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理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.21】『歯科衛生士にふさわしい身だしなみ - ヘアーカラーについて -』
2020-03-11 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.21】『歯科衛生士にふさわしい身だしなみ - ヘアーカラーについて -』 歯科衛生士は、患者さんに口腔衛生指導や保健指導をしていく中で、様々な情報提供をしていきます。その情報が正しいことが前提ですが、伝えたい事が患者さんにちゃんと伝わっているのか、時々疑問に思う事があります。 歯科衛生士のコミニュケーションスキルや説明力の低さも原因の1つですが、最も大きな要因は、患者さんが無意識に『この人で大丈夫なの?』と不安を与えさせるような身だしなみ,立ち振る舞いをしていることが多いです。 今回は、歯や口腔の専門家としてふさわしい身だしなみをしているか、今一度振り返って頂きたく回にしたいと思います。 私は歳を重ねる楽しさを体感したく、またそれを患者にも伝えたい思いから、去年の夏から秋にかけて髪のカラーリングを止めてグレーヘアーに移行していきました。今は3割が -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.20】『歯科衛生士を育てたいけど時間もお金もかけられないと悩む院長先生』
2020-03-09 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.20】『歯科衛生士を育てたいけど時間もお金もかけられないと悩む院長先生』 ここ数年、院長先生から依頼される内容は「歯科衛生士教育」が多くなりました。とくに「直ぐに戦力になる歯科衛生士に育てて欲しい」、「新卒で4月から採用した歯科衛生士を、出来るだけ早い期間でSPTの患者を任せられるようにして欲しい」という要望なのです。歯科衛生士不足に悩む院長先生も多くいらっしゃるので、お気持ちはわかります。しかし、「院長のおっしゃる早い期間とはいつ頃ですか?」や「具体的にいつまでとお考えですか?」と尋ねると、「7月くらいには…」「3ヵ月は厳しいですかね…?」と現実的ではなく、厳しいことだととはわかっているのですが、神頼みであるかのように切願されます。 昭和38年生まれの私たち世代は、何事も”先ずは石の上にも3年”という考えを持つ人が多く、最低でも3年間は同じ歯科 -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.19】『オンラインセミナー開講の理由と今後のセミナーの変化』
2020-03-06 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.19】『オンラインセミナー開講の理由と今後のセミナーの変化』 コロナウィルスの影響で、弊社も3月に企画していたセミナーはすべて中止しました。ますます猛威を奮うコロナウィルス感染に、4月のイベントやセミナーも中止になる可能性が出てきました。 弊社は昨年7月にニコニコ動画に歯科衛生士,デンタルスタッフ向けの学習用チャンネル『学校では教わらない「患者教育」と「行動変容」』を開設しました。今までは毎日の隙間時間での学習用にと、動画投稿がメインでしたが、この状況を受け、急遽無料オンラインセミナーを開講しました。元々予定していたセミナーが前日に中止となり、すぐにオンラインセミナーを企画し、SNSで告知しました。 SNSでしか告知ができなかったので、少ない人脈にしかお知らせができませんでした。そのため、オンラインセミナーに参加する方は5人前後と予想、10人いれ -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.18】『時代と共に変わる歯科衛生士に求められる能力』
2020-03-02 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.18】『時代と共に変わる歯科衛生士に求められる能力』 時代と共に歯科衛生士の業務も、私の仕事内容も変化してきています。今回は、その変化を少し振り返ります。 2000年、インプラントオペの介助が花形になりつつある中で、私は歯周治療に携われる歯科衛生士になりたくて、秋田市から千葉市まで歯周病専門医のクリニックに月数回通始めました。当時は歯周治療を得意とする歯科衛生士が少ないことから、「スタッフにSRPを教えて欲しい」とうニーズがありました。また、ハンドスケーラーでの手技が主流でしたが、私はハンドスケーラーへの苦手意識から、超音波スケーラー発売と同時にその使い方について独学で学びはじめました。 2005年以降はヘルスケア研究会に所属していた先生ヘルスケア認定歯科衛生士を頂いた経緯もあり、初診時のサリバテスト導入からメインテナンスに移行していくシステム構 -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.17】『歯科業界の人材紹介を Win-Win 以上の関係にするために』
2020-02-28 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.17】『歯科業界の人材紹介を Win-Win 以上の関係にするために』 弊社は人材紹介業の資格を3年前に修得しましたが、残念ながら紹介業の本格的な活動にはまだ至ってはいません。そもそも歯科衛生士紹介業を修得した理由は、時代の変化とともに人材紹介業社が歯科医院に歯科衛生士を紹介することが当たり前になってきている事に、物申したいという思いからでした。 歯科衛生士の能力や特性を見極めることもなく医院へ紹介していたり、歯科医院の状況を把握せず給料や福利厚生のみを見て申し込んでいたり、ただ仕事を探している歯科衛生士を院長に紹介しているだけで、本来の人材紹介業の役割である、医院と歯科衛生士の”マッチング”が機能していないのです。 『高いお金を支払って出来の悪い歯科衛生士を雇ってしまった』と言う院長先生や、『自分勝手な院長で、職場環境も悪い歯科医院だ』と言う歯 -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.16】『歯科衛生士としてのミッション、理想とする歯科衛生士像』
2020-02-26 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.16】『歯科衛生士としてのミッション、理想とする歯科衛生士像』 皆さんは、自分の”歯科衛生士像としてのミッション”や”理想的な働き方”、”キャリアプラン”について考えたことはありますか? 私の会社のミッションの一つに、【患者さんの笑顔をサポートする歯科衛生士の育成】を掲げています。これは、【患者さんを口元から美しく健康にしていくこと】が歯科衛生士のミッションの1つと考えているからです。 また、弊社が理想とする歯科衛生士像は、”仕事もプライベートも充実していること”、“健康的に美しく歳を重ねること”、”食事, 睡眠, 運動を意識して毎日規則正しく過ごし、万全のコンディションで臨床に臨むこと”と考えています。 理想的な働き方としては、 ①1日に診る患者数は6人前後で、臨床は4日間 ②週に1日は大学に通い(もしくはそれ相当の機関で臨床に役立つを研究し -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.15】『未だに消えない学歴差のコンプレックス』
2020-02-24 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.15】『未だに消えない学歴差のコンプレックス』 私は、2年制の歯科衛生士学校に入学しましたが、当時は歯科衛生士教育が1年間という専門学校もありました。確か1982年には歯科衛生士教育は2年制に統一されたと思います。それまでは1年間の専門学校教育で歯科衛生士の国試を受けることが出来たのです。2010年には歯科衛生士教育は3年生に義務化され、今は4年生の教育機関もあります。 非常勤で働き始めた2003年頃、歯科衛生士教育を3年生に移行する専門学校が出てくる中、2010年までには全校統一されると知って、『自分より知識のある若い歯科衛生士が数年後に誕生する』、『資格が有ればどこの歯科医院でも働ける、そんな考えは甘い』と私は危機感を持ちました。 また、看護師の姉からいつも『看護師は3年間の教育だけど、歯科衛生士は2年間でしょう、准看護師しと同じだよね』と言 -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.14】『完全予約制のタントレーニング個別レッスンのイベントを終えて』
2020-02-21 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.14】『完全予約制のタントレーニング個別レッスンのイベントを終えて』 先日、某デパートのイベントで美腔®︎ケアの一つ「タントレーニング」のセルフケアの方法を紹介してきました。完全予約制の個別レッスンのため、受講者は限られた人数になります。それでも二日間で20名の女性にご参加いただき、「美腔®︎ケアを受けたい!」と次回の予約をされていかれる方も半数近くおり、大変好評でした。 『美腔®︎』とは、ムシ歯や歯周病がないというだけではなく、大切な人と食事や会話が楽しめる健康的な口腔内を指します。フレイルで運動機能が低下してくる前に、ムセや唾液分泌量の低下、喉のつまり、顔の強張りなど必ずオーラルフレイルの症状が出ています。今回のイベントに参加された方々も、これらの症状を少しずつ感じ始めており「気にしていた、でも誰に相談したらいいのわからなかった」という共通の -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.13】『2度のスタディーグループ設立と挫折。そして、、、』
2020-02-20 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.13】『2度のスタディーグループ設立と挫折。そして、、、』 復帰して初めて受講したセミナーがイエテボリ大学DHブリギッタのPMTCセミナーでした。そこではじめて北欧の予防に対する考え方を知りました。そもそもスウェーデンには、ゆりかごから墓場まで、国の制度があります。歯科に関しては、幼少期にむし歯や歯周病について定期的な歯科受診と教育があり、日本の疾病に使用する保険制度とは全く異なります。 そんな予防先進国のセミナーは、私にはカルチャーショックでした。『私は歯科衛生士として何をして、何を学んできたのだろか?』と、今までの歯科衛生士人生を全否定されたように思いました。これをきっかけに歯科衛生士専門誌を購読したり、積極的にセミナーに参加したり、行動していきました。 しかし正社員と違い、扶養を外して働く私にはセミナーに参加するにも限界がありました。当時は -
理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.12】『理不尽なことがあっても、礼儀は忘れてはいけない』
2020-02-19 20:00理想の歯科衛生士像【DHブログ - Vol.12】『理不尽なことがあっても、礼儀は忘れてはいけない』 1982年、秋田に嫁ぎ秋田市で就職先の歯科医院を探していた時は、歯科衛生士免許をもつ新卒よりも地元の短大を出た人材を採用する傾向が強く、歯科医院への就職は厳しい時代でした。私がどんなに歯科衛生士として予防業務に夢を抱いていても、法律が変わらないと歯科医院での就職は難しいと感じてしまうほどでした。 それから少し世の中が変わり、2番目の子が幼稚園に入ったタイミングでの就職は割とスムーズだったと思います。再復帰した年(1995年頃)に歯科衛生実地が算定できるようになり「歯科衛生士をパートでもいいから採用したい」と引く手あまたな状況になったのです。また、子供を持つ歯科衛生士への理解も変わり、子供を幼稚園に送り出してから帰宅するまでの短い時間を利用しての短時間勤務ができる医院が増えていました。かつ、
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