らず全ての作品やパフォーマンスは、受け取る側が自らの解釈で咀嚼して初めて「勇気」や「元気」に変換されるものだと考えている。その意味では私も音楽に救われた人間の一人であるが、「勇気を与えたい」「聴いた(観た)人を元気にさせたい」という、烏滸がましく傲慢な動機でものを作ることを今も自分に禁じている。
    (中略)
     私は自分の作るものが芸術だとも娯楽だとも、人の役に立つとも思っていない。あるとすれば、私以外の手が入って、バンドの何かが作用して、聴き手の何かが作用して、やっと有意義なものが産まれるかもしれないという期待である。私と似たような者の居場所が生まれるかもしれないと[3]。

     野球に関しても、これと同じ感覚でよいのではないでしょうか。何より自分たちの「楽しさ」を最大化すること、それがもしかしたら「自分たちの成長」や「他者の感動」を促すかもしれませんが、それを目的として掲げてしまった瞬間に、大事な何かが失われてしまうように思うのです。

    ライフスタイルスポーツとしての野球

     自分の話になりますが、私は高校・大学と野球を続け、大学4年秋のリーグ戦が終わる頃には、「もう二度と野球はいいかな」という気持ちになっていました。しかしそれから、この連載を書き始めたこともきっかけになって社会人の軟式野球、つまり「草野球」を始めてみたところ、改めてこのスポーツの魅力を感じるようになったのです。
     「草野球」という言葉からは、真面目にやっていない、エラーばかりのしまらない試合をしているのかと思っていたのですが、全然そんなことはありません。経験者も初心者も共存でき、足りない部分は補い合い、相手の素晴らしいプレーには拍手を送るという、まさに野球の「楽しさ」を存分に引き出そうとする姿勢がありました。
     草野球は、青年男性ばかりでなく、女性もご高齢の方も、老若男女関係なく参加しています。そもそも野球は体力もそこまで必要なく、運動強度としてはゴルフよりは高く、サッカーやバスケットボールほどではない、ぐらいのものです。「きつい」よりは「楽しい」が多く、打ったり投げたりでプレーの激しさはそれなりにありますがボディコンタクトがないのでケガの危険性が低いという、ライフスタイルスポーツ(生涯スポーツ)としては極めて「ちょうどいい」ものなのです。元ロッテのエースだった村田兆治さんが、60歳を過ぎても始球式で時速130km/hを超えるスピードボールを投げ続けていることで話題になっていましたが、他にも元気にプレーしているご高齢の方は実はとても多くいらっしゃいます。また、学生野球の経験者に関しては、野球の技量だけでなく、コーチングやチーム運営、雰囲気づくりなど、これまで自分たちが野球部で経験してきた「楽しくなさ」を反面教師にして、良い方向に活かすこともできます。
     しかしあるとき、はたと気づきました。自分がこれまで学生野球で出会ってきた野球仲間はおそらく数百人に上るはずですが、見渡すと大人になっても野球を続けている人がほとんどいないのです。学生時代の仲間を「草野球」に誘っても、「野球は、もういいかな」「草野球って真剣勝負じゃないでしょ」「それよりも今はゴルフにハマってるんだよ」という雰囲気が出ています。たしかに私自身も「草野球」を始める前はそう思っていました。

     この背景には、日本には「野球は若いときにするもの」という価値観が強くあるのではないでしょうか。そして、その観念の形成には「甲子園」が強く影響していると考えられます。


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