マル激!メールマガジン 2015年8月12日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド 第748回(2015年8月8日)
日航機事故の教訓は活きているか
ゲスト:青木謙知氏(航空ジャーナリスト)
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あれから30年、世界の空はより安全になったのだろうか。
1985年8月12日、日本航空123便が御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客520人が亡くなるという単独事故としては航空史上最悪の事故が発生した。
航空機のメカニズムや航空機事故に詳しい航空ジャーナリストの青木謙知氏は、航空機事故の原因を100%正確に掴むことは困難だが、機体の残骸やフライトレコーダーなどの記録をもとに、当時の事故調の調査は妥当なものだったと評価する。その一方で、相模湾上を飛行中に吹き飛ばされたとされる圧力隔壁の上半分が回収されず、30年が過ぎても十分に解明されたとは言えない点が残っていることも事実だ。
海外の航空機事故の調査では海に落ちた機体の残骸なども回収され、徹底的な原因究明が行われるのが普通だという。この点で当時の日本では政府もメディアも、事故原因やそのメカニズム究明の重要性に対する認識がやや甘かったのではないかと、青木氏は自戒の念を込めて振り返る。また日本の事故調の調査には法的強制力がないため、事故原因の究明につながる証拠をすべて押収することが難しいこともあり、同時進行で刑事責任の追及が行われる場合が多い。それが結果的に、関係者から事故調の調査に対する全面的な協力を取り付けることを困難にするなど、事故原因の究明には制度上の障害もある。
昨今の原発問題にも通底する話だが、当時、航空機、とりわけジャンボ機はフェイルセーフが確立されているので決して墜落することはないといった安全神話が喧伝されていた。そのため、「絶対安全」という過信が、修理後の厳しいチェック体制の整備を困難にすると同時に、担当者や担当部局の責任回避に繋がっていったという青木氏の指摘は重い。
メカニカルトラブル以外にも航空機の安全を脅かす要素はある。今年3月、ドイツの格安航空会社ジャーマンウィングスの旅客機が墜落した事故では、副操縦士が、故意に高度を下げる装置を作動させ、墜落させたとみられている。どんなに技術が進歩しても、ヒューマンエラーによる事故や、故意による事故を100%防ぐことは容易ではないだろう。
日航機墜落事故から30年、果たして世界の空はより安全になったのか。事故が残した教訓や現代の航空技術の進歩、新たに出てきた問題などについて、ゲストの青木謙知氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・なぜ飛行機事故はなくならないのか
・日航機事故に見られた「手抜き」や「意識の低さ」
・技術の向上と市場原理の影響
・飛行機はどう変わっていくか
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■なぜ飛行機事故はなくならないのか
神保: 8月になると、思い出さなければならない歴史的な事象がいろいろとあります。
宮台: 8月15日の終戦の日がありますが、もう一つ取り上げるべきものがありますね。
神保: 8月12日の日航機事故です。ちょうど戦後40周年に発生し、今年が戦後70周年ということは、日航機事故も30周年ということになります。今回はこの事故の教訓がきちんと生かされているのかということをテーマに取り上げたいと思います。あれだけの命を奪った事故が起きた後、空は安全になったのでしょうか。ここに来て航空業界というのは新たな課題やチャレンジを抱えているようなところもあります。
ゲストは航空ジャーナリストの青木謙知さんです。この30年を振り返って、いかがでしょうか。
青木: 一番ショックなのは、航空事故がなくなっていないということです。もちろん減ってきてはいます。ですから安全性が高まっているとは言えるのですが、ゼロにはならない。毎年、旅客機が墜落、あるいは行方不明になったりしています。世界中で何百人という方々がいまだに犠牲になり続けている。いまだに考えさせられることです。
また個人的に言いますと、30年前の日本航空123便の事故の当時、私は『航空ジャーナル』という雑誌の編集長をやっておりました。そして、それまで私は飛行機の特別番組でテレビに何度か出たことはあったのですが、テレビに出て航空事故を解説したのはこれが初めてのことでした。それから解説や説明をさせていただいておりますから、そうした意味でもこれが原点、スタートラインという印象深さはあります。