マル激!メールマガジン 2025年10月1日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1277回)
見えてきたトランプ関税の真の狙いとその影響
ゲスト:前田和馬氏(第一生命経済研究所主任エコノミスト)
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 結局、トランプ関税とは何だったのか。
 トランプ政権は4月、約60の国・地域に対し、10%~50%にのぼる高率の「相互関税」を一方的に課すことを発表し、その後、各国との交渉に入った。アメリカ側は税率を下げて欲しければ、交換条件としてアメリカ製品を買うなりアメリカに投資するなりして、何らかの形でアメリカに利益をもたらす措置を取るよう求めてきたのだ。
 そしてここに来て中国やインド、ブラジルなど一部の国を除き一連の交渉が概ね妥結したため、トランプ関税の全貌がほぼ出揃った形となった。
 そもそもトランプ関税の発端は無名のエコノミストが書いた1本の論文だった。ハドソン・ベイ・キャピタルのシニアストラテジストだったスティーブン・ミラン氏が、トランプ大統領が大統領選挙に勝利した直後の2024年11月に発表した「ミラン・ペーパー」と呼ばれるものだ。その論文の内容をトランプ大統領がひどく気に入り、トランプ政権の経済政策の理論的基盤に据えることとなった。
 ミラン氏の主張は、ドルが世界の基軸通貨であるがゆえに、アメリカはドル高を甘受せざるを得ず、それがアメリカの製造業を衰退させてきたというもの。そのため、アメリカ経済を再興するためにはドル高を是正する必要があり、それを実現するための有効な交渉カードとして、アメリカは関税を利用すべきだとミラン氏は主張していた。
同時にミラン氏は、アメリカが関税と並んでその圧倒的な軍事力も交渉カードに使うことも提唱する。アメリカにとって有利な条件をのまない国に対しては、安全を保障しないというカードを切ればいいというのだ。関税と軍事力という2つのツールを使って、世界の貿易体制をアメリカにとってより有利なものに変えていこうというのが、ミラン・ペーパーの趣旨だった。
 ところが、それまでまったく無名だったミラン氏は、第2次トランプ政権でCEA(大統領経済諮問委員会)委員長の重責を与えられたばかりか、9月16日にはFRB(連邦準備制度理事会)理事に就任している。これを見てもミラン氏の考えがトランプ政権の経済政策に多大な影響を与えていることは間違いないだろう。つまり、トランプ政権にとって関税はそれ自体が目的ではなく、あくまで交渉を有利に進めるための武器として利用している可能性が大きいということだ。
 さて、問題は日本だ。日本は石破茂首相の数少ない側近の1人だった赤沢亮正経済財政・再生相がアメリカとの粘り強い交渉の結果、8月1日から導入が予定されていた25%の関税を15%に引き下げることに成功したとされる。それはそれで評価に値しようが、しかし、トランプ政権の真の目的が関税そのものではなかったことを忘れてはならない。
 日本は関税を15%に下げることと引き換えに、2029年1月19日までにアメリカに80兆円の投資をすることに同意している。2029年1月19日というのは、トランプ大統領の任期が終わる日だ。これは金額が巨額な上、投資先は事実上アメリカが一方的に決められるようになっている。日本がその案件を拒否するのは自由だが、その場合、アメリカはふたたび関税を25%に戻すことができるような建て付けになっているため、事実上日本側に拒否権はないも同然だ。
アメリカが一方的に決めた事業に日本はほぼ無条件で80兆円もの巨額の出資や融資を行うことになってしまった。
 第一生命経済研究所主任エコノミストでアメリカウォッチャーでもある前田和馬氏は、世界一金融が発達しているアメリカで、良質な投資案件が80兆円分も残っているとは考えにくいという。利益が出る事業なら、とっくに民間が投資していると考えられるからだ。
 しかも、日本はその80兆円を捻出するために、為替相場の急激な変動に対応するための特別会計である外国為替資金特別会計(外為特会)を使う予定だそうだ。実際に80兆円を投資するのは民間の金融機関や企業になるとしても、この投資には政府が何らかの保証を付ける必要がある。そこで政府系金融機関のJBIC(国際協力銀行)や NEXI(日本貿易保険)などが融資保証を行うとともに、JBICが財投債を発行し、これを外為特会で引き受けることで80兆円を捻出する計画のようだ。
 トランプ大統領はアメリカメディアのインタビューで「関税を少し下げてやっただけで、5,500億ドルを引き出せた」と満足げに語っているが、早い話が外為特会160兆円の半分を、トランプ政権が自由に使えるお金としてくれてやったようなものだった可能性が大きいのではないか。
 言うまでもないが、万が一事業が失敗し融資や出資の一部が焦げ付いた場合、裏書きをしているJBICはたちまち破綻の危機に瀕することになり、政府はその損失を公的資金、つまり税金で埋めなければならなくなる。
 日本にとっては何もいいことのない条件で合意しているようにしか見えないが、前田氏は、そもそもアメリカが一方的に関税をかけてきて、何をすれば下げてくれるのかという不平等な立場での交渉を強いられていたことを考えると、今回の合意は日本にとっては悪くはなかったのではないかと言う。
 トランプ関税の影響はどこまで見えてきたのか、日本はどのように対応すべきか、世界経済の形はどこまで変わるのかなどについて、第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・自民党総裁選に見る日本の対米政策の行方
・トランプ関税の理論的支柱、「ミラン論文」の枠組みとは
・対米投資80兆円が日米経済に与える影響
・トランプ関税で米国製造業は復活するのか
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■ 自民党総裁選に見る日本の対米政策の行方
神保: 今日はトランプ関税の影響がそろそろはっきりしてきているのではないかという予想の下、議論していきたいと思います。トランプ関税によって世界がどのような状態にあるのか、あるいはアメリカはどうなっているのか、そして日本への影響を見ていきたいと思います。

 さて、日本では自民党総裁選があります。今は少数与党なので、野党が統一候補を出せない場合という条件付きではありますが、日本の総理大臣を選ぶ選挙ですね。しかしその割にはあまりにも中身がなくて驚きなんです。何か特定の大臣ではなく総理大臣なのに、失われた30年をどうするのか、アベノミクスをやめて日本の経済政策をどうするのかというような大きな話がない。それからトランプが出てきて、相互関税もそうですが、日米関係や安全保障に関しても本当は根本的に変わらなきゃいけない時に、「日米関係は日本外交の基軸です」という話しかない。

宮台: 70年以上続いてきた日本の「アメリカを怒らせちゃいけない」という姿勢は、日本の国際的な影響力やリスペクトをますます低下させる道ですよね。

神保: さて、ゲストは第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬さんです。総裁選については何かありますか。

前田: 私は米国担当なので、対米方針や関税の話は気になっていました。基本的な対策としては、関税によって苦しんでいる企業への資金繰り支援や設備投資支援を行うということです。関税については、各候補の違いはあまり見えてこないと思っています。

神保: セクターごとの対米輸出依存度の違いはありますが、もう少し大きな話があるのではないのでしょうか。今は例えば経済産業省の局長同士の議論ではなく、日本の内閣総理大臣を決めようとしている時です。トランプ関税の導入によって世界が激変している時に、とりあえず関税で影響を受けるところにお金を出すというだけで良いのでしょうか?