レスリングの輝かしい実績を引っさげてMMA転向、LDH martial arts所属ファイターとしてメディアから注目を集め、衝撃的な修斗プロデビュー戦を飾った中村倫也インタビュー。デビュー前から中村が期待されていたのはその実力もさることながら、彼の父・中村晃三氏の存在だ。晃三氏は90年代の中頃から、オーナーとして財政難に苦しむ修斗を救った。「晃三氏がいなかったら修斗は間違いなく消えていた」と当時を知る関係者は振り返る。令和3年、その息子である中村倫也が修斗に現れたのは運命だったのだ(聞き手/ジャン斉藤)
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――2020年4月1日のMMA転向宣言のときから大注目してまして、ツイッターでもやりとりさせていただきましたが……かつて修斗のオーナーだった中村晃三氏のご子息が修斗プロデビュー戦を劇的KO勝ちするってホントに痺れました!
中村 ありがとございます!
――昔の修斗関係者からの連絡もたくさんあったんじゃないですか?
中村 会場にも来てくれて。北森(代紀)さんが「15年20年ぶりに見る人がいっぱいいるよ」って。当時『大宮健康センター ゆの郷』で働いてた人とか。
中村 ハハハハハ、まあ潰れちゃったっすからね。
――『FIGHTER BATTLE AUDITION』の最終選考でも実質的なプロデビュー戦があったといえ、今回はキャリアが違う相手(論田愛空隆)でしたけ。対戦相手を告げられたときはどういう印象だったんですか?
中村 映像を見て……率直に「いい相手だなぁ」と。MMAの怖さはやっぱりレスリングのときとは全然違いますね。打撃の一発があるし、まさにそれを狙ってくる選手だと思ったので。でも、試合を作り込む段階、アップしてるときに、この集中の仕方ならこれなら大丈夫だと。
中村 はい、そうですね。ボク『FIGHTER BATTLE AUDITION』を引っ張るって感じでやってきてて、練習でやられることもないんで。なかなかの期待感とプレッシャーはありつつ……ボクが負けたら、LDH martial artsの練習生はどこを見たらいいのかわかんなくなっちゃうなってこともあって。だから「がんばろう!」と思ってましたね。
――それで飛び級的なマッチメイクをクリアしちゃうんだから、すごいですね。
中村 たぶん経験の差というのは、今回の5分2Rではそこまで出ないだろうなと。3Rくらいになれば試合の組み立てが必要になってくる。2Rはわりとトップギアで突っ切れるんで、経験でごまかされる心配はなかったですね。
中村 いやいやいや……周りの期待の高さは、自己評価よりも上を行ってるなあというのは感じつつ(笑)。でも、そこでそう振る舞おうとすると足元をすくわれるので。
――そこは至って謙虚なんですね。1Rは終わった段階でどういう手応えがありましたか? 1Rで仕留められなかったのか、それとも。
中村 いやもうなんか「粗いなぁ、俺……」って思いながら帰ってきましたね。ポジションコントロールをもうちょい丁寧にやらずに、殴って効かせようとしちゃって。そこは焦ってたところはありますかね。「これはあんまりよくないな……」と思いながら帰ってきて。
――それは試合じゃないと得られない経験ですか。
中村 やっぱり練習とは違いますね。経験のある選手の手首の取り方だったり、殴らせないための技術。こういうところで、いままで論田選手は相手の上を取り返してきたんだなと。石橋(佳大)選手との試合を見てても「なんでこんなに上下が入れ替わるんだろう?」って不思議だったんですけど、実際に戦ってみて「あー、なるほど!」と納得したみたいな。ちょっと相手が乗りすぎたときに、どこの方向に動くべきかがわかる。でも、ボクはレスリングの中でもスクランブルを得意にしてたので、そこが救ってくれたっていう感じですね。
――2Rに左ハイキックでKO。これは狙ってたんですか?
中村 はい。もともとハイは当たるだろうなと思ってて。アップのときも石田(光洋)さんにミットをもらってハイを当てるタイミングで繰り返して。で、1Rでちょっと腕が張ってたんで……デビュー戦ならではの力の使い方というか、ガチガチにやってたんで腕が張ってたんですね。だったらハイで……と動いてる中で「あっ、もう当たるわ」と確信して出してます。
――確信して!
中村 まあ、自分でもビックリしましたけど(笑)。試合で初めて出したハイがあんなにキレイに決まったので。
――点数をつけるとすれば100点満点中……。
中村 いやー、そうですね、60点かなと。まだまだ全然できます。要所要所でヒジを出せるところもあったと思いますし、倒したあとの処理が悪くて立たれたり。振り返ると、いろいろ反省ポイントは出てきますね(笑)。終わってからも「ここから始まるな……」みたいな。勝って安心した感覚と、身が引き締まる感覚。試合中ちょっと動きが悪かったなっていう……いろいろとゴチャゴチャしてました。
――試合後のマイクでも「地獄の入り口」と言ってましたが……これ、いい表現ですよね。
中村 そうですね、たしかに(笑)。
――いまのMMAは上に行けば行くほど、ヤバイ敵はどんどん現れるし、ちょっとのスキでも見せられない戦いですもんね。
中村 はい。だからなのか、デビュー戦で勝っても「こんなにも嬉しくないのか……」と思いましたね。安心はしたけど「うわー、よかったぁー」みたいな開放感はとくにないです。この先が楽しみでもありますけど。
中村 そうですね。そうなんですよ……「モノが違う」と言われたら(笑)。
――正直、レベルが上がりまくった現代MMAで、デビュー戦から結果と内容を出すのって超難しいのに(笑)。
中村 やっぱり勝たないと、どんなに頑張ってきても全否定される世界だから。どんな内容でも勝つしかない。倒しにはいくんだけど、とにかく勝つ。試合のときはそうやって切り替えるようにはしましたね。
――いまのMMAって変な話、負けることも経験として必要で。10戦して8勝したらいいほうだなっていう感覚がボクはあるんですけど。ただ、これだけ期待感があると“負け”がいい経験とか言ってられないのかなって。
中村 そうですね(笑)。26歳という年齢的にもそうなんですよ。「負けがいい経験」とか言ってられないんで。だからいかに練習で試合っぽく意識して作っていくかですよね。そこに寄せる技術はボクはあると思ってるんで。
――それどういう技術なんですか?
中村 そこは技術というか、やっぱり集中の問題なんですけど。どこかしら練習だから安心してるところは絶対あるんですけど、それも全部なくして。
――そうやって“試合”に近づけることができると。
中村 はい。リアルに近づけて、同じ2時間の練習でも他の人より絶対に身になる2時間にできる技術は、レスリング時代を通して得たものなんで。
――レスリングタイプでよく言われるのは、打撃がどうなのかってところで。
中村 いやー、やっぱり課題はそこで。身体の面を崩してはいけないというレスリングの鉄則があって。これが打撃の回旋の動きにめちゃめちゃジャマなんですね。だから身体が固定されたままの打撃の打ち方になっちゃうんですよ。そこがレスラーが打撃で苦戦するとこなんだなって思いましたね。
――そういえば新井戦でフィニッシュになったパンチを打ったときの身体も……。
――2試合とも打撃で倒してるわけですから、相当自信にはなってるんじゃないですか?
中村 打撃のフェイントがまた効いてくるし。そういう意味ではキャリアの積み方としてはいい展開かなと思いますね。打撃で倒せるのはキャリアを通して1~2試合あればいいかなってくらいの気持ちだったんですけど(笑)。だから、なんか意外な感じですよね。
――自分の想像とは違った方向に進んでる感じですか?
中村 ちょっと違いますね。ヌルマゴをイメージしてたのが……こうなったらチャンドラーっぽく行こうかなって(笑)。
――ハハハハハハハ! ビックリしたのは『FIGHTER BATTLE AUDITION』最終選考の新井拓巳戦でカーフキックを出したけど、カーフの練習はしてなかったという。
中村 カーフキックも全然練習はしてなかったんですけど、タケさん(大宮司岳彦)から「新井選手はカーフ蹴ってくださいっていうバランスだから、重心が後ろにあったら蹴っていいよ」みたいなことを言われてて。上体が起きてたんで蹴れるかなと思って蹴ったらガスっと刺さって。
――いきなり蹴れるもんなんですね。
中村 そこも本当に考えながらレスリングをやってきたことが活きてて。動かしたい場所に正確に身体を運ぶっていうことは簡単そうで本当に難しいことですけど、数センチ狂わず動かしたい場所に動かせないと勝てない。レスリング時代の鍛錬が活きてるのかなと思いますね。
――レスリングのトップクラスは数センチの狂いもなく動けるわけですか……さすがですねぇ。
中村 そうですね。ボクは数センチの差も予想して動いたりするので、その技術をうまく落とし込めてるかなっていう感じですね。
――MMAはやることがたくさんあるから、イメージとは違ったところもあったんじゃないですか。
中村 そうですね。やっぱりズレが出てくるんで……最初はナメてました(苦笑)。
――楽に勝てるだろうと?
中村 はい。「立つ技術」って言っても、俺がテイクダウンしたら立たれねぇだろみたいな(苦笑)。
――そこはレスリングの技術があれば……。
中村 「立たれねぇだろ」とナメてたんですけど、それこそ最初におじゃましてたTRIBE TOKYO MMAさんでバカみたいに立たれて。やっぱり壁とか使われて立たれるどころか寝かされたら、こっちが立てないわで。
――やっぱりMMAのレベルって上がってるんですね……。
中村 同じ体重だったら組んだら負けるヤツは国内にはいないだろうって思ってて……。
中村 「あれ……(小声)」みたいな。最初はマジで心折れましたね。帰り電車でひとり泣いたりしてましたよ。キツすぎて……。
――そんなに!
中村 でも、それは去年の話で。がんばるポイントがだんだんわかってきたんで。力に入れ方を覚えてきて、こんな感じでやればいいのかと。まだ、上のレベルとはやってないからかもしれないですけど、本当に打撃が遅く見えるというか。
中村 全然打撃が早くないなって。外から見てるスピード感と、いざ試合でやってるスピード感が全然違くて、2試合とも本当にゆっくり見える。それはうまいことゾーンに入れてるのかなと思うんですけど。そこは自信になってるというか、いまのところ。
――それはいままでのレスリングの経験や、戦ううえでの思考がそういうふうに見せてるんですかね?
中村 かもしれないですね。
――突然そのモードが切れたらイヤですね(笑)。
中村 いきなり?(笑)。「打撃、はやっ!?」みたいな。
――こういったフルケージまで揃ったジムの環境だと、どんどん強くなりそうですね。
中村 もっともっと強くなると思いますね(キッパリ)。練習する相手も、若くて元気があって力のかぎり暴れてくるヤツばかりなので。
――髙谷さんや石田さんとか実績のある指導者も揃っていて。
中村 そうですね、あと週1で門脇(英基)さんの柔術。
――門脇さん、正直LDHカラーが似合わないですね(笑)。
中村 ハハハハハ! たしかにボクもビックリしました。
――柔術も含めて、すべてここでまかなってる感じなんですか?
中村 柔術もそうですね。緊急事態宣言中はやってなかったんですけど、それ以外のときはMMAの練習後にそのまま。
――デビュー戦を終えて、ここをもうちょっと強くしていきたいところはありますか?
中村 抽象的なんですけど、寝技のときのスキマを埋めるところですね。まだスキマができちゃってるんで、もうちょっとスキマをなくすような組み付き方と、そこからしっかり殴って削るっていう。そこの精度を上げていきたいですね。
――さっき理想のファイターとして名前を挙げてましたけど、ヌルマゴスタイルというか。
中村 まさにそれですね。その中に打撃とかトリッキーな仕掛けを織り交ぜながら……昔から独創的な試合をする選手が好きで、桜庭(和志)さんやベン・ヘンダーソン、アンソニー・ペティスもそうですし。ああいう芸術的な試合がしたいっていう気持ちは強いですね。
――次はランカーとの対戦もありえますよね。
中村 そうですね。アマのときもプロ選手と3人やってるんで、そのクラスでいいのかなって感じですね。
中村 はい。そして「負けていい勉強になりました」とか言ってる場合じゃないというか。いい勉強になるなら「練習で気づいとけ!」みたいな話になってくるんで。
――そういう意味でも実績のある相手とやりたいし、まさに「地獄の入り口」だったわけですね。
中村 いやあ、地獄に入っちゃいましたねぇ……。
――中村選手の場合は総合格闘技のジムがほとんどなかった時代に、小さい頃から修斗を通して総合格闘技に接する機会があったわけじゃないですか。
中村 ずっとありましたね。見てる時間はたぶん、どの選手よりも長いと思います(笑)。MMAをやるために生まれてきたんだなって。
――宿命ですか!(笑)。
中村 本当に「これをやるために生まれてきた」とずっと思って。
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コメント
コメントを書くヒクソン対安生を上映会以外の場でも見ることができたのですね。スクリーンに映っている映像を盗み撮りしたものがあるって噂は聞いたことがあるけど。
いやあ、本当に格闘技大河ドラマのど真ん中みたいな人生です。すごい。
ぜひともMMAで大成してほしいです!
凄くいいインタビュー。朝日さんの過去インタビューんも読み返したくなります。インタビュー中に石田さんの名前が出たのも嬉しかった。
高谷には是非とも喧嘩屋みたいな選手も手掛けてほしい!