自分自身の足下が大きく揺らいだような気にさせられたのは「生まれた時から信者でした。」という言葉だった。
草の根広告社
「生まれるとこを選べやしないけど」
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コメント
コメントを書くおはようございます。
親の価値観はどうしても子供に影響してしまいますよね。自分はこうやって正しく生きてきたから、これが一番正しいと思い込んでしまう。子供にはそれぞれの性格や考え方があるのに、それを理解できず、ついついー。そんなことは子育て中にいっぱいあります。
私が気を付けていることは、親が子供の指針にはなるけれど、押し付けずに、最後は自分で考えて行動できるように、ということを気にしながら子育てするようにしています。
私も代々クリスチャンの家系なので、生まれたときから信者で、祖母と教会に行くのが日常。学校もミッション系でしたので、当たり前のように宗教がみじかにありました。だから、心が疲れていたときそっちに頼ってしまう気持はわからなくはないです。
ただ、うちの家族は余白をつくってくれていて、それがすべてではなく、自分たちはこういう価値観でいきてきたけれどあとは自分で考えなさいというスタンスでした。
子供はうまれるところを選べません。親がだいすきだから親の言うことをきいてしまうかもしれないし、ときには親の言う通り従ってしまうかもしれません。
それもありです。
ほんと、正解はひとつもなく、だから右往左往しながら生きていくものだと思うので、間違ってもいいし、
戻ったっていいし、突き詰めたっていいし。
親としての考えは子供には教えるけれど、
余白だけはつくってあげるようにしていきたいですね。親になるといろんなことを考えてしまって大変ですー。ベストな人生を送ってほしいと願いすぎちゃうからですかね。
子供ができてから、自分の親にやさしくできるようになりました(笑)。
>>1
何ひとつ正しいひとなんてないのだから身内以外がとやかくいうものじゃないというのが一番言いたかったことです。これは極端な話ですけど、パートナーに殴られていても、そういう性癖の本人が望んだ上でという場合だってあるんですよね。口出ししていいのはその人の人生に「責任」を持つ身内や身近な人たちだけだということを改めて肝に銘じないといけないなと、会ったこともなければ一生会わない人にまでとやかく言える社会だからこそ思いました。
生まれたときから
確かに子供は生まれた時から意志があり人生を選択できるわけではありませんので、それご正しいと信じて生きてきてのであれば、生まれたときからと言うようになるのでしょうね。
でも、いろんな出会いや経験が、それが正しいかどうか、新しい考え方をもつようになるのではないかと思うのですが。
>>3
いろんな出会いや経験が「生まれたときから」のものに正確な判断を下す「機会」をくれれば問題ないのかもしれないとは思うんですけどね。先の方がおっしゃっているように「余白」が大事なんだなと思います。