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第476号 2023.8.1発行

「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)

【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…『ゴー宣』読者は、固定していない。流動的だ。コアな読者はずっとついてきてくれるが、『コロナ論』から入って来た人もいて、わしの慰安婦問題での戦いも『脱正義論』も読んでいない人が増えた。『ゴー宣』読者の中にも、「ジャニーズ問題と慰安婦問題はよく似ている」の一言ですっかりわかったという人もいれば、猛反発して離れていった人もいる。その分かれ目は、キリスト教系の人権真理教に、どのくらい冒されているかによる。戦後民主主義の歴史教育しか知らない者と、学校では教わらない歴史を知っている者との間には、教養の落差がある。今回は「日本の性文化」を通して「ジャニーズ問題と慰安婦問題はよく似ている」と言ったことの意味を説明しよう。
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…愛子さま祭り「愛子さまを皇太子に」、第2部に登場した“男野系子”。本番の様子は、みなさんがご覧になった通りである。まったく見事な「男野系子」の登場に、私は、感動すら味わった。当日は、男野系子登場直後の「みなさん今日はよろしくね~!」までの挨拶以外は、すべて、稽古内容とはまったく違う完全アドリブ合戦だった。あいつ、よくやったよ!今回は“カレー男野系子”の誕生から当日までの波乱万丈な舞台裏を紹介する。
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」…先週のQ&Aコーナーが少なかったのは何故?ジャニーのやったことはただのレイプで、伊藤詩織をレイプした奴の数十倍悪質!擁護するのは権威主義だ!トランスエイジという言葉をどう思う?ジャニーズ問題はメディアが勝手に忖度してただけでは?執筆活動の中で媒体ごとに表現内容を意識したりすることはある?先生にとって理想的な最期とは?中古車販売会社ビッグモーターの件をどう見てる?漫画家もある程度キャリアを積んだら受ける仕事は選ぶようになるもの?広末涼子の不倫スキャンダルをどう思う?埼玉県で毎年開催されていたグラビアアイドルのプール撮影会が、共産党やサヨクの抗議によって中止になった件をどう見る?…等々、よしりんの回答や如何に!?


【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第505回「ジャニーズ問題と日本の性文化」
2. しゃべらせてクリ!・第432回「貧ぼっちゃまの告白にみんなで落涙!の巻【前編】」
3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第299回「男野系子戦記―もくれんview」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
6. 編集後記




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第505回「ジャニーズ問題と日本の性文化」

「ジャニーズ問題と慰安婦問題はよく似ている」

『ゴー宣』読者は、固定していない。流動的だ。コアな読者はずっとついてきてくれるが、『コロナ論』から入って来た人もいて、わしの慰安婦問題での戦いも『脱正義論』も読んでいない人が増えた。
『ゴー宣』読者の中にも、「ジャニーズ問題と慰安婦問題はよく似ている」の一言ですっかりわかったという人もいれば、猛反発して離れていった人もいる。
 その分かれ目は、キリスト教系の人権真理教に、どのくらい冒されているかによる。
 戦後民主主義の歴史教育しか知らない者と、学校では教わらない歴史を知っている者との間には、教養の落差がある。

 日本文化は歴史的に性に対して寛容である。
 これに対して欧米キリスト教文化は性に対して極めて厳格である。
 日本では売春に対するタブー感が薄く、江戸時代には吉原をはじめとする遊郭文化が花開き、遊女を身請けして結婚するというケースも普通にあった。
 その文化がその後も残り、戦時中には「慰安所」となった。また、現在の日本に多種多様な性風俗が存在するのも、その「性に対して寛容」という歴史が基底に残っているからである。明日花キララや三上悠亜がAV女優であるにも関わらず、女性にまで人気があるのも、「性に対して寛容」な日本文化のおかげだろう。
 ところがキリスト教文化においては、これが全て「性奴隷」ということになってしまう。
 まだヨーロッパでは売春がやや大目に見られているところもあるが、特にアメリカでは原理主義的に忌避されてしまうのだ。
 それと同じ構図で、日本には古くから「男色」の文化があるのに対して、キリスト教圏では男性同士の性行為は自然に反する最悪の罪とみなされた。
 その歴史的な価値観の根本的な相違が問題なのである。

 日本の男色は歴史的に「古代ギリシャに匹敵する」ともいわれ、その最古の記録は「日本書紀」に表れているとする説もある。
 だが、定説としては日本の男色文化は仏教とともに伝来したとされる。
 仏教では女性を不浄とみなし、寺院は女人禁制だったから、男だけの世界で僧侶が男色に走ることはよくあった。ただしシナ大陸や朝鮮半島では「破戒僧のやること」とされ、あまり好ましくない行為とされていた。
 ところが日本ではこれが寛容で「許容範囲内の逸脱」程度の扱いで黙認され、仏教の広まりと共に、寺院における男色も広まっていったのである。
 僧侶が自分の身の回りの世話をする有髪の少年「稚児」を寵愛する風習は、奈良時代以降広く仏教界に浸透した。
 天台宗などでは僧と稚児の初夜の前に「稚児灌頂(ちごかんじょう)」という儀式が行われ、灌頂を受けた稚児は観音菩薩の化身とされ、僧侶は灌頂を受けた稚児とのみ性交が許されたという。
 そして平安時代末期には男色の流行が公家の世界にも及び、盛んとなった。

 日本の男色文化は、武士の台頭と共にさらなる展開を遂げた。
 女性を連れて行けない戦地や寝所の護衛などに就いた武士が、部下や身辺に仕える「小姓」を相手にするようになったのが始まりで、室町時代中期以降、特に盛んになった。
 そして、もともとは女性のいない場所での性欲処理から始まった男色が、強力な精神的な結びつきを伴う「衆道(しゅどう)」へと独自の発展をする。肉体関係のみならず、武士同士の主従関係など独特の「道義」を説く「道」になったのである。
 それは戦場で生死を共にする間柄として、絶対的な信頼感を確認するための行為であり、主君と家臣の関係では、究極の忠義のかたちとなった。
 男色は主従の絆を確かめる行為であり、家臣は主君と体を交わすことによって信頼を得て、出世が期待されるということもあった。
 戦国武将の男色については、織田信長と森蘭丸のように今も有名なものがある。また、現在の大河ドラマ『どうする家康』では同性愛的な描写が出て来て、いまの視聴者に媚びて「BL展開」を入れたのかなどという的外れな批判もされているが、本当はこれこそ時代考証的に合っているともいえるのだ。

 そのような文化が、キリスト教圏の人間に理解できるはずがない。
 聖書には、同性愛を罪とすると読める記述がいくつもある。