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※このコラムは、2004年2月に掲載されたものです。
当時の経済的背景に基づいていますので、ご留意の上お読み下さい。
■画期的な新商品と既存事業の不振■
投資アイデアの生成についての連載を続けています。
今回は、「新製品の投入」と「企業業績の落ち込みが一時的なものかどうか」という問題です。
新製品については、それが画期的なものに見えるほど、投資家は理性を失う傾向があります。
欲に目がくらんでしまうのですね。
新製品という伸びるところばかりに経営者が心を囚われている場合、既存事業で思わぬ赤字を計上することもあります。
新製品ばかりに経営者が注目すると、既存事業の人材がやる気を失ってしまう場合があるからです。
新製品の投入期待で株を買うことのリスクをお話します。
■業績の短期的な不振■
業績の短期的な落ち込みについても、それが短期的に収束するのか、長期に渡るのかの判断は、難しいものがあります。
企業業績が一時的に落ち込み、やがて回復するのであれば、業績が落ち込んだときに、安心して株を買えます。
企業業績が芳しくないとき、株価は安くなります。そして、その落ち込みが一時的ではないと考える人が多いとき、株価は長期低落傾向に入ります。
長期的な構造不況か。一時的な落ち込みか。この判断を的確にできれば、株式投資は楽になります。
建設業界は、泣かず飛ばずの状態が10年近く続いています。財政難による公共事業の見直しや企業の投資効率向上のための徹底的な取り組みの影響から、単なる景気の循環では説明のできない構造的な不振を極めました。PERなどで見れば、建設株は安い部類でしょうが、来期以降、順調な売上げ成長が見込まれるとは思えないのです。
ですから、一時的な落ち込みとはいえないわけで、こういう場合、「PERが安いから買おう」というのは、投資のアイデアとしては、インパクトに欠けます。
一時的な落ち込みは、投資スパンが1年程度の場合、1ヶ月や2ヶ月程度の短期的な落ち込みではなければなりません。
■新製品と買い控え■
新製品は、顧客の買い控えを促します。
たとえば、NTTドコモが来月新製品を出すのがわかっているなら、それを待って買い換えるのが普通です。
新製品の投入前は、買い控えが起こり、一時的に売上げが落ち込み、新製品の投入によって、期待が膨らみます。新製品は、上手く投入できれば、株価上昇のきっかけになります。
売上げが買い控えで落ち込み、新製品の投入の遅れが発覚し、株価が落ちたところで、買い。そして、新製品がぐんぐん伸びて、業績が拡大する期待が高まる局面で売るのがベストですね。
■画期的な新製品の投入「期待」による株価の上昇■
NECトーキンは、タンタルコンデンサではシェアも高く、おもしろい存在かもしれません。多くのファンドがこの株を買った理由は、取材をしてみると一目瞭然です。
わたしの取っ掛かりは、圧電インバーターでした。連載の始めに、日経エレクトロニクスという雑誌を取り上げ、アイデアを整理しました。その中で、鉛フリーはんだの取り組みを紹介しました。
そして、さっそくタムラ製作所に取材をしました。確かに大きく伸びている。
でも、わたしが驚いたのは、彼らの圧電インバーターが液晶テレビに採用されたということです。液晶テレビは、パソコンモニターとは違い、冷陰極管の数が増えます。ですから、今後、インバーターの数量増は確実に増加します。さらに、巻き線のトランスを使ったインバーターを圧電が置き換えるということも十分考えられます。そこで、圧電インバーターの状況を調べるために、トーキンに行ったわけです(今は、巻き線がインダクタが主流です。なぜならば、多くの電流を無理なく流すには、やはり線の方が都合がよいからです)。
雑誌⇒タムラ⇒トーキンと連鎖していったわけです。
ところが、取材では、トーキンの圧電インバーターではほとんど期待ができないことがわかりました。⇒残念!
彼らが力を入れているのは、むしろ、機能性高分子を用いた新しいタイプのコンデンサーです。これが普及したら大変なことになるという説明を受けました。そして、もうすぐ量産が始まるかもしれないとわかり、わくわくしてしまいました(機能性高分子といえば、日本はノーベル賞の白川教授が有名ですね)
わたし「量産は?」
トーキン「すでにサンプルは出していて、2社採用を決めてくれました」
わたし「!!!!」
通常の投資家なら、ここで、すぐに買ってしまうところです。
なぜなら、「この話を他の投資家が聞いたらどう思うか」という基準では、「多分、他の投資家がこれを聞いたら、わくわくするだろうな」と感じてしまうからです。
ここで、あせらないことです。こういうとき、多くは何らかの罠があるからです。
「なぜ、いままで採用されなかったのに、ここに来て採用が検討されるのだろう」と疑問に持つ必要があります。
取材時は、PER60倍の600円で取引されていましたから、高い買い物になったかもしれません。株価は大きく調整して500円近くまで下がりましたから、ここからが、投資家の技量の見せ所です。調べるときは、徹底して調べることが求められるでしょう。
■一時的な落ち込みのはずが…結局、日の目を見ずの場合も 無機ELの場合■
「新製品が出る」という罠は、投資家がだまされるもっとも多いパターンのひとつです。出る、出るといっては、何かしらの問題があって、発売が延期になることの方が多いからです。
韓国に、HANSUNG ELというカメラ付き携帯のカメラモジュールで業績を伸ばしている企業があります。PER8-9倍程度で安い企業なのですが、この会社は、無機ELをドイツ企業から購入して、無機ELのキーパッドを新製品として発売する予定になっていました。既存のLED(発光ダイオード)の市場を侵食できるとIRや経営者は盛んにアピールしていました。実際、製法は塗布で安上がりですし、安くできそうだし、輝度もそれほど必要としないキーパッド向けということで、投資家の期待は膨らみました。株価は上昇したものの、いつになっても採用されない。発売が延期になり、株価は落ちてしまいました。
先週、韓国に行って、ここのエンジニアと議論をしてきました。こんどは、3月には発売できそうだということをおっしゃっていました。しかし、寿命がLEDの1/10しかないこと、さらに、決定的な欠陥は、インバーターが必要になるということです。
インバーターは携帯の場合、背の低いものが必要ですし、結構、高いものです。1ドル程度はする部品です。コンデンサが数円にも満たない値段ですから、価格面での優位性がありませんでした。彼岸先生が携帯の連載をしていますが、彼に、機会があれば、お聞きしようと思っています。
さて、このELがキーパッド市場を取ってしまうと、影響を受けるのが、豊田合成という会社です。この会社の白色LEDは、携帯のキーパッドを主力としています。トップの日亜は、携帯の液晶向けのバックライトにつかう白色LEDやカメラ付き携帯のフラッシュ向けの白色LEDで、他を圧倒して、利益が数百億円も出ている巨人企業です。豊田合成は大きく離された2番手です。ですから、もし、韓国へいって、このキーパッドELが脈があれば、豊田はやばいなと思っていました。
■一時的な落ち込み? 最後は常識で自己判断するしかない■
さて、本題です。一時的な落ち込みかどうか。
まさに、豊田合成は、11月から、製品に静電気対策の問題が大口ユーザーで起き、さらに参入を見込んでいたバックライト向けで、日亜の防戦上の値下げもあり、苦戦。足元も稼動が足りない状況が続き、株価は一時2500円程度まで調整しました。
IRの方は、「静電気対策は終わった。もう準備はでき、お客さんからの認証も得た。さらに、バックライト向けも蛍光の改善などで輝度が上がって4月からは本格稼動できる」とおっしゃっています。
豊田合成は、ほら吹きではなく、誠実な企業体質です。ですから、一時的な落ち込みという範疇に入るかもしれないなと思っています。
(最近、中村修二さんがアドバイザーを務めるCREEという米国企業の白色LEDの輝度が向上しています。このCREE社は、炭化珪素(SiC)の基板を使っているため、基板に導電性があり、電極を基板の上下につけ、静電気を逃がすことができるようです。しかし、サファイア基板は絶縁であり、正負の電極を同じ面につけるため、静電気を逃がす工夫がパッケージに必要になります。)
●新製品で安易に株を買わない。
●誠実なIRなら信じてみようという気持ちになる
●構造的な落ち込みか、一時的な落ち込みかの判断が運用には重要
この白色LEDの後日談があります。先々週、モルガンスタンレーの韓国から、メールが来て、韓国のSEMCOが白色LEDに参入を発表したとのこと。SEMCOのIRにさっそく電話をしました。彼らは、特許の問題はない。生産を始めるとのこと。すごいニュースかもしれない。シチズン電子に確認する
と、それはありえない。しかし、SEMCOはそういっている。
仕方ない、韓国のソウルセミコンに取材をして、事実を確認。
なんと三星電子の研究所からウエハーが出ているとのこと。明らかな特許の侵害だが、無法地帯の中国へものを流せばよいと考えているらしい。
日亜にとっても豊田にとっても三星は大口の客なので、三星は強い態度に出ているようです。日亜が警告を送ってから、確かに、供給をストップしたパッケージメーカーもあるとか。ノキアやモトローラーといったグローバルプレイヤーは、違法品を使うことはないが、グローバルブランドを標榜する三星がこのようなはしたないまねをするとは、情けないことです。
それにしても! 忙しい!!
山本 潤
SLOW INVESTMENT2004
~ゆっくり考え ゆったり投資~
このコンテンツは、特定の銘柄を推奨するものではありません。アイデアというものは、単なる思い付きの部分も多く、投資判断を導くには未成熟・不十分・不正確なものです。ここで紹介しているようなレベルのアイデアでは、投資の役には立ちません。内容についても、関係者との立ち話が中心なので、わたしの取り間違いや聞き違いも含まれているかもしれません。内容の正確さを保証するものではありません。