弱いなら弱いままで。
それらの群雄あまたあるなかで、すべての中心となって運命を動かすものは、最も無力な若き王子、その名をアルスラーン。
大陸公路の覇権を担うパルス王国のたったひとりの王太子として生まれたかれは、十四歳にして国難に遭い、いったん滅亡したパルスを救うべく立ち上がる。
そのとき、かれのかたわらにあったものは、雄将ダリューンと智将ナルサス、美貌の楽師ギーヴ、女神官ファランギース、そして解放奴隷の子エラムのわずか5名であった。
アルスラーンを含め6名にしかならないこの人々は、いかにして侵略者ルシタニア軍30万を打ち破るのだろうか。アルスラーンの物語が始まる。このとき、かれはまだのちに「解放王」と呼ばれ讃えられる自分の運命を知らない――。
田中芳樹『アルスラーン戦記』は、ベストセラー作家の田中が30年近くにわたって書きつづけている長編スペクタクルロマンである。流浪の王太子アルスラーンを中軸に、さまざまな魅力的なキャラクターを配した物語は、いまに至るまで熱狂的な支持を集めている。
本書は、その小説を『鋼の錬金術師』、『銀の匙』の荒川弘が独自の解釈で絵にした漫画化作品である。ひとこと、すばらしい。そうとしか云いようがない。
あたりまえのことだが、小説作品は小説としての魅力を最大限に考えて書かれており、それが映像になったときのことは考慮されていない(例外はあるだろうが)。
だから、そういう小説を漫画に変換する作業には、それなりの苦労が伴うはずである。華麗な花の如き都エクバターナ、とひとことで書かれていても、それを絵にするのは楽ではないだろう。
しかし、現代漫画を代表するベストセラー漫画家である荒川弘は、その困難を難なく成し遂げているように思える。豊穣なパルスの大地、勇壮な軍隊と軍隊のぶつかり合い、花の都エクバターナ、そしてアルスラーンやナルサスを初めとする個性的な人々といったものを、彼女は実に丹念に描き出している。それは、かつて『鋼の錬金術師』においてひとつの世界を生み出してのけたときの技そのままだ。
原作の読者は、アルスラーンを初めとする英雄たちが、それぞれに再解釈された新たなキャラクターとして動き出すところを目撃するだろう。それはもちろん荒川弘独特の描きではあるのだが、じっさい、物語は意外なほど原作に忠実に進行している。
とはいえ、オリジナルの序章が用意されるなど、漫画版独自の展開も存在するので、ただ単に小説世界を漫画に移し替えただけのものではない。
本編の3年前を舞台とした序章に登場する「ルシタニアの少年騎士」の描写には、ニヤリとした原作読者も多いはずだ。「かれ」が何者なのか、はっきり描かれてはいないのに、わかる者にはわかるのである。
考えられる限り最高の『アルスラーン戦記』がここにある。最高の描き手を得て、元々痛快無比な物語はさらなる飛躍を見せようとしているようだ。
既にアルスラーン、ダリューン、ヒルメスといった最重要人物たちは登場している。次巻においては、ナルサスやギーヴも出て来ることになるだろう。
ファランギースやメルレインやアルフリードも、そのうち姿を表わすはずだ。いったいかれらが荒川弘の手によってどういうふうに描かれるのか、楽しみでならない。特にアルフリードは可愛く描かれるといいんだけれどなあ。
ともかくまだ物語は始まったばかりで、原作で云えば、
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