アメリカのインディプロレスの“現在”を伝える連載! アメリカインディープロレス専門通販「フリーバーズ」(https://store.shopping.yahoo.co.jp/freebirds)を営む中山貴博氏が知られざるエピソードを紹介していきます! 今回のテーマは「最悪の思い出を消し去りたい」デスマッチレスラー最後の来日理由です!


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一度は引退をしてリングを離れたデスマッチレスラー、ダニー・ハボックが日本に戻ってくる。

現役中は「トーナメント・オブ・デス」「大虐殺杯」などのデスマッチトーナメントを制し、アメリカデスマッチ界のトップとして活躍したハボックであるが、2017年に腰部脊柱管狭窄症のため引退した。引退後は、H20レスリングに顔を見せたりしていたが、昨年10月のGレイバーベネフィット興行に“一夜限り”の復帰を果たすと、2月のGCWジャパンツアーにも参戦することが決定。およそ5年半ぶりの来日が発表された。

今回、来日するGCWメンバーの中において、過去来日7回を数え、日本での知名度も高いレジェンドデスマッチレスラー、ダニー・ハボック。引退から復帰を決めた彼を振り返ってみたい。


ダニー・ハボックは、アメリカ・アイオワ州のサイリンダーという人口100人にも満たない小さな田舎町で生まれ育った。幼い頃はプロレスにまったく興味がなかったハボックは、ハルク・ホーガンや“マッチョマン”ランディ・サベージの名前すら知らなかったという。そんな彼が13歳のときだった。父親の営む農場に、プロレスファンの若者が手伝いにやってきた。彼から勧められたプロレスを見るやいなや、その魅力に取り憑かれ、学校が終わると農場の納屋でプロレスごっこをやるようになった。そして、のちにUHW(アルティメット・ハードコア・レスリング)というバックヤード・レスリング団体を立ち上げるほど、プロレスにのめり込んでいったのだった。

なかでも、2000年当時、その残虐性、暴力性溢れる過激なデスマッチスタイルで話題を呼んでいたCZW(コンバット・ゾーン・レスリング)に心を奪われ、自身のバックヤード・レスリングでも過激な方向性を目指すようになる。あるとき、CZWのVHSビデオを見ていると、そこに映っている葛西純に目が釘付けになった。その試合のためにはるばる日本からやってきて、背中や左腕を蛍光灯でザックリと切り裂かれ、血まみれになりながらも、異国の地で奮闘している姿だった。ハボックは、そのキチガイじみた試合、その葛西純のたたずまいにすっかり魅了された。

「葛西純のようになりたい。そして葛西純のいる日本にも行ってみたい」

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