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随想② 音楽
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随想② 音楽

2023-12-04 07:39
  • 4

1991年頃、私はカナダに赴任していた。べラフォンテがオタワに来た。歌手と楽団と観客が一体となって「ジャマイカさよなら(Farewell,)」を歌う時、「ああ、これがエンターテイナーか」と感心した。今でもこの歌を聞くと、カナダのホールにいた心地が蘇る。
幸い、ロンドン、モスクワ、ボストンとクラシックの盛んな都市に赴任した。ボストンでは家族四人が定期的にボストン交響楽団を聴きに行った。と言っても金がないから公式の演奏会ではない。講演直前、最後のリハーサルを一般公開する。指揮者が時々ストップして指示をした。だが私に最も強烈な印象を残しているのはイラクの首都でのバグダッド・オーケストラの定期演奏会である。当時イラン・イラク戦争の最中だった。月一回はイランからミサイルが飛来した。建物が破壊し、道路に穴があく。その中で生きていた。隔離された地域でひたすらペストの終焉を待って生きていくカミュの『ペスト』

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> だが私に最も強烈な印象を残しているのはイラクの首都でのバグダッド・オーケストラの定期演奏会である。

Wikiには、1944年に発足のバグダッド・オーケストラの現在名は、イラク国立交響楽団と出ていた。
その交響楽団が かつてワシントンDCで公演した時の動画がYouTubeにあった。「ジョージ・W・ブッシュ大統領が出席し、コリン・パウエル米国務長官が司会を務めた」とある。
コメント:
「ブッシュは彼の国を破壊しておいて出席。何たるジョーク」

ザ・ガーディアン 17 Mar 2013

イラク戦争から10年 :「一つの問題は、教育を受けたエリート層の撤退だ。多くの人が移住してしまった」
https://www.theguardian.com/world/2013/mar/17/iraq-war-10-years-on-composer-national-orchestra

作曲家フーサム・アルディーン・アル=アンサリは、イラクの国立交響楽団が宗教上 支持されない中で、如何に生き残るために奮闘してきたかを説明する-

ガーディアン上級特派員|ピーター・ボーモント記
外交、開発問題を担当。著書に「The Secret Life of War」。オーウェル賞受賞

私が初めてフサーム・アルディーン・アル=アンサリに出会ったのは7年前、彼はイラク国立交響楽団の第一ヴァイオリン奏者兼作曲家だった。

人殺しのギャングが街を徘徊し、音楽家やスタッフの多くは海外に逃亡していたか、リハーサルに行くのを恐れていた。リハーサルに参加した人たちは、電気のないリハーサルホールで演奏することになり、楽譜を読むのに十分な明かりのあるキッチンで練習せざるを得なかった。

私たちは音楽&バレエ学校のカフェテリアに座り、2人のヴァイオリニストが近くで楽器の調律をしている間、雑談した。

「私は1942年生まれだ。君主制、共和制、サダム、そして米国。イラクで試された様々な政治体制を見てきた。何が機能し、何が機能しないかを知るのに十分な人生経験を積んできたと思う」

「私は米国の侵攻のためにバグダッドにいた。サダムが倒れた後、私たちは物事が変わり、改善されることを喜んでいた。サダムはとんでもないことをしていたし、他国に侵略されるとはいえ、希望はあった。しかし、僅か数ヶ月後、私は起きていることに愕然とした。それは略奪から始まったんだ」

アンサリは、サダム倒れた直後、米軍が自軍の兵士たちに介入しないよう命じる中、イラクの都市が引き裂かれる破壊的な略奪の熱狂について言及している。

「人々はサダム政権が終わることを望んだが、正直なところ、サダム政権崩壊後、イラクで費やされた数十億ドルに対する成果は一つもない。サダム政権下では、ある程度の安定と統治はあったが、政党は一つしかなかった。今は10も20も30もある...」と彼は、政治のことは余り話したくないと言って後ずさりした。新生イラクといえども、安全とは限らないと彼は考えているようだ。

アンサリは、私が記憶しているよりも老けて、弱々しくなっていた。指の節々にはかさぶたがある。最近、梯子から落ちた所為だと彼は説明する。「2007年、私はヴァイオリンを止めなければならなかった。私の年齢と健康状態では、続けるのは現実的ではなかった。オーケストラに所属するには、1日に2~3時間の練習が必要だ。今は交響楽団にアドバイスする技術専門家だ。ここ数年は、オーケストラの歴史を出版することにも忙しくしている」

若い音楽家の多くがジーンズやカジュアルな服装であるのに対し、アンサリはウエストコートにネクタイ、ジャケットという完璧な出で立ちだ。「米国の侵攻以来、オーケストラは変わった。その後の期間で私が特に気付いたことの一つは、若い新しい才能の流入だった。本当に優れた能力を持った学生が、自分のスキルをオーケストラと共有することができるようになった。その中には、他にすることがなかったから来たという人も多い。彼らには仕事も何もなかった。彼らは研修生として6年、7年と私たちと一緒に練習を始め、本当に技術を向上させていった。そして状況は変わった。10年前には決して演奏しなかった曲を、今では演奏している」

宗教的な雰囲気が高まったことで、オーケストラは人々の感性を刺激しないように注意するようになった。大きな宗教的祭典がある時は演奏しない。「今までの政府の人たちは、概して宗教的だった。しかし、幸いなことに文化省は私たちに配慮してくれている。だから今は毎月演奏している」

「オーケストラは文明の伝統であり、文明化現象だ。イラクでは、大多数の国民と教養あるエリートとの間に大きな隔たりがある。私たちの問題の一つは、教育を受けたエリートが社会から撤退してしまったことだと思う」とアンサリは続けた。「学位があったり、優れた教育を受けた人々は、より多くの機会を得ることができるので、多くの人が移住してしまった。多くの芸術家も去っていった。だから芸術は衰退したが、交響楽団は続いている」

「最悪の時期には、人が去って演奏家が不足した。でも、私たちはいつも何とかやってきた。他の人が去っていったのに、なぜ私は残ったのか?私はヴァイオリニストであると同時に、鉱物省の専門家でもあった。その仕事で世界中を飛び回った。私が住んでいる地域は、宗派間の浄化や暗殺があった。とても疲弊していた。でも、私は街の別の場所にも家を持っていたから、最悪の時には10ヶ月間そこに引っ越した。私には家を出て外で暮らすためのお金はある。でも、家や家族から離れたくない。旅をして、世界の半分を見てきたから。だから誘惑に負けることはない」

「人の強さは筋肉にあるのではなく、心にある。私は強い心を持っている。最近、私が住んでいるところでも暗殺が相次いでいる。爆弾テロや殺人だ。昨年、私の妻と孫が爆弾テロで負傷した。彼らは通りを歩いていた。爆弾は警察に対して仕掛けられたものだったが、爆発した時、偶然にも彼らは近くにいた。今でも体内に破片が残っている。それでも私たちは家から離れたくなかった」

アンサリは、状況が再び変わったのは僅か2ヶ月余り前のことで、平等の権利、及び逮捕と(宗教的少数派の社会的)疎外の終結を要求するスンニ派の抗議活動の波がイラク西部の州を巻き込んだ時であり、この抗議活動は新たな宗派間緊張の高まりを引き起こした、と語った。

彼はイラクの状況は改善できると今でも信じている、「しかしそれは、政治家やその他のグループが互いに対話し始め、倫理的な基準がより一般的になった時だけだ。誰もが自分たちが第一にイラク人であると考えるようになった時だ。そして、そのためには、宗教や宗派主義に沿った政治から脱却する必要がある」

 *

かつてヨルダンのホテルで見たテレビで、見た目は普通のオーケストラが本物のアラブ音楽を演奏していたことを今でもよく覚えている。

No.1 2ヶ月前

音楽は感性を磨き感情が豊かにり、幸福感を高めてくれる。

コロナの影響もあり、聞くことから能動的に歌うことをPCのまえで行っている。コロナの影響は特に話をする機会が少なくなり声帯が劣化してしゃべることがスムーズでなくなるようである。しゃべることが少なくなれば脳の働きが劣化するようであり、歌うことの効能を伝える専門家の声をよく聞きます。音楽は聞くと同じように歌うということも効能は違う働きをするので、必要なのでしょう。

No.2 2ヶ月前

テレサテンの歌が台湾から電波にのって流れて来て人民解放軍の兵士が兵舎のベッドで聞いていた。いいですね。ですから、台湾有事は起こりませんでした。これからも歌さえあれば、そんなバカなことは起こらないでしょう。

No.3 2ヶ月前

今週の歌のジャズも素敵でした。

No.4 2ヶ月前
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