人生は自分の為だけにある。ずっとそう思っていた。そう言い切ってしまうと大袈裟かもしれないけれど、両親だけは僕のことをそういう人間だと思っていたんじゃないだろうか。人生を「時間」と定義するならば、その「限られた時間」は自分の為だけにある。30代まではむしろそう生きることを意識していたし、意識していたからこそ社会の為、組織の為、他人の為に大切な時間を使うことを強要される(イメージのある)就職はしなかった。ペットを飼ったことも、凍てつくスタンドで鼻を啜りながらフィールドを駆け回って大金を稼ぐアスリートを夢中になって応援したこともない。もちろん、家族の為に生きたことも。