戦後史の正体と陰謀論(2662字)

 私の『戦後史の正体』について陰謀論と批判する人がいる。
 こういう人は、歴史を勉強しているのだろうか、戦略を勉強したことがあるのだろうか、不思議に思う。
 先ずこうした人は、『孫子』位から勉強を始めたら如何だろうか。
 孫子の兵法に謀攻編がある。「故に上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。攻城の法は、已むを得ざるが為めなり。」とある。口語訳は「だから軍事力の最高の運用法は、敵の策謀を未然に打ち破ることである。その次は敵国と友好国との同盟関係を断ち切ることである。その次は敵の野戦軍を撃破することである。最も劣るのは敵の城を攻撃することである。城を攻めるという方法は、他に手段がなくてやむを得ずに行なう」とある。
 国際政治や安全保障の分野で謀略がないと思う人は、孫子から言わせれば、「最も劣るのは敵の城を攻撃することである」と言われるごとく、戦いは「城を攻めること」位にしか考えぬ「最も劣る」と定義される部類に属する。しかし、「城を攻めること」位にしか思えぬ「最も劣る」レベルの人が、今日本では大手をふって、「陰謀論」「陰謀論」と騒ぐから滑稽である。
 私は『戦後史の正体』を書くにあたって、わざわざ、冒頭に陰謀論に対する考え方を紹介しておいた。次に紹介する。
 
 米国の対外工作の中心は、みなさんもよくご存じのCIAです。その元長官であるW・E・コル ビーが著書のなかで、第二次大戦後、CIAがイタリアで行なった裏工作について次のようにのべています。「秘密チャネルによる直接的な政治的、準軍事的援助によって『干渉』することは、数世紀にわたって国家関係の特徴となってきた。各国は自衛のために武力を行使する道徳的権利をもち、その目的に必要な程度の武力行使を許されている。もしもそのような軍事的干渉が許されるなら、同じ状況下でそれ以下の形での干渉は正当化されよう」(『栄光の男たち――コルビー元CIA 長官回顧録』) 直訳調で少しわかりにくい文章ですが、コルビーはここで、日本の評論家たちが「陰謀論だ」などといって否定する秘密チャネルでの裏工作が、はるか昔から広く行なわれてきたこと、他国の主権を侵害するそうした裏工作がなぜ道徳的に許されるかといえば、国家は自衛のためには軍事力さえ使うことを許されている、だから軍事力以下の形での干渉、つまり違法行為をともなう裏工作についても、当然許されるはずだといっているのです。 「イタリアの民主勢力が、ソ連の支援する〔政府〕転覆運動に対抗できるように、民主勢力に支援をあたえるのは道徳的活動といえよう。(略) この種の工作をするには、資金源は米国政府という事実を秘匿する必要があった。CIAの中道勢力に対する援助は、主として(略)直接金をわたす形で行なわれた」冷戦期にアメリカ(CIA)やソ連(KGB)がイタリアで行なっていた裏工作は、同じく日本でも行なわれていたと考えるのが常識です。事実、一九五〇年代から六〇年代にかけて、CIAが自民党や民社党の政治家に資金を提供していたことは、米国側の公文書によってあきらかにされています。歴史を勉強していない人だけが、それを「陰謀論だ」などといって安易に否定するのです。「これらの作戦で根本的に重要なことは秘密維持である。米国政府が支援しているとの証拠がでては絶対にいけない。そのため、金にせよ、(略)たんなるアドバイスにせよ、援助はCIAとなんの関係もなく、米国大使館とも関係のない第三者を通じて渡された。資金は実際には外部者によって渡され、公認の米国公務員が渡したことは一回もない」(同前)これが原則です。だから基本は、証拠は絶対に表に出ないのです。しかし現実には裏工作は存在する。「証拠がないからそれは陰謀論だ」などといっていては、話にならないのです。
 
 ここまで、「陰謀論」と批判するものに対して、事前に懇切丁寧に説明した。
 こうした文書を前にして、「陰謀論」、「陰謀論」と騒ぐ人は少しは物を考えているのでしょうか。それでもまだ不足な人には、次のニクソンの言葉を紹介しましょう。私の『日米同盟の正体』からです。
 私は『日米同盟の正体』で陰謀に関するイランの童話を紹介しました。
 
 筆者は一九九九年から二〇〇二年まで駐イラン大使を務めていた。ここでイランの童話を読みあさった。この中にフクロウの集団とカラスの集団の戦争の話がある。 童話は「ある時フクロウの集団がカラスの集団を襲いました。このときカラスの王様は何人かの大臣を寄せ集めどう対応するか意見を聞きました」で始まる。ここで、読者の皆様にはカラスの大臣になったつもりで助言を考えてみて欲しい。じつは筆者が安全保障関連での講演中しばしば行う質問である。駐イラン大使のとき、自衛隊の練習艦隊がイラン革命後初めてイランを訪問し、その際、「大使、講話をお願いしたい」と言われたときにも艦上でこの問を出した。 さて、読者はどのような助言を用意されただろうか。イランの童話では案がいくつも出る。戦う、一時移動する、交渉する、他の鳥の援軍を求める、防御を固める。最後に首相が次の進言をする。「自分を傷つけ放り出せ。自分は敵に駆け込み、『自分は和平を主張し痛めつけられた。恨みがある。カラスをどう攻撃するか助言する』と言って自分を受け入れさせる。相手 側に受け入れられている間に敵の弱点を探りそれを知らせる。王様はそれに従い攻撃して下さい」(筆者訳) 最後の助言はヘロトドトスの『歴史』に記載されているペルシア軍によるバビロン城攻略時のゾピュロスの助言と同じである。
 外交や安全保障の歴史の中で、陰謀と言われるものは無数にある。
 それらに触れたことのない人、歴史を学んだことのない人が「陰謀論」「陰謀論」と騒いでいるのは滑稽である。孫子の「攻城の法」しか知らぬ人間が「上兵」に悪態をついている図である。
 さらに『日米同盟の正体』で記述したが、ニクソン大統領の言葉に次のものがある。
 ―権謀術数は一般に悪だとされているが、指導者にはなくてはならない。ルーズベルトは絶対に参戦しないといいながら、密かに戦争準備を進めた。権謀術数を用いなければ大事で目的を達成できないときが多い(中略)。ドゴールも〝真の政治家は権謀のときと誠実のときと使い分けなければならない。千回繰り返すことで全権掌握が初めて可能となる〟と言った(中略)。(リチャード・ニクソン『指導者とは』文藝春秋社、一九八六年)。
(了)

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