ぼくは冬コミにはみごと落選したので新刊は出せませんが、友人のはしさんが出す『艦これ』小説本に解説を書きました。せっかくですので、ここでも宣伝しておきます。
まあ面白かったので冬コミに行く皆さんはよければ買ってやってください。『艦これ』についてくわしくないぼくでも楽しめたので、特別な予備知識はいらないはず。
ちなみにサークルスペースは「東1-L43b」、そのほかの情報は以下を参考にしてください。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=47575768 以下、解説の全文を転載しておきます。
解説「すべての「提督」たちにささげる、血と泥の物語。」
海燕
このページを開いているあなたがすでに本編を読み終えているのか、それとも本編未読のまま後ろから本を目を通しているのかは知らない。もし前者なら、一編の壮大な物語を読み終えたという心地よい疲労感とともにこのページをめくっているはずである。こんな解説など、まったくの蛇足としか思えないことだろう。
しかし、どうかもう少し付き合ってほしい。いま、ぼくはこの小説を読み終えて、その内容についてだれかと話しあいたくて仕方ないのだ。けれど、作者本人を除いてまだだれも読んでいないから、語りあえる仲間はひとりもいない。何だったらいますぐ電話で作者を叩き起こして熱い感想を押しつけてやってもいいのだが、早朝なのでさすがにやめておくことにした。だから、まあ、ぶつけどころのない熱量はすべてこの文章に叩きつけることにしたいと思っている。その作業にもう少しだけお付き合いください。
いや、しかし、既に本編を読み終えたあなた、この小説、どう思います? ぼくは一読して、一驚した。何だこりゃ、と感じたね。一編のエンターテインメントとしてよくできていたことに驚いたわけじゃない。面白い作品であることは予想内だ。細部までかなりよく書けている上に、切なくも美しい物語に仕上がっていることすら、想像していなかったわけじゃない。各々のキャラクターの魅力や、コメディとシリアスのバランスなどについては、むしろ期待した通りといってもいいだろう。この作家なら、これくらいはこなす。そのことは知っていた。
だが――そう、今回はそれだけではない。断じてそれだけに留まってはいない。それらすべての要素に加えて、ここにはたしかに「何か」がある。小説を小説にしている何か、あらゆる理屈を超えてひとの心を揺さぶる何か、言葉にしたとたん雲散霧消してしまう何かが。そう、どうやらそうらしいのだ。はるかな天頂へ向けひたすらに指をのばしつづけていた作家の指先は、どうやらその名もなく形もない「何か」に届いたらしいのである。
いやはや、驚いたことだ。ぼくはこの作家はついに「それ」に届かないかもしれないと思っていた。仮に届くとしても、もっと先のことになるだろうと予想していたのだ。さらに何年もの辛酸と渇望の日々が必要に違いない、と。ところがどうやらぼくの予測はくつがえされたらしい。いま、ぼくの目の前にあるこの小説は、いかにも荒削りではあるものの、紛れもないオリジナリティを備えた「本物」である。
もちろん、ここが彼が目ざした天のいただきだというつもりはない。さらなる高みへと道は続いている。しかし、それでもなお、ここから先は限られた「本物」の書き手だけが往ける領域であることに違いはない。そしてここまでたどり着いた以上、彼はさらに先へと進むだろう。ほんとうに驚いたことだ。ちょっと、彼に対する評価を改めないといけないかもしれない。
さて――さて。ただ「驚いた」と書くためだけに規定原稿量の三分の一を使いきってしまったので、急いで本筋に入ることにしよう。本作はいま大人気のブラウザゲーム『艦隊これくしょん』を題材にした二次創作長編小説である。時間とお金はだれにとっても貴重なものだが、本書はそれに費やすに値する一冊だ。もしあなたがいまイベント会場や同人ショップでこの本を買おうかどうか迷っているなら、さっさと買ってしまうといい。損はさせない。ほらほら。
――と、これはまあ解説文章の常套文なので、あまり信用できないかもしれない。そういう人のために、これからこの小説の魅力についてじっくり話していくこととしたい。
もちろん、あなたに『艦これ』の説明は不要だろう。近年、最高/最大の支持を集めているブラウザゲーム。最低限の課金で長く楽しめるシステムと、旧日本海軍の艦艇を擬人化した奇妙な設定がウケて、発表以来、あっというまに大人気を博すこととなった作品である。こんな奇抜なゲームがヒットするのは世も末という気がしなくもないが、おそらくぼくもあなたも、それを他人ごとのように嘆く資格はないに違いない。ほら、艦娘、可愛いし。
そういうわけで『艦これ』の面白さはわかりきったことなのだが、当然、だからといって『艦これ』を題材にした作品がすべて面白いということにはならない。しかし、たったいま全編を読み終えたばかりのぼくからいわせてもらうなら、この小説はめっぽう面白い。ただ『艦これ』の魅力を十全にひき出しただけにとどまらず、「その先」へ行こうとしている冒険的な一作といえる。
ちなみに今回のメインヒロインは金剛。可憐な容姿と個性的なキャラクターで知られ、「ボイス追加、新規実装などで他に提督に対して「好き」だと自ら発言する艦娘が増えた現在でも、その元祖と言うべき位置づけから「提督LOVE勢筆頭」と評価されている」(「艦これ攻略Wiki」より)という人気キャラクターである。
彼女を含む無数の艦娘たちと、艦娘を率いて戦う「提督」の軽妙なボケ&ツッコミの繰り返しのなかで、少しずつ物語は進んでいく。他愛なくも楽しいラブコメディ。しかし、お話は単なる喜劇には終わらない。クリスティの『オリエント急行殺人事件』を思わせる序盤から、「100人を超える艦娘たちのなかに混ぜられたスパイはだれなのか?」というミステリを巡るシリアスな物語が始まり、サスペンスフルに進んでいく。
ここらへんのジャンルミックスの方法論はもはやお手の物といった印象で、作家の成長を感じさせる。作者自身が凝っていると思しいコーヒー(ぼくも作者から何杯かごちそうになったが、たしかに美味しかった)に関するうんちくはともかく、この異形の構成をギリギリのラインで成立させた手際は称えられていい。いやまあ、一見本編と何の関係もないように見えるコーヒー談義がほんとうに何の関係もないあたりはどうかと思うのですが。お前は司馬遼太郎か。
ごほん(咳払い)。まあそれはともかく、本作を傑出したものにしているのは、この秀抜な構成に加え練りこまれた世界設定である。一度でもプレイしたことがある者ならだれもが知っているように、『艦これ』本編はごくごくシンプルな作りになっており、作中で提示される情報はそれほど多くはない。したがって、『艦これ』を素材にして物語を生み出そうと望む者は、自分で世界と物語を形作るしかない。逆にいえば、そこが作者の腕の見せどころだ。
本作の場合、作者が作り上げた「世界」はまずオーソドックスなものといっていい。この世の彼方にあるどこかで、無数の「艦娘」と「深海棲艦」が人類の命運をかけ死闘を繰り広げるファンタジックな世界。そこで文明崩壊に瀕した人類社会を背負って必死に戦っているのが艦娘を率いる「提督」というわけだ。ここらへんはゲームの設定を小説的に再現したものなのだが、まさにそのために中盤以降、SF的なセンス・オブ・ワンダーを感じさせる事実がいくつもあきらかになり、そして哲学的思索が始まる。人間とは何か。兵器とは何なのか。ひとを傷つけ、害する兵器が人々を惹きつけ、その心を奪うのはなぜなのか。そんな、たとえば相田裕『GUNSLINGER GIRL』や永野護『ファイブスター物語』の「ファティマ」へとつながっていくような問い。
しかし、何といっても本作と直接につながってくるのは、作中で楽屋落ち的に触れられている『新世紀エヴァンゲリオン』だろう。アイデンティティを喪失したクローン生命体の少女、綾波レイが呟く「わたしが死んでも代わりがいるもの」というあの言葉の向こうにこの作品の世界は存在する。
読者は思うに違いない。艦娘とは何だ。いったい彼女たちは何のために生きて戦っているのだ。その重すぎる問いかけに対し、本作の主人公である提督は毅然と答える。彼女たちは人間だ。それ以外の何ものでもない、と。しかし、かれのその悲愴なヒューマニズムはほんとうに正しいのか。艦娘はあくまで人間だといいながら、同じ口で彼女たちを死地へ送り込むその態度はどうしようもなく欺瞞に満ちている。ここにはあきらかに物語のメタレベルで『艦これ』のプレイヤーに突きつけられる糾弾がある。これは、『艦これ』を深く愛しながら、『艦これ』に対して無邪気であることを許さない作品なのだ。
あるいはあなたは、ただのゲームじゃないか、というかもしれない。しかし、その楽しいゲームの世界がひとつの現実として現れた時、何と凄惨な物語が展開するのだろう。艦娘たちを愛しながら、同時に彼女たちをいかに効率よく「消費」するかを考える「提督」には、リーダーなる者の絶望的矛盾が体現されている。本作は決してそこから目を逸らさない。その上で、血にまみれ、泥に汚れたひとりの男の決断を描いていくのである。
リーダーであるということは、ある意味で人間の限界を超えた仕事だろう。だれを犠牲にし、だれを生かすか。何を守るため、何を殺すのか。そんな、倫理的に許されるはずもない傲慢そのものの判断を下すことを要求されるのがリーダーの常であるとすれば、提督とは、リーダーとはまさにひとでなしの仕事である。そんなかれに、それでもなお艦娘たちが従うのだとすれば、それはなぜなのか。本作は強く訴えかけてくる。
ばかみたいにあかるい笑顔で優しく抱きついてくるあの娘に代わりなんていない。ひとつひとつすべてが限りなくかけがえのない命。それを承知した上で、なお、「最善の選択」を下すこと、そして時にはその「最善」をも超えて判断していくことがリーダーの役目なのである。不可能な仕事。不可能な役割。しかし、たとえ何が正しく、何が誤っているのかわからないとしても、ひとはその限界の範囲内で選択し決断しなければならない。
その先に待つものは祝福されざる栄光。それでも逃避は赦されない。ひとり逃げることは戦場に残る者たちを見捨てることにほかならないのだ。だから――戦え! 前門には猛虎の如き敵影、後門には餓狼のような味方。それでもなお、知謀の限りを尽くして戦術を練り、九死に一生の奇跡に賭けろ。本作はそのように訴えるのだ。
素晴らしい。まったく素晴らしい。橋本しのぶ、会心の一作である。願わくは、ここからさらなる続編が書かれることを祈りつつ、筆を置くこととしたい。――うん、それはともかく、ネタバレで話をしたいからやっぱり作者を叩き起こすことにしよう。現在、早朝の6時だが、かまわない。いますぐ話したくてたまらないことが、まだまだたくさんあるんだから。