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「畑にホウレンソウ採りに行かない?」

 夕食の支度をしていた奥さんが言った。今夜は寒いので牡蠣グラタンを作ろうとしたが、野菜室にあった葉物が白菜とキャベツだけだったのだそうだ。

「やっぱり牡蠣グラタンならホウレンソウだよね」

 海も空も黄昏に染まっていた。もう10分もすればすべてが薄青色に塗り替えられてしまうだろう。すぐさまダウンジャケットを着込み、5分ばかり行ったところにある畑へと急いだ。夕闇の中、やや育ち過ぎたホウレンソウの根元を掴んで次々に引っこ抜く。土を払い落として袋に入れる。ものの数分で持って来た袋が一杯になった。ここ数日の寒さのおかげでようやく甘味も乗り始めてくれただろうか。畑を出るときは夜が始まっていた。

「なんか畑泥棒みたいだね」

 白い息を吐きながら僕らは笑った。手は凍えそうに冷たくなっていたけれど。

 21年前には想像もしていなかった今だった。