完全教祖マニュアル (ちくま新書)

 その昔、スーパーファミコンで『ソウル&ソード』というRPGがあった。ゲームバランスこそいまひとつなものの、フリーシナリオを活用したなかなかおもしろい作品だった。

 しかし、この記事で取り上げるのはその内容のことではない。このゲームをプレイしているとき、ぼくはRPG人生最大の恐怖を体験したのだ。グロテスクな怪物か? 違う。ホラー映画のような展開か? 違う。もっと単純でもっと恐ろしいことだ。

 このゲームも、『ドラクエ』や『ファイナルファンタジー』などと同じく、いろいろな町を渡り歩いてさまざまな情報を集めながら話をすすめていくシステムになっている。主人公はある島を経巡っていろいろなシナリオをクリアし、一人前の冒険者へと成長していく。

 さて、そうした旅のさなか、ある町に立ち寄ったとき、何気なく戸を叩いた家でその恐怖は待っていた。その家の住人は何やら怪しげな宗教の信者だった。かれはたまたま立ち寄っただけの主人公にも入信を薦めてくる。画面には『ドラクエ』型の選択肢が登場した。「もっとこの宗教の話を聞きたいか?」みたいな内容だったと思う。さっさと選べ、と画面は催促してくる。

「はい」「いいえ」

 当然、ぼくは「いいえ」を選んだ。しかし、それでも話は最初に戻るだけ。もっとこの宗教の話を聞きたいか?

「はい」「いいえ」

 それどころか、何度「いいえ」を選んでも同じやり取りが続く。もっとこの宗教の話を聞きたいか?

「はい」「いいえ」

 あなたならどうする? 普通、どこかの時点で「はい」を選んでしまわないだろうか? 『ドラクエ』型のRPGでは、時々、この手のループするやり取りがある。製作者の想定した回答を選ばないと先へ進めないのだ。このときもそのパターンだと思って、何も考えず「はい」を選択した。

 罠だった。

 一旦「はい」を選んだら最後、その後どういう選択肢を選んでもその宗教に引きずり込まれてしまうのである! もちろん、そこでゲームオーバー。島中を冒険して回るはずだった主人公は、哀れ、その町で人生を終わることになったのだった……。こわっ。何だ、この変にリアルな展開。

 正解はどんなに同じ質問がくり返されても「いいえ」を選びつづけること。何十回か「いいえ」を押すとようやく相手はあきらめてくれる。かってに無限ループだと思い込むプレイヤーの心理を利用したトラップだ。巧妙というか、意地悪な罠だなあ。

 その後、あるとき、リアルである宗教団体(だと思う)の建物に連れ込まれてしまった。いま思えばどう考えても怪しいのだが、大学のサークルのふりをして勧誘していたのだ。うっかりひっかかって付いていってしまった。まぬけな話。

 ある一室で「愛の教え」についてのビデオを見せられ、延々と説得された。愛の素晴らしさがわからないなんて、きみは可哀想な奴だな。どう? 合宿に参加しないか? そこではもっと楽しいことがあるよ。参加する?

「はい」「いいえ」

 当然、しつこく「いいえ」を選択しつづけた。『ソウル&ソード』のあの場面のことが脳裏に浮かんだ。一度、「はい」を選んでしまったら、もうどうしようもなくなるかもしれない……。結局、何とかその勧誘は振り切って、そのあとは何事もなくいまに至っている。

 さて、もしあのとき、根負けして「はい」を選んでいたら、どうなっていたことか。やっていて良かったテレビゲーム。そのとき、いれかわりにひとりの女の子が連れられてきたのだが、彼女はどうなったのだろう。最後まで正しい選択肢を選び続け、無事にその場を脱出できただろうか?

「はい」「いいえ」