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ありがとう、西村修さん、グラン浜田さん、永島勝司さん
追悼・小林邦昭さん
――柔道のオリンピック金メダリスト、ウルフアロンが新日本プロレス入団しました。これまで小佐野さんは多くの大物アスリートのプロレス転向を見てきましたが、今回のニュースをどう受け止めましたか?
小佐野 まずこういった逸材が入ってくること自体がプロレス界にとってすごくいいことだよね。オリンピックの金メダリストがプロレスに転向するのは今時ない話というか、日本人アスリートでは初めてだよね?
――そうなりますね。金メダリストがよくぞプロレスを選んでくれた、と。
小佐野 そこはウルフアロン本人がプロレス好きってところが大きいんでしょうね。思ったのは、これが猪木さん時代の新日本だったら、こういうかたちでは入団させなかったんじゃないかな。どういうことかというと、まず柔道家としてプロレスに挑戦させるんですよ。そして異種格闘技戦をやったうえで「プロレスラーになります」というパターン。昭和のオリンピック2階級制覇のウィレム・ルスカ、バッドニュース・アレンもその流れだったんだよ。で、馬場さんの全日本プロレスはその逆で、最初からプロレスラーとして入団させる。
――猪木さんはどういう狙いがあってその手法だったんですかね。
小佐野 そのほうが話題になるでしょ。世界の頂点を極めた人がプロレスに挑戦すれば世間の注目を浴びる。プロレスラーが勝てばキング・オブ・スポーツを証明できるし、そのうえでプロレスをイチからやってもらうと。
小佐野 猪木さんは小川直也に関してはプロレスラーにする気がなかったよね。猪木さんと佐山(聡)さんの2人が小川直也に教えてたのは、裸の人間をどうやって極めるかってことだから。道場に取材に行ったときに「道着だとこう極めるでしょ?これが裸だったらどう極める?」と。猪木さんが実験体になって腕を取らせて、佐山さんが解説してね。
――それ、格闘技の指導ですよ!
小佐野 だからプロレスの受け身なんて教えてないんですよね。
――小川直也って新日本に入団してないんですよね。明大柔道部のOBの坂口征二さん経由でプロレス転向することになって、猪木さん預かりになって。そのあたりが昔のプロレスの良くも悪くもいい加減なところというか、計画性もなく進めちゃうという(笑)。
小佐野 村上(和成)も小川と一緒に佐山さんに教わっていたでしょ。だからプロレスの受け身を教わってない。村上は猪木さんから「覚える必要はない。自然に覚える」と言われたとか。
――猪木さんはちゃんと受け身を教わっているのに。
小佐野 そうなんだよ。プロレスの受け身はちゃんと教わらないとできないからね。ウルフアロンは「報道ステーション」でも特集されてたけど、道場のリングでロープワークと後ろ受け身を見たときに、まったくできてなかった。やっぱりちゃんと教えてあげてないと覚えられないよね。
――「報道ステーション」の特集は興味深かったですね。ある意味で大物アスリートの幻想を剥がすというか、まだロープワークや受け身ができていない。イチからプロレスを挑戦させると。
小佐野 昔はね、ベールに包んでたけど、たとえば天龍源一郎が大相撲から転向したときは、全部見せたんだよね。入団して1週間ぐらいで巡業に同行させて、リングで受け身を取るところを見せていた。逆に輪島さんは見せなかった。なぜなら身体ができてなかったから。
――現役バリバリの天龍さんとは違って輪島さんは相撲から引退してからしばらく経ってのプロレス転向ですね。
小佐野 だから輪島さんは海外でトレーニングしていたでしょ。ボクもハワイまで取材に行ったんだけど、裸の写真を撮らせてくれなかった。
小佐野 ウルフアロンの場合は柔道家として競技は続けていたから、見せたって恥ずかしくはない身体がある。あとはプロレスの技術を覚えればいいっていうところでしょう。
――しかし、受け身を教えない猪木さんもやり方はすごいですよね(笑)。小川直也が普通に新日本道場で練習していたらどうなってたんだろうなと。
小佐野 たぶんちゃんとしたプロレスラーになってたと思う。あの頃の猪木さんたちって「闘魂棒」ってやつを振ってましたよね。
――猪木さんオリジナルのトレーニング器具ですね。
小佐野 小川本人に「闘魂棒って効果あります?」って聞いたら、「いや、正直わかんないんですけど、言われたことはとりあえずやってみて、それから決めます」と。ちゃんと考えたうえでやってたから、初めに「プロレスとはこういう技術があるんだよ」って教えていれば、プロレスラーになってたと思う。
――プロレスの基礎を何も教わらなかったことが結果的に橋本真也との抗争でのブレイクにも繋がりましたけど……猪木さんはすごい実験をやったということですよね。
――横綱としてのプライドもあるし、誰のいうことも聞かないからプロレスでもトラブルが続いたんですね。
小佐野 同じ横綱でも、プロレスをちゃんと覚えようとしたのは曙さんと輪島さん。この2人は本当に一生懸命プロレスをやっていた。輪島さんの場合は年齢的な事情があって覚えきれなかったけど、本人はすごく真面目だったからね。
――輪島さんのプロレス転向は38歳のときですもんね……。
小佐野 あと身体が硬かったし、やっぱり相撲のクセが抜けなかった。相撲は裸足だけど、プロレスはリングシューズを履く。まずそこに慣れるのが大変だった。
――曙さんのプロレス転向は36歳のときでしたけど、順応能力は高かったですよね。
小佐野 武藤敬司が預かったからよかったんだよね。あのときの全日本にはジャイアント・バーナードがいたから、身体の大きい人のプロレスを教えてあげることができた。最初はカズ・ハヤシが教えてたんだけど、やっぱり身体のサイズが違うから覚えられなかったんだって。悩んでいたらジャイアント・バーナードから「こうやれば簡単にできるよ」って。
――そこでイチから学ぼうとする姿勢が曙さんにあったことも大きいんですね。
小佐野 ウルフアロンも柔道で金メダルを獲った人だから、いかに基礎が大事かは理解している。だから彼はプロレスの土台は受け身だってことを言っているし、受け身がしっかりしてないと上に行けないこともわかってる。そこをデビュー戦までちゃんと教えてあげてほしいよね。
――いまの新日本だったら、小川直也や北尾光司のようなことにはならないんじゃないかなとは思いますね……。
小佐野 これは新日本がダメって話じゃないんだけど、受け身だったら全日本やノアで教わっても面白いよね。たとえば大岩陵平がノアに留学したでしょ。「新日本で覚えたことを一度捨てた」と言っていたのは、ノアの受け身はすごく細かい。何センチかズレただけでも「それは違う」と注意される。
――それは新日本の受け身のレベルが低いという話じゃなくて。全日本系はウナギのたれじゃないけど、長年継ぎ足しされている老舗の味なんですかね(笑)。
小佐野 昭和でいえば新日本は受け身よりスパーリングを徹底的にやって、全日本系はとにかく受け身という違いがあるから。新日本のレスラーが受け身を取れないわけじゃないんだけど、全日本系のほうがいろんな受け身を取れる。安齊勇馬はデビューが決まってからは、まずあらゆる投げ技の受け身を50本取らされた。その次はロープに走ってのタックルの受け身を10本、そのあとロープを10往復。ヘトヘトになったあとにスパーをやらされるから「つらくて毎日やめたいと思った……」と。
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