「もしドラ」がヒットして、ぼくはこれからも本を書くことで生きていこうと思った。
ところが、本がなかなか売れない時代になった。もともと、生きていくために本を書いていくつもりだったから、本が売れないと、書くことの意味も少なくなる。
それで、新しい道を模索する必要が出てきた。ぼくには、エンターテインメントのコンテンツを作るという仕事には変わりないが、本とは違う、何か新しい分野に足を踏み出す必要があったのだ。

しかし、どの分野に踏み出せばいいかというのは、なかなか難しかった。
今、コンテンツ業界は変革期の中にある。激動の時代だ。これまでのプラットホームが崩壊し、新しいプラットホームが胎動している。だから、その胎動している新しいプラットホームの中から、何が育つのかを見極めて、そこに賭ける必要がある。そこで、リスクを取って、挑戦する必要がある。

いろいろと思い悩んだ末に、ぼくは2つのプラットホームに狙いを定めた。それは、アニメとYouTubeだ。この2つが、これからの時代のプラットホームになるだろうと思った。これから伸びる分野だろうと思った。だから、そこへ向けてコンテンツを作ろうと思ったのだ。

ただし、そこで1つの壁があった。
それは、アニメもYouTubeも、いずれも一人では作れないこと。
もちろん、本も厳密には一人では作れないものの、しかし少なくとも最終形にするところまでは一人ででもできる。
しかしアニメやYouTubeは、ほとんど形にすることができない。いや、形にしている人もいるけれど、ぼくが目指すのはそういうものではなかった。一人で作るアニメやYouTubeではなく、共同作業で作るアニメやYouTubeである必要があった。なぜなら、共同作業で作るコンテンツこそ、これから伸びていく分野だと思ったからだ。

2013年、ぼくが最も熱中したコンテンツがあった。
それは、スタジオジブリのドキュメンタリーだ。
2013年、スタジオジブリは2つの映画を公開した。「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」だ。
それに合わせ、3つのドキュメンタリーが公開された。一つは、宮崎駿監督を追ったNHKのドキュメンタリー、二つは、高畑勲監督を追ったWOWOWのドキュメンタリー。三つは、スタジオジブリそのものを追いかけた、ドワンゴが制作した映画だ。

この3つを、ぼくは食い入るように見た。興味があったからだ。面白かった。
なぜそこまで興味があったのか?
最初は分からなかったが、やがて徐々に分かってきた。
それは、「共同作業でコンテンツを作る」ということに興味があったのだ。それも、長い時間をかけて制作するということに興味があった。会社のような経営の仕方で、大勢の人が何年もかけて一つのコンテンツを作るという、その在り方に興味があったのだ。

それが分かって、ぼくの腹は決まった。
会社を作ろう――
ぼくはこれまで、いちクリエイターとして、個人で制作してきた。共同作業をすることもあったが、それは依頼者の発注にただ応えるというだけの、個人事業主の枠を出るものではなかった。だから、会社を作って共同作業をするというのは、ぼくにとっては初めての経験だったのだ。

そうして、会社を作って人を雇い、経営を始めた。何をする会社かといえば、コンテンツを作る会社だ。スタジオジブリのように、何人もの人間が長い歳月をかけて、一つのコンテンツをこつこつと作っていく会社である。

ただ、会社を作ってはたと気づいたことがあった。それは、この会社の経営は、大きな賭けにならざるをえない――ということだ。

今、ぼくが作っているコンテンツは2つある。
一つは、「台獣物語」というアニメの原作。これは、2015年の3月を目標に、形にしていく予定である。
もう一つは、YouTubeチャンネルの「HuckleTV」。これはすでに配信を始めているが、今はまだなかなか視聴数が伸びない。どうすれば人気を得られるのか、暗中模索の状態が続いている。これも、気長にやっていくしかないと考えている。

このように、これらはいずれも何らかの形になるまで時間がかかるのである。少なくとも2年はかかると考えている。
そうしてその間、収入はないのだ。つまり2年間、ただ制作費だけが流れ出していくという会社なのである。

現在、会社には4人の社員がいる。彼らの賃金だけでも、年間1200万円かかる。その他もろもろの経費がかかるので、だいたい1年で1600万はかかる。それが2年だと3200万円だ。その間、収入は全くない。2年で、3200万円が消えていく。

コンテンツで3200万円を稼ぐというのは、かなりのヒットを出すということだ。けっして珍しい数字ではないが、しかしおいそれと出るような数字でもない。
例えば、YouTubeで3200万円を稼ごうと思ったら、再生回数が3億2000万を数えなければならない。ラノベで3200万円稼ごうと思ったら、定価640円の本を50万部売り上げなければならない。
これらは、なかなか大変な数字なのである。

そういう大変な事業を、ぼくは始めてしまった。「どうすればコンテンツの制作で生きていけるか?」ということをぎりぎりまで考えていたら、返ってくる保証が一つもないお金を、2年で3200万円も使うことになったのである。

そういう世界に、ぼくは足を踏み出した。だから、それが失敗したときのことを思うと、ちょっとぞっとする。
しかし一方では、その「ぞっとする」ということに、ちょっとホッとしている自分もいる。

それは、人間はそういうぞっとした感覚の中で生きないとダメだ、と思うからだ。失敗をするかもしれないという恐怖の中に足を踏み込んでいかないと、何も得ることはできない。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。

コンテンツは、そういうぎりぎりの状態で作らないと、いいものは生まれない。もちろん、ぎりぎりの状態でもいいものが生まれるとは限らないのだが、しかし、すでに賽は投げられた。後は、この道を全力で進むのみである。

そのことに迷いはない。