日本の政治や外交を見、「日本の特色は何であろうか」と自問する時、常に思い出すのはルース・ベネディクト(女性文化人類学者)の著書『菊と刀』での言葉である。
・日本人は、行動が末の末まで、あたかも地図のように精密に規定されている。
・人はこの「地図」を信頼した。この「地図」に示されている道をたどる時にのみ安全であった。人はそれを改め、あるいはそれに反抗することにおいてではなく、それに従うことにおいて勇気を示した。
従順で権威に従う国民、決して権威を倒そうとしない国民である。
日本の政治で検察が動く時があるが、それは「権威」を守るための摘発であり、「権威」を倒すため正義を発揮することはない。
ベネディクトは米国の文化人類学者(1887年- 1948年)でる。コロンビア大学の助教授時代、米国が第二次世界大戦を戦うにあたって助言を得るために招集した学者(彼女の分野は文化人類)の一人で、戦争情報局日本班の長
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日本の総人口予測 2025年 1億2066万人、65歳以上は約12%、75歳以上は約18% となる。20~64歳は 6559万人(54%)。 2060年 8674万人、65歳以上は約40%、75歳以上は約27% となる。一方、20~64歳は 4,105(47%)。
世界に先駆け高齢化社会になる。如何なる地図を作るかの
日本人は地図「言動規範」によって言動する国とは思っていない。
日本的霊性に裏打ちされている思慮深い国と見ている。
権力者と支配者は各々の役割を分担しているのであり、権力者を尊重する。
権力者も権力を乱用しない。世界に類を見ない江戸文化を創造している。
日本は「和の国」であり、行動規範と根本思想を次のように見たい。
行動規範 ①論語「和して同ぜず」
②聖徳太子「和をもって尊しとなす」
根本思想 日本独自の霊性文明
活発発地に言動しない。答えを簡単に出さない。協議して決める。
沈思黙考であり、短慮の行動をとらない。
天災があっても、モノを盗むとか、喧嘩などの暴動が起きない。
「和をもって尊しとなす」ので、平和を好み戦を好まないが、戦をしないということではない。
戦う時は一体感を持って行動する。「米騒動」のように異論無き行動集団と化す
孫崎先生がおっしゃる通り「国際競争に敗れ世界が見捨てる時、初めて日本に明るい未来が来る」のであれば、日本人にあっぱれと称賛してあげたいのですが、今、日本はジャパンハンドラーによって地図が与えられ、岸田以下多くの人々が「鬼畜中国」を合言葉にして動いてます。これをどう止めるのか難問です。
>>2
そんな優しい日本人が何故鬼畜米英で火の玉になり今「鬼畜中国」で全体化しているのでしょう。やはり米国から地図が与えられているからだと私は思いますよ。
> 実質的に日本人は自ら戦略を考えることはないとしている。
日本人は遺伝的にそういうタイプだが、従って日本社会に「自ら戦略を考える」ための公教育も存在しない。
「自ら戦略を考える」のDS版は「自ら如何に相手をやっつけるかを考える」に特化しており、そんなものは公教育で教える必要などなし!となりそうだが、問題は「自ら如何に生きるかを考える」ように教えられることも殆どないことだろう。自分の理想を突き詰める機会がないまま社会に出れば、理想は―エラくなって「飲む打つ買う」三昧の生活を手に入れること!―となるだけだ。理想を実際の形にするのが技術、芸術、政治etc.と考えれば、日本人の貧しくなった理想が今や そのまま形に顕れているのでないか。
日本人は、明治維新以後、戦前戦中敗戦後を貫いて、精神史的には進歩していないように思える。
昔、天皇、今、アメリカ帝国。無批判、無条件に追従する対象が変わっただけで、根本的な思想と行動は変わらない。
その根本は、丸山眞男氏が喝破した「無責任の体系」だと考えている。単に追従しているだけだから、思想と行動は限りなく浅薄にして打算的、言われた通りやっています、言われた通りやっているだけだから、問題があってもしょうがない、仕方ない、私の責任ではありません、みたいな、カンジが日本人の精神構造ではないか。
その意味では、アメリカ帝国からの自立というのは、日本人の精神史、或いは思想と行動の転換に非常に重要な意味を持つと考えている。しかし、政治・経済の中枢エリートから末端の被統治大衆まで、そのようなギロンは皆無だろう。永遠にパックスアメリカーナが続くユメを見ているようである。ディズニーランドでアメリカ帝国式ファンタジーを堪能し、アメコミヒーロー映画によりアメリカ帝国式の正義により思考回路まで洗脳されていく。
銃乱射と貧富の格差の国、そんなアメリカ帝国の実像を見ようとせずに、アメリカ帝国は永遠のお手本として崇め奉り、ありがたがっている。なんともお目出度いやら、情けないなら。それが日本の実像であろう。
アメリカ帝国は日本を防衛するために参戦するわけがないという前提に立つと、日米安保条約は今や日本が戦争に巻き込まれるだけのリスク要因でしか無い。多極化した世界にあっては、軍事同盟は古臭くなっているかもしれない。ブロック化した軍事同盟より、非武装とは言わないまでも、中立で独立自尊が現実適合的な戦略ではないか。
しかし、そんな議論は日本では望むべくもない。
>>7
そうです。