欧米の主要紙には、通常政治的諷刺を行う「Editorial cartoon」が掲載されている。Editorialを見ると、a newspaper article expressing the editor's opinion on a topical issueと或る。特定事件に対する編集者の見解を現わす記事、つまり社説である。Editorial cartoonも特定事件に対する見解を漫画としてあらわしたものと言える。
Editorial cartoonを引くと「政治的漫画。芸術家の意見を示す論評を持つ描写。権威を問い、腐敗、政治的暴力、社会的病みに関心を惹きつけるため、技術を駆使(An editorial cartoon, also known as a political cartoon, is a drawing containing a commentary express
この記事は過去記事の為、今入会しても読めません。ニコニコポイントでご購入下さい。
アメリカに本社があるツイッター社が、ツイッター利用規約に反するということで、投稿単位でなく、アカウント単位で非表示になってしまったのでしょう。具体的には、安倍首相夫妻風刺画を不適切な画像と認定したのでしょう。
政治的風刺の範囲から、特定の宗教とか、団体、個人を風刺する場合、風刺された相手がどのように感じるか、風刺された相手からの批判が強ければ、極めて難しい立場に置かれることがある。
2015年に、フランス週刊誌掲載のムハンマド風刺画転載で、中日新聞、東京新聞がイスラム教徒に対して謝罪した。
ツイッターなどの電子媒体では、紙媒体と異なって、価値観が多様化している読者に対して、白黒をはっきりさせた画像だけで報道することが適切かどうかの議論をしていく必要性はありそうだ。表現の自由も人権問題との整合性の上で許されるものであり、犯罪者扱い画像傾向が強ければ、適切でないとみなされる場合もあるのでしょう。
「権威を問い、腐敗、政治的暴力、社会的病み、を描くことを排除するのが日本だ。全くその通りですね。そして、この世間はそういう風に感じ取る人間に大正時代に流行った「左翼」というレッテルを貼って仲間外れにしようとするのです。
かかる日本は間違いなく1945年8月に起こったカタストロフと同じマグニチュウド、或いはそれを遥かに超える度合いの破壊に見舞われるでしょう。だって、27兆円の規模の軍備費増大を行い米国の思惑に従って中國と戦争をしようと意気込んでいるのですから。そしてその倒錯ぶりは他のアジア諸国の笑いものになっているにも関わらず、そのことにこの日本は全く気が付かない病状ですから何をか言わん。
>>1
なるほど、天の邪鬼というのはこのように書くんですか。テーマの肝の部分をぼかして論点をすり替え全体として日本のメデイアのエデイトリアルのあり方への批判をかわすやり方、うまいですな。
ご紹介のEditorial cartoon、よく拝見しています。そこの読者コメントも捻りが利いていて面白いですね。
>「権威を問う」それが極めて重要な要素である。
創造活動には不可欠なことである。既存の枠に囚われない自由な考えを かけがえのないものと思う社会ならば当然のことだ。人間に本来備わっている冒険心を尊重していればこそだ。
Tips:
「孫崎享のつぶやき」-迷惑コメントを非表示にする方法━理解力/判断力が素晴らしい人が素晴らしい学歴とは限らない。だが理解力/判断力に欠陥がある人は凡そ素晴らしい学歴たり得ない。後者の最底辺、脳足りん&学歴無し、かつ人格にも欠陥ある非人、ウザ蛙ならば、回収先はネトウヨビジネスの井戸しかない
http://magosaki-blog-tips.blogspot.com
はじめのころは、こわごわと「ウザい」といってただけなのに、自分の言葉に自分で刺激されて、大胆にヘイトをまきちらすようになってきましたねえ。典型的な「小心者」だとおもいます。
わたしもヘイトを吐きますが、それは言われたから言い返すのです(ある瞬間だけとれば、わたしが一方的に言っているようにみえるときもあるかもしれませんが)。そして、正面から言います。
まあ、いろんな人がいるのも面白いとはおもいます。
Tips:
「孫崎享のつぶやき」-迷惑コメントを非表示にする方法 ー 迷惑だとおもえば見ない読まない。それだけで十分。
政治的諷刺漫画が日本であまり流行らない理由は、単純に質が低いからだと思います。
誤解している人がいるとおもうのですが、諷刺漫画の土壌が広くあって、そのうえに政治的諷刺漫画があります。
たとえば、大坂なおみがセリーナ・ウィリアムズに勝ったとき、セリーナ・ウィリアムズに対する風刺漫画は、
それはもう辛辣なものがいくつもありました。その辛辣さが政治的なものに向かえば、
すなわち政治的諷刺漫画になります。
それら政治的風刺漫画は玉石混交ですが、その中のさらに少数が、孫崎さんが満足するようなものになります。
というわけで、広く漫画を用いて、他人を辛辣にあてこすったり貶したりという文化が、質の高い政治的風刺漫画が
出現するための必要条件だとおもいますが、日本の漫画にはその分野がない。しかしよく考えれば、言論にも
それはあまりないのです(左右とわず、質の低いヘイトはたくさんあるとおもいます)。
>>1
こんにちは。
表現の自由と「人権」との関係は、緊張感をともなうものですよね。
シャルリー・エブド襲撃(2015)は記憶に新しいですが、日本でも、「悪魔の詩」を邦訳した筑波大学助教授が
暗殺された未解決事件が有名です(犯人は不明だがおそらくはイランのイスラム教関係者)。
これらは、なんらかの「人権」をおかされたと思った側が、表現者を攻撃したものです。
風刺には勇気がいります。
朴槿恵を風刺したような記事を書いた産経新聞記者は韓国当局に拘束されましたが、
たとえば朝日新聞関係者が、自分が書いた記事が理由で拘束されるようなことは、韓国でも中国でもおきないでしょう。
新聞そのものがそういう文化であれば、まともな政治的風刺漫画なんかがそういう新聞にのるはずもないのです。
他国の首相をcourtierと書くのも、一種の風刺ですが、そういう文化が孫崎さんが日頃たよりにしているような日本メディアにあるのかどうか。