1937年7月6日の夜に、盧溝橋事件が起こる。中国に駐屯する日本軍が、盧溝橋の近くでいささか挑発的な演習を行っていた。そのとき、数発の銃声が聞こえた。

それで隊長が慌てて点呼を取ってみると、兵隊が一人足りなかった。そのことから「中国軍の襲撃を受けて殺された」と考え、取りあえず反撃した後、牟田口廉也連隊長に報告した。牟田口は、中国軍にことの経緯を質すように命じたが、この命令は上手く伝わらず、翌日にはさらなる戦闘に発展した。

これをきっかけに日中の緊張感が高まり、やがて本格的な戦闘が始まった。日中戦争である。ちなみに、行方不明だった兵隊は後に何ごともなかったかのように帰ってくる。そうしたことから、これは謀略(その首謀者は牟田口)であるという説は色濃いが、満州事変と違って今も確たる証拠はない。また、牟田口の性格や、その後の行動を考えると彼の指揮とは考えにくい。

だから、本当に「自然発生的」に起こ