実を言うと、僕は猫に触ることができない。確か小四の夏休みだった。誰もいない家で宿題をしているとベランダで不穏な物音がした。激しい羽音がした。泥棒かもしれない。そう思いながらカーテンの隙間から恐る恐る覗くと鳥籠が倒されていた。母が大事にしていたインコを貪る野良猫の姿があった。一瞬、野良猫が僕を見た。目と目が合った。悟った者だけが持つ深淵なる闇のような目だった。気圧された僕は追い払うことも、目を逸らすこともできなかった。まるでメドゥーサの瞳で石にされたように、立ち尽くしたまま小さな命の火が消えてゆくのを見ていることしかできなかった。