新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう
「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」小林よしのりライジング Vol.272
・同じタグは複数追加できません
・最大文字数を超えているため追加できません
(全角20文字半角40文字まで)
・タグの登録数が上限に達しているため追加できません
(最大10まで)
・タグのロックは1記事あたり最大5つまでです
・ロックされているタグは削除出来ません
・不正な操作です
・タグの追加に失敗しました。お手数をおかけしますが、しばらくしてから再度お試し下さい

第272号 2018.6.5発行
「小林よしのりライジング」
【今週のお知らせ】

第279回「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」
この記事は過去記事の為、今入会しても読めません。ニコニコポイントでご購入下さい。
いちい
2ばん
三番長嶋
今号のゴー宣、まさに先日のアンチや元熱心な読者さまの成れの果てに当てはまりますね、ボキは熱心な読者、ボキは実は用心深く全肯定派だった、しかしつまらなくなった!変質した!ヘイトモンスターになった!
その責任は支持者にもあるんだな!みたいになって、苦言や不満と言う、アンチ行動を取り出し、ライジングの購読なんかも辞めてやるわ!みたいに見苦しい結末を迎える訳ですな。
先生が言論やマスコミに違和感を感じてブログに書いたり作品に反映させたりする事までアンチ化するっておかしな話だし、件(くだん)のセクハラ全体主義問題に関しても、
あくまでも先生から見た全体主義的言論異論封じに対しての意見表明であり、先生はリスクを背負って常に発言・意見発表している訳で、
私らみたいな匿名のアホの落書きとは全く重みが違うという事に、元熱心な読者様達はまるで気が付かず、アンチ行為を垂れ流し、自分の些細でくだらない意見や感想をコピペしまくって貼り付けまくり垂れ流しまくる訳ですね、
みっともないったらありゃしません、そんな奴は老若男女問わず黙って消えなさい!と言わんばかりの今号のゴー宣でした!ガッテンガッテン!
5人揃って、ゴレンジャー!!!
6番かな?
早めの配信ありがとうございます。
なんで先週はメルマガなかったんですか?
毎週楽しみにしてるので、よろしくお願いします
待ってました。
今日は、ライジングチューズデイですね。
あさイチ風に言ってみました。
配信は第一火曜日~第四火曜日です。残念ながら第五火曜日はお休みとなります
(^-^;
おぼっちゃまくんジェラート、良いッス。
あ、追記です、間寛平風に書くと、
「ワシゃあ〜謝ったら死ぬんや!」みたいな感じですねセクハラ全体共産主義支持者って皆様、
なんだ、只のヒステリー・自分の過失を絶対認めない基地外じゃん、ジャン!
もくれんの記事 面白かった
アメフトの問題は社会人ラグビー部の人達と話す機会があったのですが、あいつ潰してこいとか普通にあるんですって、だからやられたあいつが油しすぎだって言ってました
単に被害者の親父が政治家だから話しが大きくなっただけのことらしいです
だからと言ってあの行為を肯定はしませんがね
今週も配信有難うございますm(_ _)m
バランス感覚を失っている極左安倍や劣化保守が
「謝ったら死ぬ病気」に罹っていることから、「謝ったら死ぬ病気」に対する免疫力はバランス感覚なのだと思いました。バランス感覚を持って成長したいです。
論語の中に、
「過(あやま)ちて改めざる、是を過ちという」
意味としては、過ちを犯したことを知っていながらも改めようとしない、これを本当の過ちという。という言葉があります。
ネトウヨ界隈では盛んに論語を貶める発言をする人間が多いようですが、論語をまともに読みもせず、人の足を引っ張ることでしか自分の自尊心を満たせない者にこそ「過(あやま)ちて改めざる、是を過ちという」言葉を送りたいと思う。
今週は早い時間の配信ありがとうございます。
アベは謝ったら死ぬので謝れないのはよくわかりますね。
権力を失ったら犯罪者ですから。
以前イギリスでは事故を起こしても双方決して謝らない、
というのをゴー宣で教えていただきました。
謝ると自分の非を認めたことになるから、と。
なんでもかんでも謝れ!
謝罪になってない!反省が足らない!
と延々と言うのもどうかと思うのですが、
報道機関は間違っていたら謝罪してほしいですね。
小さなことでは毎日のように謝罪しているわけですから。
自分はかつて自動車会社に勤めていましたが、
問題が出ると結構早めにクレーム対応しています。
それはもちろん責められますが、
隠そうとして謝るのが遅くなると大事になりましたよね。
某財閥系の自動車会社が。
ドラマまでつくられちゃったりして。
大きくなってプライドが高すぎるほど謝れなくなるのでしょうか。
事が大きくなる前に早めに謝罪した方が良いと思います。
日大アメフト部はまさにそこのところを間違えたのですから。
それにしても自分のミスで過ちを認めて謝罪しても、
夫婦喧嘩では妻の怒りはおさまりませんね・・・
怒られないようにミスをしないよう緊張の日々が続きます。
配信お疲れ様です。そろそろ梅雨に入りますね。じめじめします。
小林先生のご指摘通り、謝れない人達が悪目立ちするようになりましたね。彼らは多分、謝らないことで出世してきたのでしょう。謝らないは「誤らない」、だから偉い、謝ったら偉くなくなってしまう、そういうことなんでしょうね。謝る=責任を取る、で、責任を取ると経歴に傷がついて出世栄達は遠のく。だからうまく取り繕う、誤魔化す人が生き残って偉くなる。これ自体は人類開闢以来の普遍的現象で、いまさらなのですが、問題はそのことを恥と思う常識が無くなりかけていることでしょう。
しかし、偉くもなんともない人達まで誤りを認めたくないというのは、ある意味不思議です。いや、逆に、偉くもなんともないから、自分の矮小な自我しか資産がない、それすらも失いたくないから謝らない、そういうことかもしれません。そういう、こころの飢えに耐えきれず、種もみまで口に入れる賎しさが、自己のほんらいの価値を損なっているということに気が付かないから、成長しないのでしょう。他人が自分の畑に種を蒔いて耕してくれるわけはありません。贅をきわめ、根腐れしている連中なんて究極はどうでもいいのです。他ならぬ自分の田畑だけは、きちんとしておこうと思わなければ、人生はつまらないと思います。日照りが続いたからと、天に唾しても自分に返るだけなのですから。
もくれんさん・・・ヤバイ仕事してましたねぇ。
色々と怪しすぎます。
昔はこんなことができたんですよね。
確かに今ではとても考えられません。
SPA!の記事はぶっとんでましたね。
「袋とじかよお」に笑わせていただきました。
ある意味当時はのどかでよかったのかなぁ。
今はガチガチで息苦しいですね。
若い子たちがスマホしか見ないわけだ。
あほらしいことでも笑いが取れたり気晴らしになれば
それでガス抜きができていたのですね。
ニュータウンで闇が無いから凶悪犯罪が起きた、
っていうのも今ならわかる気がします。
松戸市の女児誘拐殺人事件の裁判が始まりました。
容疑者がまさか犯行を否定するとは思いませんでしたが、
どのように真相を暴いていくのか注目したいと思います。
元地元の人間として。
大阪のGONと申します。
配信ありがとうございます。
「謝ったら死ぬ病気」
私も陥らないようにしなければと思いました。
年を取るにつれ、自分が正しいと考えてしまいがちなので、よしりん先生のようにバランス感覚を忘れないようにしていきたいです。
そのために、よしりん先生の作品を読み続けることが、「謝ったら死ぬ病」にかからない予防策です!
ライジング、ブログの説得力は抜きん出ています
報道ステーションよ、わしを出せ!
ブログはたかだか二万人です
インパクトは薄い
公の電波での発信を望みます
時給2000円「換算」。今も昔も金儲ける人はよく考えています…。
反論出来ず、誤りを認められず、話し合いの出来無い人は、利権を囲い込む為に憲法の良心とかで騙くらかす自称憲法の権威と同じなのね。
安倍晋三、左右ヨタろー、アメフト大学利権と一緒で、嘘言って、恫喝して、嘘の上塗りで誤魔化しているのと同一論理。分けの判らないハセゆたや、ひでつぐちゃん、ツネひらちゃんと同じ。媚を売りまくって営業している風俗論壇ルリ頭巾と同じ。
公論を求めて来た元読者さんには、今号を読んで再考してもらいたいな。ムリ頭巾?
平凡の中に非凡があるという話が、先日の道場でありました。しかし平凡になるは、相当に難易度が高いと思います。平凡になるには、この世は、余りにも障害が多いです。師範方も人間ですので、己の常識だけで見ていたら拒絶反応を起こす人も出て来ると思います。そこを清濁合わせ飲む度量で、如何に己が道理に従って着いていけるかと思います。
トンデモ見聞録は危険ですね。やってみるつもりは起こらないな。この場合、好奇心は、それぞれ自由ですから、いいよね。冒険は好まないのが捕食獣の習性なの。やギ の警戒心。
色々あってiPadのチェックを怠っていたクリリンです。
インターネットから遠ざかっていました。
今回のよしりん師範のライジング記事は耳が痛い。
いや、目が痛いか?
でも自分はちゃんと反省するから。
『謝れない病』の理由は周りにも(ある程度は)あるのではないでしょうか
「1の謝罪を行った時、これ幸いと相手あるいは第三者による不当過剰な10の罰が下されるのではないか」という不信感です
「お前は俺に謝ったんだ、だったらお前はもう奴隷だ、絶対服従だ、あれもお前の責任だ、これもお前の責任だ。
反論は許さない、お前は「謝った」んだ」
こういう魔女狩り的空気の中では、本来ならば潔い者がいたとしても警戒してしまうのではないでしょうか
1の罪には1の罰を適量に与えることのできる理性ある社会が必要ですが、そこまでの「完成された理性を持つ者」はこの世に存在しないかな?
ライジングから姿を消した人たちは反対はしても反論しなかったとかではなく、何を言ってどう反応したらいいかわからなくなったから書き込みを控えてるだけではないのかしら
それとも本当に購読自体を止めてしまったのだろうか。誰が現在の購読者かという情報は配信側には把握できるシステムなのかしら
シン・ゴジラについては若干の誤解が生まれているように思えるが、あの作品の熱烈なファンではない自分に何かを言う資格があるのか考えてしまう
いっそメインスタッフと対談でもしたらとさえ思えてしまうなあ
しかし元門弟、元読者のアンチ様には笑わせられますなあ( ◠‿◠ )
俺たちこそが真の議論、公論をしているんだ!カルト道場なんかインチキだ!
そんな場所から逃げて俺たちと議論しよう!
これって例えるなら店名を変えても売っている商品が同じだけで、アンチ様の脳内は進化が全くないですな。
真のアンチ様なら議論、公論したい病だと批判するのが筋だと思いますがね。
まあそんなレベルだから低脳アンチになるんだろーね
続き
議論、公論を批判したいならばここでは一切コメしない、ツイッター、ブログにも発信しないになりますがね。
そこまで徹底してやってもらわないとな。
結局は議論、公論する人間が嫌いになったげで、オデは議論、公論自体はしたいんだな!ではお話になりませんからな。
脱退していった元門弟の傾向をみると
これがかなり顕著ですな。
真のアンチ様になりたいなら
一切小林よしのり関連の本も読まず、議論、公論もするな!ですな
「謝ったら死ぬ病気」、周囲にもいっぱいいます。特にお年寄りに。気づいてないだけで自分自身もそうなのかもしれません。気をつけねば。
ここ最近も、自分の都合を散々ぶつけてきて、こちらの店頭でわめき散らして、こちらを罵倒してきて、こちらが冷静に論破しても、「なんで、そんなことばかり言うねん、鬱陶しい。」と逆切れされ、最後に「今度ばかりは折れたるは。」と言い放って帰りました。
まさに「謝ったら死ぬ病気」!!
今週はよしりん先生の記事も、もくれんさんの記事も、最終的には現在のヒステリーセクハラ糾弾につながるんですね。
おっと感想です。
安倍のケースは謝ったら最後
辞任どころか死ぬくらいの
パラノイアになっているんでしょうな
被害妄想を拗らせる点ではセクハラ全体主義と同じですな。
先生も書いてますが、一口にセクハラといっても千差万別ですからね。
その人間がどうゆう目的、意図でやったかにもよりますよね。
そいつが大嫌いだからパワハラ目的で性的暴言を吐いたか
冗談でスキンシップのつもりでエロトークをしてしまったか
これを全て同じ罪のセクハラにするのは無理でしょう。
少なくとも女性が傷ついたからセクハラだと定義をするなら法で罰するのは人民裁判に近いことになるから反対です。
購読を辞める!ファンを辞める!読者を辞める!
いや、辞めたら良いやん、あと、反論は少なくともしたのかも知れません、私らの知らない所で多少はあったかも知れませんが、それは私の知る由もない。
でも例えば此処に現れては過去の言動と照らし合わせて批判する意味は何処に有るのか?少なくとも読者目線からしたらそんな事をする必要性はあるのか?
私は小林先生に限らず世の全てのクリエイターの方々に対してそれをするならばあくまでも「感想」のレベルに止めるべきだと思いますがね。
ツイッターでヘイトモンスターだの老害だの垂れ流す必要性なんかこれっぽっちも感じないから。
此処にテンプレコピペを繰り返す輩も同じ、所詮は匿名で安全地帯から投げ捨てる二次元の落書きゴミ箱行きレベル、勿論私のコメも同レベル、
それを私を見て!と言う厨二病をネバーエンドで拗らせるアホどもに書いたり発信する資格なんざこれっぽっちも無いね、まあ、書くのは自由だが、リスクも取れない便所の落書きに誰も注視はしないでしょうな。
「人間は一生完成なんかしない」という文章を読んで「人間は死ぬまで勉強、死んでも勉強」の心構えで生きなくてはと痛感しました。
今回のゴー宣は読んでいて、小林先生にお説教をされた感覚になり、身が引き締まるようでした。
「トンデモ見聞録」は、かつて深夜のお色気番組「トゥナイト」で放送されていた、山本晋也監督の風俗レポートを思い出すような内容でした。
配信ありがとうございます。
謝ったら死ぬ病にならないよう気をつけております。
こちらのコメント欄でも考えが変わった場合は訂正、
誤っていると気づいたときには謝罪を心がけております。
逆に言えばそれがあることで成長できることが参加させていただいている意義だとも感じております。
部活の恩師は何度も全国に行っている監督で、私の現勤務校の前監督でもありますが、
熱血漢で怖い先生で、暴言も絶えませんし、暴力も多々ありましたが自分が間違った時には生徒にも謝り、訴えられることもない人でした。
できる人かどうかは自分が悪いと思えるかどうかだ、というのが持論で、そのとおりだと思います。
日大の前監督やお言葉ですが財務省前次官もそれがなかったことについては擁護できません。
これらの問題、以前もコメントさせていただきました。
その後あまりコメントしておらず、長文になりますがコメントさせていただきます。
あまりよしりん先生と相反する意見だとは感じていませんでした。
忙しさもあり、同じ意見を続けて書くべきではないというのも持論なので、私の追加コメントが少なかったことに疑問を持たれていた方がいらっしゃればできるだけ今回のコメントにてご理解いただいて、もしも足りないようでしたらまた書かせていただきます。
まず笹師範、もくれん師範ご両人はさすがの一言で感服いたします。
詩織さんや前川次官もそうですが、全ての人にここまで求めるのはやはり無理があると思います。
一方で謝ったら死ぬ病の人たちに囲まれて仕事をしておりますので、こちらもやはりそのにおいがすると拒否反応を起こしてしまいます。
勤務自治体の市役所は「返事が送れた」以外のことを謝ってはいけないというルールが存在するようで、わざと返事を送らせ、そのことは謝って、内容的には変えないというのが常套手段です。
返事が遅れたことはやり直さなくて済む反面、他のことは責任を伴うと考えているようです。
「問い合わせメール」で「計算方法で金額が変わるため」と回答しておいて、「計算方法によって金額は変わらない」ということを文字式で証明して送っても誤りを認めないし謝りません。算数・数学の単純な誤りでも認めません。
職員同士でも、学校に連絡したことと真逆のことをさせておいて「連絡と違うじゃないか」どうするんだと追求していくと1年後ぐらいに「言っていることは変わらない、詳しくは来月に言う」とだけ言ってその来月には全然違うことを言います。
全体に言っていることで、みんな分かっていることでも平気で嘘をつきます。
それがまかり通るのが役所の世界だとご理解いただきたいのですが、
立場を利用する、外からの批判に影響されない、ということだと思われます。
さて、財務省前次官ですが、この期に及んで「私の声じゃない」と言ってみたり。
謝るチャンスはあったのにしませんでした。
この手の人物はいくらチャンスを与えてやってもダメです。
別の大きな力が働かない限りは効果がありません。
ヘタをすればセクハラをその場で指摘すれば相手を干しかねません。
それは偏見ですが。
気の弱いおっさんだと言われればそうだと思いますが、潔さはないと思います。
一方で訴えた女性記者は番組と合わせてさすがにあれはやり過ぎです。
前にも書きましたがさすがに引きました。
被害!?女性を非難したよしりん先生の感覚は正しかったのだと思います。
笹師範がジャーナリストなら名前出せとおっしゃったのもさすが手厳しい。
「傷ついたなんて言うな、笑い飛ばせ」(少し違う?)
と両師範がおっしゃったのは耳が痛い。
私はそこまで人間ができておらずパワハラ!?への恨みはぬぐえそうにありません。
また私も聖人君子などではなく人に言えないことやここで書けないこともしました。
今のセクハラへの風潮はやり過ぎで、気をつけなくてはいけないとも感じています。
強姦、痴漢は犯罪です。
セクハラにも程度がありますが、感じ方にも個人差があると思います。
言ってもやめてくれなかった体験や言えなかった体験がある女性も数多くおられることお思います。
どなたがどのような意見を書かれたかは本当に記憶がありませんが、
体験からセクハラを非難するご意見を書かれた女性を、私は責める気になれません。
とりとめのない話になりましたが、
こちらでの女性のご意見には以前より勉強させていただいていました。
別のテーマとなったときにでも書き込みいただければと願っております。
異論、反論で、気ちのい じみていなければ、寛容な牧歌的態度で居たいです。しかし、一度ツノっ気付いたら突進しちゃうしなぁ。注意しないといけないです。柵の中さえ色々いるし。柵から頭を突ん出したら、撫でてくれたり、餌くれるのもいるけど、叩いたり、何故か矢を放つのもいるし。熊さんなんかいたら絶対かじられるだろうし難しいと思う。でも、平和な感じを保ちたいと思う。馴れ合いじゃなくね。
理想を忘れず、現実の限界も知る保守=リベラルの台頭してくれないかなぁ。
絶対に許さんのは、安倍晋三悪党一味。公文書改ざんが検察審査会で公正に議論されるのか?このまま幕引きにされたら日本は終わりと見てよいと思います。後は、引きづり降ろすのみ。
今夜に放送されたドラゴンボールZの再放送で悪党がお婆さんを銃で撃って、その妻を心配するお爺さんも撃ち殺すシーンがあった。
昔は何とも思わなかったが今は辛くて泣ける。
歳をくったなぁ。
『レイプされたからといって、その女性を穢れたもののように見るのは馬鹿である。』
かっけーーー
かっこえぇぇ
言えねー
つーか
思い付かねー
これぞ小林よしのり
もくれんさん
お勤め、ご苦労様です
・人間は完成しないものだと思い、
・日々勉強だと心がけ、
・常に考え、
・思想し、
・成長し続けて行くしかない。
・そのためには、間違いは間違いだと認めていかなければならない。
心が引き締まりました!
未熟者のくせに、怠け者で臆病者の自分自身に喝を入れ、
これからもゴー宣と一緒に精進していきたいです。
「恐れるな」はハリウッドのヒーロー映画で鼓舞する言葉としてよく使われますが、
トッキーさんの今回のライジング配信のお知らせで「恐れるな!」の後に続く言葉が
「謝っても死なない!」に「ええ・・・」と脱力しかけました。
でも、ゴー宣が始まってから謝らない人には度々出くわしてますね。
今回のライジングで真っ先に思い浮かんだのが新ゴー宣第25章で紹介された
1996年に薬害エイズで亡くなった故・大貫武さんが早稲田大学のエイズイベントで
講演するはずが当時の支える会の学生に潰されて、イベントの実行委員だった学生が
謝罪を求めても突っぱねられたエピソードでした。
支える会の学生が言い放った「自分がここで謝ったら支える会として謝ったことになるから
個人としても謝らない」は衝撃でした。
あの学生が言い放ったのは組織を守るためだったように、謝らないのは何かを守るためだと
思います。権力、自尊心、信仰などなど、その人にとっては道徳や倫理、社会正義などより
よっぽど価値あるものなのでしょう。
しかし、そういう人たちを見てると、この人たちは自分たちと同じ社会に生きているのかと
疑問が湧いてきます。日々、仕事をしていれば、ちょっとでもミスがあると烈火の如く怒る人なんか
ザラだし、こちらが悪いわけでもないけど、下げなくていい頭を下げることだってあります。
こういうトラブルやクレームを前に、謝らない人たちはどう対処する気なんでしょう。
なんだか、この人たちは俗世を捨てて自分たちだけの世界に住んでる世捨て人のように見えます。
それでいて、社会に影響を与えるから質が悪いです。
よしりん先生のセクハラを「性的からかい」「性的接触」「性的強要」「性的暴力」と
日本語で分類するアイディアはいいと思います。今の日本は海外から入った言葉を
そのまま使うことが多いですが、最初耳にしたときは意味が分からず「?」となってばかりだし、
意味が分かってもいまいち状況と合ってないと思うことが多いので。これも日々勉強して
知識と教養を身に着けているからこそですね。
泉美師範、週刊誌の面白さが衰退する少し前にテレビの面白さも衰退していたのではないかと記憶しています。
テロップで「許可を得て撮影しています」とか「個人の見解です」とかがやたらと入るようになったのが衰退の始まりだったような気がします。
新サイトのもくれん師範と笹師範の画像が可愛くて萌える。
待ち受けにしたいので有料でも良いから大きい画像を用意してほしいな。
しかし先生が言いたいことを要約すると
「個人が強くならなければ今の時代は生きていけない」ですな。
まあ安倍政権が続くと仮定すると
より強く個人が生きていかなくてはなりませんよな。
セクハラで過剰にギャーギャー騒ぐのは
安倍政権に利する行為だと気づかなくてはいけませんな
今朝の小林先生のブログ、上がってはいますが、タイトルが無いので読めない状態になってます。
ライジング配信、お疲れさま~~♪
コメント欄で「よしりん先生に反発した読者」(?)が女性だと書いていらっしゃる方がいたので、少し気になってしまった。
まさかワタクシだったかしら??。。と思ったけど(自意識過剰)、私は先生の意見は正しいと書き込んだ記憶があるからな~~。。(当時は憮然としながら仕方なしに認めていたけどね。ムスッとしながら、「でも、この意見は正しいのだ」と何度も読み直して考えていた)
。。今、以前のコメントを見直したけど、はぁ、ある方のコメントが消えてる。。(私のコメントは今読み直すと頭が悪そうにみえる)
ライジングの購読をおやめになったんですか? 大勢の読者がいるのに、そういうの分かるのね。。
私は当時、テレ朝の記者を「ジャーナリスト」ではなく、「この不景気の時代にやっとで就職できた女の子、OL」という目線でみてたからな~~。そもそも感覚からズレてたんだよね。
自分の誤りを認めるのは辛いですよね、やっぱり。特に、それまで優秀な方というイメージがあれば尚更です。
さて、アホの安倍晋三も「謝れない人間」です。
昨日までたくさんの「安倍夫妻が関与していると思われる文書」等が公表されているにもかかわらず、平然と総理の座に居座り続けています。こういう幼稚な人物はホントにたちが悪く、こちらが諦めてしまいそうになります。
でも、諦めたらダメなんだよね。なんとしてもこの屑を早く追っ払わなくては。
アベのまま平成が終わるなんて、天皇陛下があまりにもお気の毒だと思う。
木蘭さんの体験談、すごい。。。
昔は今に比べて、色々な面で「大らか」だったと思います。
よしりんブログの「関係ない絵文字」がツボにはまりました(笑)しかもじわじわ来る。
なんなん、もー!!(笑)
「十羽ひとからげセクハラ論」
というのは、
「十把ひとからげセクハラ論」
ではないかと思います。
「十羽ひとからげ」が「十羽ひと唐揚げ」に見えてしまう(笑)
取り急ぎ、ご報告まで。
珍しくも、三時の休憩時間の時に配信されているから、おっと~、吃驚~♪(゜δ゜;)なんて、
失礼しました。配信お疲れさまでした。
逮捕されても絶対容疑を否認する中国人のように、
つまらん面子や下らんプライドに拘って絶対に自分の非を認めない人、
いますねえ、私の周りにも(´▲`)。別に腹切れと言っているわけでもないのに…。
私めの場合を述べさせて頂けるなら、
高校生の時、同級生に口癖のように「ごめんなさい」という奴がいまして、
そいつの影響で私も、、、f(^_^;)。
今回の「ゴー宣」を拝読しまして、とりあえずそいつに改めて感謝です。
親に「あんたのごめんは口先だけよ」と言われたりはしましたけど…。
実際、仕事でも、趣味の研究や競技、釣りやハイキングにしたって、毎日毎回反省し、勉強し直すことばかりで・・・。
或いは、大自然や真理の追究を相手にしていれば、人間なんて小さな存在としか思えなくなりました。というのもありますかな。
上手に尋ねれば、あやつらは正直に答えてくれますが、
ちっぽけな人間は嘘でもつかなければ生きていけない、みたいな。
マナーの悪い奴、てめえのやり方を押し付けてくる奴とかはどうにかならんかとは思いますが…(-"-)。
ともかく謙虚さ。謙虚に自らの姿勢を見つめ直してこそ、人は強くなっていく。
心技体の“心の領域”の神髄ですな(←キン肉マンの最新巻の受け売り。いやぁ、本当にタイムリーでしたな(Ψ▽`))。
それにしても、この時期にしては例年になく本業の仕事の方が大変だったもので、
こちらのコメント欄もご無沙汰でしたが、
その間にセクハラ論争でライジング購読を止めた者がいるとは・・・(´・・`)、悲しいことです。
オッフェンバック作曲のオペラ『ホフマン物語』の最後で、
「人は愛によって大きくなり、涙によっていっそう成長する」と歌われますが、
果たしてその方も成長して戻ってくるでしょうか?
今回の日本語での分類も含め、ゴー宣その他でのセクハラについてのよしりん先生の論考は、
ヤローばかりの現場で働いていて、正直セクハラ問題に疎い私でも、成程と得心いっておりますd(゜▽゜)。
オペラと言えば、”スティーブ・ジョブズ”が
なんとオペラになったそうなんですが、
木蘭先生の類い希な濃いーーーーーっ体験談もいつの日かパート譜に書き込まれたり??
でもそれなら山尾志桜里氏の英雄譚だって???
という訳で、我ながら「やさしかねおばちゃ~~~~~ん」の茶魔の顔の如く、えげつない持っていき方、まろび出し方で恐縮ですが、
いよいよ「ゴー宣道場 憲法シリーズ」の第一幕フィナーレですね。
国民が政治家、法律家、そして憲法学者や有識者と共に憲法論議に花を咲かせ、
自分たちの国の理想のあり方を条文に紡いでいく。楽しく愉しく。
もし将来これがオペラ化されるとしたなら、誰がどのように歌われるやら(^^)。
(R.シュトラウス作曲『カプリッチョ』のような感じでしょうか?
或いは『ONE PIECE』のように歌舞伎になるとか?)
特に今度のテーマは、個人的にも非常に関心が深い展開になりそうで、
さあ、何がどのように学べるか、楽しみにしております(^-^)v。
謙虚に謙虚に。
凄いゴー宣です。
喉元にナイフを突きつけられたような。
自分も何か書かなければいけませんね。
少し時間をください。
配信お疲れ様です。
いつも購読しているんですが私の書き込みが明らかに減ってますね…大丈夫です。いつも拝読させていただいてます。
受け入れる受け入れない以前に実生活でピンとこないから書けない、ということが多いですね。ひとえに私の想像力が欠如しているというか、或いは周りがそういう環境にないという果報者故か。
しかし、今までのゴー宣を読んでいるなら先生がああいう意見を表明されるのはごくごく自然なことと思うのですが、一部の講読者の方々は何を読んで変節した!受け入れられん!という心情に陥るのでしょうか?
この先生の中の常識を受け入れられない方達の脳みその構造を理解できません。何が楽しくて嘘を重ねるのでしょう…
今度は九州ゴー宣、私の地元、さぁ!…と頭では思っていてもここ最近体調が不安定で迷惑をかけかねないと感じ、参加を見送らせていただきます。
本当はナマで参加したほうがずっといいのは分かってますが、画面越しに拝聴させていただきます…!
あっこれは個人的な疑問ですが中島岳志氏といえばパール真論で散々批判されていた方ですよね。その件について氏はどんな反応をされていたのでしょうか?ブログとこの記事を読んでなんとなく気になったことなので。
今週も配信ありがとうございます!
お疲れ様です。
「ゴー宣」読みました。
「ネトウヨ連中は何故か安倍だけを擁護している」と、
日大アメフト部前監督の内田氏のことを挙げて仰っておられましたが、
確かにその通りだと思います。
私の知人にもネトウヨ・ネトウヨ気味の人がいるのですが、
内田前監督のことはボロクソに言ってましたし。
そして、自らの虚偽を認めたら自らの地位を失うリスクがある政治家の問題と、
自らの虚偽を認めたとして、組織として謝罪するケースはあるにしても、
それで報道機関としての生命を絶たれるかどうかと言えば、
それはケースバイケースであるマスコミの問題との比較は興味深いものです。
それは「大手」かそうでないかも関係するでしょうか(リスクとして)
福田前事務次官の「言葉による」セクハラを、
個人名を出して告発したとして、
その記者がそれでテレ朝を解雇になるかどうか、というのも、
その上司の女性との関係もありますし、
完全に解雇になるかどうかはこの段階では分からないです。
また、伊藤詩織さんのように、
個人名を出して告発することで、
バッシングを受け、日本に住みづらいような状況に陥ってしまった人もいます。
しかし、やはりジャーナリストとして、
己の記事で官僚や政治家や有名人の人生を一変させてしまうだけの力を持って仕事をしている以上、
自分だけが組織(会社)に匿ってもらって匿名で告発できる、というのもおかしな話ですし、
他マスコミ等が、同じように組織に守られても匿名で「権力」を攻撃しろ!それは正義だ!と煽るのも狂った話です。
ライジングの読者としては、自分は当初は、
セクハラに、むしろ男性の自分こそ怒りを表明しなければならない、という意見に大いに影響されて、
ライジングコメント欄でも他SNS(twitter)でも、そういうコメントを繰り返していました。
麻生財務相に対しても、憎たらしいじいさんだ!と思って、
麻生氏が福田氏を庇えば庇う程、twitterでも叩いていました。
麻生氏は安倍内閣の中核であり、この問題(セクハラ)で麻生氏を責め続ければ、
麻生氏から安倍内閣の崩壊に繋がる、と思って、やっていました。
しかし、小林先生や泉美先生や笹先生のブログ・発言を見て、
冷水を頭からぶっかけられたように目が覚めました。
でも、そこで、自称右派のように「モリカケどうでもいいや」とはなりません。
世の不条理全てに憤っていてもキリがない、それはそうなのですが、
公文書改竄事件は「どうでもいい」「他に大事なことが」とはならない事件です。
日本という国の国内外での信頼の失墜ですから。
外交から福祉から、我々の身近な問題まで深く関わってくる大問題です。
「謝ったら死ぬ病気」というのは、何も知識人やマスコミだけでなく、
SNSで誰も彼もがゴーマンかませるようになってしまった現代では、
多くの国民に当て嵌まってしまうことです。
その一方で、吊し上げる生贄が見つかれば、大勢でよってたかって延々と、生贄にされた人がズタボロになっても、
石を投げ続ける、これも、ネットが普及した現代の悪しき現象の一つです。
それが「謝ったら死ぬ病気」を加速させているとも言えます。
「弱者」だと「匿名」で言い出した者が勝ちで、
「名乗り出たら」生贄にされ、
一家言あるかのような時評や意見表明も、「匿名」や「ハンドルネーム」ならガンガン言えるけど、
「名乗ったり」「特定されたり」したら、自分の保身が第一になって、何も言えなくなる。
だから、言いっ放しの匿名の放言よりも、
自らを曝け出した人の発言の方が、価値の順列としては普通に上に位置付けられなければおかしな話な訳です。
勿論「保育園落ちた日本しね」の発言のように、名乗り出れない立場で匿名で発言しているんだけれども、
切羽詰まった表現として「死ね」という言葉を使っているけれども、
奥にある意味を読み取れる人が見れば、これは切実な訴えだと見れる発言もある訳です。
テレ朝の女性記者の場合は、テレ朝に属する組織人としての前に、ジャーナリストとしての立場がある訳ですから、
匿名じゃないとモノが言えない、とまではいかないですからね。
私自身も「新・堕落論」を読めていたつもりで読めていなかったり、という反省も、
小林先生のブログを読んで自分の中で立ち上がって来て、
そこからいろいろと再び考えた中で、今現在の思いがこれです。
「トンデモ見聞録」読みました。
私は、最初の「ゴーマニズム宣言」が「SPA!」から「SAPIO」に移った時点で、「SPA!」を読まなくなってしまっていたので、
泉美先生がライターをやっていらした頃の「SPA!」は読んでいませんでした(スミマセン)。
しかし読んでいると、マツコ・デラックス氏が記者・編集者を務めていた頃の話と近いような苦労や波乱万丈っぷりや面白さを感じました。
(勿論、マツコが記者・編集者を務めていた雑誌は読んだこともないのですが・・・その時のエピソードみたいなものを耳にしたような感じです)
しかし、今は流石に泉美先生が若い頃にやっていらしたようなことは、どの雑誌でもやっていないんですね(汗)。
SPA!のような一般誌だけでなく、風俗誌のような雑誌もそうなのでしょうか。
いや、当時でも、よくこれだけのことをやってきたなあ・・・と、読んでいて思いました。
私は、その手の雑誌を読んだり情報を聞いたりすることはあっても、
実際に自分がその手の店を利用するのには物凄く抵抗がある方なので、
齢50を前にして、恥ずかしながら、そういうお店の実態の一部を知ったところもあります(汗)。
同時に、泉美先生が「海千山千」と自称される理由も分かる気がします。
この記事にあること以外にも、今までにいろんな経験をなさってこられたのでしょうね。
人は、生きて来た人生の長さにも、それに応じたドラマが、その人なりにあるのかなとは思いますが、
(芸術家や表現者のような「個性」ではなく、人ならば誰でも持っている「個別性」として)
人生の長さに関わらず、20年生きてても、30年生きてても、40年生きてても、その年月分以上の「濃い」人生もあり、
50年、60年、70年生きていても、「濃さ」で言えば、もっと若い人よりも「濃く」なかったり、というのはあるのかな、と思いました。
或いは、平凡に自分は生きて来た、と思っても、他者がそれを聞けば、充分に「濃い」話だったりすることもあるのかなと。
しかし、ブツを出したまま会釈する中年男性の様を考えると、何だか滑稽で、一周回って悲哀のようなものも感じるのが不思議ですね。
追伸:Q&A回答ありがとうございます。
凄く腑に落ちる回答でした。
後、他の方のQ&Aで気になったのは、
60代以上の歌手・俳優・作家・漫画家・・・等々の方々にも、
若い世代のファンはついている、と思うところです。
私自身が好きな歌手・アーティスト・俳優・漫画家さんも60代以上の方が結構いらっしゃるのですが、
ある60代以上のアーティストさんのラジオ番組には、10代のファンの人からリクエストが来ています。
同じように、俳優、漫画家、作家、表現者の方にも若い支持者・ファンがいると思います。
一時代を築くだけでも凄いというのもありますし、
今はネットで情報が昔よりも流通しているので、世代を超えて、若い人も伝わるところはあるのではないのかなと。
例えば、この間の某歌番組で歌っていた二葉百合子さんは凄かったです。
私自身も、その某歌番組を、二葉百合子さん目当てで見ていた訳ではなかったのですが、
一度引退していたにも関わらず、凄まじい表現力で歌う二葉百合子さんの姿を見て、
「おばあちゃんになった歌手がヨレヨレで歌うのを、番組出演者が心にも無いおべんちゃらで誉めそやして、それで番組が進行するのかな?」と失礼にも思っていた自分を恥じたものでした。
私はこの番組を見ていた時、体調が悪くて、ぐったりしてぼんやりして見ていたのですが、二葉さんの歌唱で、ハッと目が覚めて、シャンとなって番組を見たのを覚えています。
ゴー宣改めて読み、
「堂々と「止めろ」と言うべきだ。たかが言葉で傷つくな!ねんねのベイビーじゃあるまいし。」
が、ツボに入りました、スゲーです。
しかしこう言うのを自意識過剰ボキ様アンチ様とか女性弱者絶対全体主義総括フルボッコ主義者達は、
ユルセナイ!許せない!女性の敵よ!犯罪を増長させる行為よ!許せないんだな!計り知れないアホンダラなんだな!生ゴミなんだな!老害作家は!汚物なんだな!消毒したいんだな!などと大発狂するんですよねえ〜コピーアンドペーストを繰り返し長文駄文を貼り付けツイッターやブログで罵詈雑言を撒き散らし、勝手に先生の本を写メして肖像権まで侵害し、名誉毀損まで自覚なくやらかす。
まさに謝ったら死ぬビョーキを拗らせ、まとわり付くストーカーと化し、自分の過失を絶対認めない、ああ恐ろしい全体主義的極左極右ですね、
まあ、そんなゴミ輩に更にゴミコメントしてる私は計り知れないアホンダラストーカー誤読妄想野郎ですがね(^ω^)
「コメント欄が荒れたら、よしりん企画の営業妨害になる」が分からない読者(客)は、全員出て行って欲しいです。
私の知り合いの女性ゴー宣読者達は、ライジングコメント欄を見るのもうんざりしています。
荒れるたびにここぞとばかりにイキイキしだすゴー宣読者らも、削除の対象にして欲しいです。
しかし荒らし様も挑発すれば来なくなると思ってもまた来ますなあ
これからはスルー推奨ですな
どうせ消えるわけですし
SPA!「ゴーマニズム宣言」第8章「長谷部恭男の愚民思想を撃つ」を読みました。
長谷部氏が樋口陽一氏らと立憲民主党の枝野代表の元にクレームを入れに来た時の、
枝野代表の対応が描かれていましたが、
この時(いや、山尾氏が入党した時、もっと前?)から、
枝野代表の肚は座っていたのかもしれないですね。
これがあって、更に踏み込んだ発言としての、
5/3の道場での発言があった、と。
何も言えずにスゴスゴと帰って行った長谷部グループの態には笑ってしまいました。
そして、以前から小林先生が指摘なさっておられましたが、
長谷部氏の近著での山尾議員の改憲案への批判の文章の的外れさの指摘は、
ゴー宣で読むと、より分かりやすく、頭に入って来ました。
憲法学者の第一人者の長谷部氏のことですから、
こういう批判が来ることは既に本人の中では想定済みなのでしょうか?
しかし、長谷部氏は山尾議員や小林先生を侮っているでしょうね。
長谷部氏は憲法の問題にはシロウトが口を出すな、というようなことを言っているようですが、
明治の私擬憲法に携わった人達は、それこそ憲法の専門家ではなく、市井の人達だった訳で、
現在の日本国憲法も当時の若いアメリカ軍人が、たったの9日間で作ったということを考えれば、
一般国民が携わってはいけない理由など無いことがよく分かります。
長谷部氏は、国民は愚民で、自分のような憲法に深く通じているものが先頭に立って、
何も分からない大衆を導かなければならない、とでも思っているのでしょうか?
戦前・戦中の日本は、国民・大衆が熱狂して、それにマスコミが呼応し、また世論を煽って、
権力(リヴァイアサン)の暴走に拍車をかけてしまった、というところがありますし、
今でもセクハラヒステリーのポリコレや、不倫バッシングなど、大衆が全体主義を作り出してしまうところがあります。
そんな中で、憲法に関心を持って、権力(リヴァイアサン)を縛ろう、というのは、
思考を放棄してテレビやネットの扇動に右往左往するような大衆ではなく、
地に足をつけた庶民として考えていかなければならない、ということかなと思います。
「お上任せ」では腐敗政治も糺せないですし、愚民思想の憲法学者も糺せません。
考えることの大切さを改めて思う次第です。
今回は美味しそうなグルメの描写が無くて、そこは個人的にちょっと寂しくはあったのですが、
その分、濃い内容でしたので、読み応えあって楽しめました。
あと、ちいさなところですが、
ポカQさんの絵が、目じりに皺が入ったりして、ちょっと老けてたのも気になりました。
ゴー宣、読みました。
長谷部教授がえだのんのところに団体で行って、
何も言えずにすごすご帰っていったところはさいこーです。
議論したら負けるのですね。
にせ物の権威、イヤですねえ。
今号も配信、有難うございます。
結論を言えば、私も人間は死ぬまで完成するなんてことはないと思います。日々学ぶことだらけで、死の寸前までもっと何かがしたいという煩悩を抱いてあの世へゆくのではないか、ということです。
過ちを認めるという点についても、(何度もあげていますが)ブラック・ジャックの癌治療機の話のようなものだと言えるでしょう。ブラック・ジャックの言う通り、ミスが見つかったら、そのことを公表すべきです(タイトルを忘れてしまったんですが)。
木蘭さんの体験はいつももの凄いものだと感歎させられています。潜入捜査みたいなことをするのは、ジャーナリズムなら当たり前体操です。「紳士協定」という、ユダヤ人になりすまして、ユダヤ人差別を暴く映画もありました。
とりあえず、こんな感じですが、また付け足したいことがあったら、投稿します。SPAについてもまた改めて。
配信、ありがとうございます。
「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」本当にその通りですね。
しかし、実際にそんな病気などはあり得ないと思っています。というか、そういうしかないです。
今まで仕出かしたアベノミクスの大失策、珍しくなくなった強行採決、学園問題、マンデラルール違反、山口敬之のレイプ犯の匿いなど、表に出ているだけでも死刑では足りない位の事を今の自民党はやらかしてます。
これだけやらかしておいて、裏では何をやっていたか。先ず、何もやっていないとは考えられないです。
もし、安倍首相が今までの事実と責任を認め、総辞職の様な事になり野党が政権を握れば、その後は誰もが予期できる事。
安倍寄りの人間の人事配置替えをし、公平な人物、権力に屈しない最低限の人格、そして能力ある人間に地位を置いた後、「以前の安倍内閣を徹底調査する」でしょう。
ですがこれは、日本の為にも絶対に外せない事です。敢えて言うなら、国民感情を軽くする為にも。
今の安倍内閣は野党が政権を握ると、今まで以上の徹底追及を恐れて、絶対に認めない、謝らない、辞めないと言っているのだと思います。
近い将来、野党が政権を握り、安倍内閣を調査するのであれば、反則答弁に付き合っていては金と時間の無駄です。
反則答弁は「その行為をやった」と合理的な判断を下して、また時間の節約をし、どんどん解決を図るべきだと思っています。
反則答弁もいい加減に、罰則を課せばいいのに…
野党が政権を取れば、二度と今の安倍内閣の様な政権運営を許さない為にも、度を超えた野蛮な刑罰が必要だと思っています。
俺は因果応報として手始めに、籠池氏夫妻がされた非人道行為を、そっくりそのまま安倍内閣の人間にやってほしい。
298日間も不当勾留して、国際的にも国内でも問題にならないとでも思っているのか。
しかも籠池氏は窓無し、妻の方は窓はあってもエアコン無し。一日の運動時間は、たったの30分。
こんな拷問行為を、なぜ他の自民党議員は諫めなかったのか。まるで、政治家の資格も無ければ、鬼畜になった自覚もない。
全体主義のつもりだったのなら、苦しみも汚名も安倍と共に味わってほしい。本当にむごい扱いを許せるものだ。
もくれん師範のライジング記事の感想。
潜入先で下半身丸出しで待機していた男は自分です。
そうか、もう見られちゃっていたのか。参ったな。
エへへ・・・。
夕方のニュースで5歳の虐待死した女の子のノートに激しい怒りが湧いた。
この内容はクズ親父が朝4時に女の子に書かせたのだろうが、女の子の本心でもあるだろう。
コイツは女の子の気持ちがわかっていながら虐待した上で書かせた事になる。
この男は悪魔だ!
配信、ありがとうございます。
「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」読みました。自分自身にもそういう面が多々あるなと、反省させられた耳の痛い話でした。「謝ったら死ぬ病気」と「自己承認欲求」は表裏一体のように思えてなりません。自分が信じていた人、自分と考えを共有していたと思っていた人が、ある日突然、自分の考えを根底から否定するようなことを言い出す。しかもその発言がどう考えても正しいものだから否定ができない。でも、それを認めてしまうとそれまでの自分は何だったの?となってしまう。自分が論破されたことへの後ろめたさと、裏切られたという相手への憎しみ(逆恨み?)が相まって、「自分の事を分かってくれないならもういい!」と頬っかむりをするか、ヒステリーをおこして無意味な反論を繰り返してしまう。そんなところではないでしょうか。
安倍晋三に至っては、非を認めることは本当にそのまま死を意味するので、絶対、謝ることはできないでしょう。最初は「自己承認欲求」から始まったのでしょうが、そこに多くの支持者、多くの取り巻き、多くの仲間が支持して彼を首相にまで持ち上げてしまった。それをいまさら「根本を間違えていました」なんて言ったら、これまで彼を支持していた人たちの怒りと憎しみはどんなものか、想像しなくても分かりそうなものです。ゆえに自分の否は絶対認められない。このまま「ウソ」のチキンレースを続けるしか道がないのです。一面、あわれですが、巻き込まれる国民はたまったものじゃないです。
先週お休みだったので、配信お待ちしておりました。
ゴー宣からはいつも沢山の気付きがあり、考えさせられる事も多く、やっぱり目が離せません。
時には自分を鑑みてグサグサグサーー!となる事もあるのですが、そこから考えていくのがまた面白いんです。
木蘭さんの15年前の潜入調査の世界、凄いですね。
下半身丸出しにして個室で待ち受ける殿方と、そういう殿方を踏み台にしてしたたかに生きる女の子達と、彼、彼女等を使って逞しく商売している業者。
普段光があたっている所しか見えなくなりがちだけど、木蘭さんが見てきた世界もまた、間違いなく人間世界の一場面であり、どちらも人間の真実であり、両者混在しているこの世界が実は最も人間らしく魅力に溢れた姿なのではないかしら?と、木蘭さんの記事を読んで思いました。
そんな泥臭い世界の中から、胸にグッとくるような優しさに触れたりする事もあるのだから、ホント、この世の中は面白いです。
発売から随分たちましたが、「ゴー宣〈憲法〉道場Ⅰ白帯」をやっと読むことができました。
私は道場には参加できなくて、いつもあとで動画を見ています。私のとろい頭では話についていくだけで精一杯、もう一回見直ししないとダメ?ということがあるのですが、文章にしてくださるとゆっくり読めますので大変うれしかったです。
安倍首相はいい加減な憲法改正を実行しようとしているけど、議論できる環境にある今が立憲的改憲のチャンスだと改めて思いました。
ライジング配信お疲れ様です。
人間は一生完成しない
小林先生が、「誰が言ってるか」と、人で判断しているのでなく、「何を言ってるか」と、人の発言、行動で判断している姿勢は私も見習わなければと強く感じています。
人の頭はネガティブな刺激を受けやすいようにできています。
そしてひとつ合わないことがある人を、全部嫌いになってしまいがちなクセがあります。
もちろん私もあります。反射的に、無意識に嫌いにならないように気を付けます。
上野千鶴子さんの意見から新しいことを発見する姿勢。見習わせていただきます。
九州ゴー宣道場いけませんが、道場の成功を陰ながら応援しています。
今回のライジングを読んで・・
私はよしりん先生の優しさを感じてしまいました。
去っていく人までに思いを馳せるなんて・・・・
この優しさ、懐の広さがあるから、論敵だった方ともまた意見があえば、憲法論議など、ともに日本のためにどうすればいいのかと建設的な話ができるのかなと思いました。
>嘘を抱きしめて生きていくがいい
とても厳しい言葉かもしれないけれど、嘘とわかったら手放すこともできる。
と、私には読めました。
今はわからなくても、後から気づくことっていっぱいあるから。
気付いた時に、過ちを認めればいいと思う。過ちを認めることって人格否定じゃない。
ただ、過ちをできるだけ早く認められる人でいたいですね。
教訓にします。
去ってしまっても、
また何かのきっかけでよしりん先生の言葉を思い出して、
また読んでほしいと思います。
完全に否定すること、離れることはしなくていいと思います。
今までずっと私たちが一緒に追い続けてきたよしりん先生が、そうだったではありませんか。
私はゴー宣ファンですからね~♪
一人でも多くの読者が増えて欲しいのですよ~(´艸`*)
アンチが増えるのはいやだけど(笑)
門下生チャンネルの動画を作っている理由は色々あるけれど、
読者がもっと増えて欲しい!それは制作理由の一つですからね~♪
「異なる意見からの学び方」は勉強になりました。
おかしいところを分析する、確かにそうですね!
小山慶一郎が、未成年に飲酒を勧めたとして、芸能活動を自粛しました。
小山慶一郎と山口達也の決定的な違いは、山口達也は未成年に強姦まがいな事をしたのに対して、小山慶一郎は、相手が未成年だと言う事を知らなくて酒を勧めたのです。
だから私は、小山慶一郎を責める事が出来ません。
謝ったら死ぬ病、久しぶりに関西番組報告です。
すまたんの辛坊治郎、自説にはこだわりのある人物であって、
あからさまに持論を転換することはないと思っていたのですが、
「財務省の文書改ざんが本当なら少なくとも大臣は辞める、そのぐらいのこと」と何度も言っていました。
ということは麻生は辞めないといけないと言うべきですが、そのようなことは言いません。
かといって「自分は意見を変える。申し訳ない、続けて良いと思う」とも言いません。
改ざんが確定してからは番組で「森友問題、まだこんなことをやっているのか、そもそも何が問題なのか」と今ネトウヨが言いそうなことを言って、
「疑惑が全部本当でも何の問題もない」とまで言いました。
少なくとも文書改ざんは大臣が辞めるほどの問題だと自分で言ってたのではなかったのでしょうか?
この人物も謝ったら死ぬ病気なのでしょう。
こんばんは 後藤です
しかし 小林先生は誠実ですね。
損得度外視の 正面突破の議論。
木蘭師範も またしかり。
ライジング ここにあり!
謝ったら死ぬ病にかかる人が多いのは、真実よりも承認願望を満たすことのほうが大事な人が多いから。
他よりましとはいえ、このライジングも例外ではないと思います。
お友だちを作りたいだけなら、そういう場所へ行って傷をなめ合えばいい。もしくは、現実の世界での人付き合いから逃げずに、しっかりと向き合えばいい。
みんな仲良しな必要はないし、一度敵になったからって、ずっと敵ってこともない。
真実を追求するなら、そうやってときどき傷つくこともある。
でも、だからこそ、真実だけに至高の価値がある。
門下生チャンネルをやっと聴けました。
ゴー宣道場川柳の講評を聴いて、川柳が、こんなに真面目なものとは思いませんでした。ふざけた投稿をしてしまい恥ずかしい限りです。
第2回から特に良かったです。己は、物事を難しく言い回してしまいますが、すっと簡単に政治状況が言い表されてて、見習わなければならないと思いました。
第3回は、セクハラ全体主義について語られているので、縁切りまで行ってしまった人は聴いて考えてもらいたいと思います。
セクハラは、いじめと同じです。いじめに関心高い己は、権力振るって隠蔽に動く者らに強い怒りを持っています。憎しみ以上に、怨み呪いがあります。
いじめ対策推進法に、いじめは被害者が苦と感じたものを「いじめ」と定義されています。しかし、何も役に立たず、簡単に隠蔽され封じ殺されます。この現状に、更に鼻息荒く憤っています。従って己には、セクハラ全体主義に傾く要素は、かなり有ります。
ただ、弾劾するには、やはり証拠に基づかなければ駄めぇであって、いじめ対策推進法は、自死を防ぎ救う為に、調査を促しているものに過ぎません。どんな刑罰、制裁も、状況証拠でも論理立てて行わなければ、恐怖社会となってしまいます。当たり前ですけれども、この所を理解してもらいたいです。
しかし、また当然、現実は甘くありません。権力は都合よく証拠を全て隠して保身を成功させ、多くの被害者は泣き寝入りをしています。ですから、突かっかって行ってやりたいほど腹かきます。しかし、そこを何とかしなければなりません。
ですから立憲的改憲で、法令遵守、公僕倫理、公僕の服務の宣誓を守らぬ奴らをふん縛りたいです。公僕だけではないです、私的範囲の権力をも縛れるようになると思います。セクハラに憤るなら、立憲的改憲がなければなりません。倫理意識の再構築を国ごと行うのです。縁切りしている場合では無いです。秩序立てて考えてもらえれば、理の当然に腹を立てる道理はありません。
固着化しての離反は、ちっちゃいぞーって思ってモウね〜、考え直されておいでになれば、全力で支持して援護したいです。前の事にベタッぁぁぁ〜って総括しないと鬼の済まない人にはツノ向けちゃう。
ゴー宣道場師範と門下生合同の語らいタイム 第5回 は、目から鱗の裏話です。憲法の良心を標榜する憲法の権威は、やはり、学界の利権名利の保身者に過ぎないです。政界権力と言論、報道、出版界の本質、カタギの大非常識を伺うと世界の広のります。必聴です。
ゴー宣道場川柳
第1回
https://www.youtube.com/watch?v=AS49r_6K2Ak&list=PLWOOmgQXPZkxpfDE48_ag4w-Kw6s4mpwS
第2回
https://www.youtube.com/watch?v=fkax75m3LWc&index=2&list=PLWOOmgQXPZkxpfDE48_ag4w-Kw6s4mpwS
第3回
https://www.youtube.com/watch?v=dIMoTOgqlSU&list=PLWOOmgQXPZkxpfDE48_ag4w-Kw6s4mpwS&index=3
「ゴー宣道場師範と門下生合同の語らいタイム」
第5回 「なんでもっと議論やらないんですか?」
https://www.youtube.com/watch?v=RrMlW2nBQac&list=PLWOOmgQXPZkx9ZZFnLJDkbkA2dXpWKjVi&t=0s&index=6
【九州ゴー宣道場からの重要なお知らせ】
九州設営隊長です。
6月10日の九州ゴー宣道場でのサブレ配布について、混雑回避のため、事前に整理券を配布します。
サブレは整理券所持者に優先的に配布されますので、よろしくお願いいたします。
個別的自衛権を十全に行使出来る国は有っても、集団的自衛権を国際的道義に沿って行使している国はあるのでしょうか?国際機関も、自国の査察も無しに、思い込みで悪と決めつけて、同盟国でもない国にミサイルをぶっ込んでいる国の道義とは何なのでしょうか?人道の為と称して戦力を送り込み、混乱を世界に波及させ、無防備の国民をテロに巻き込ませて死なせている国に非を自覚出来る能があるのでしょうか?集団的自衛権を道義的に正しく使える国が、これから出現するのでしょうか?甚だ疑問です。国内法でさえ、法の適用は権力による勝手なものが多過ぎです。まして、嘘をつき、公文書改ざんもし、これを繕う為に公然嘘つきで公開証拠隠滅を見ても、怒りの巻き起こらない民族に集団的自衛権を使う事は出来ないと見ます。台湾は、日本国領土の島から見えます。個別的自衛権として規定出来ないでしょうか?集団的自衛権とするなら、事前の想定による限界規定しか使用不可能と思います。
混乱のまま簡単に書きましたけれども、自衛権は、きっぱりとして拡大解釈の余地を無くした方が、欺瞞の無くていいですね。個別的自衛権は確立し、集団的自衛権は封印の方がさっぱりします。ただ、国際上の立場として、侵略からの救援に集団的自衛権が迷いの元です。やはり、徴兵制にして、国民の頭に火種を付けないと、個別的自衛権はもとより、集団的自衛権は危険です。しゅぼっ!
配信ありがとうございます^^
「謝ったら死ぬ病」、懐かしいですねぇ~wかつて、2ちゃんねるに出入りしていた頃、よく政治家やメディアが何かをやらかして、なかなか謝罪しないとき、それを皮肉って、書き込まれていました^^;
いまは、自分たちの親玉の安倍首相に対して、使っているのかしらw?
「人間は一生完成なんかしない!」、深い言葉です。
そういえば、昔の建築物なんかは、敢えて完成させず、わざと未完成にしていたと聞いたことがあります(基本、漫画からの知識ですがw)。
先人達から、学ぶことは、本当に多いですねぇ~^^
未完成であるのだから、「自分が間違ったと感じたら、いつでも戻ってくればいいのだ」と先生は仰られているのだとも感じました。
違いますかね?
「しゃべクリ」は、らっこフェスティバルさん、MVPおめでとうございます!!
数量も圧巻ですねぇ~w
「トンデモ見聞録」は、まるで金属バットで(以下略)。
前回といい、やっぱりあの頃は、テレビや雑誌も、色々と無茶苦茶な企画があって、面白かったですねぇ~w
東○ポのネタ記事って、まだ存在しているのだろうかと、ふと思ってしまいました^^;
明後日、10日は、いよいよ九州ゴー宣道場ですね!!
豚骨ラーメンと明太子と、焼酎が待っている!!
中島みゆきさんと聞いて思い出す曲。
時代の流れと、流れに抗う人。
変わる人と、変われない人。
どちらが良い悪いというより、人間っていつでもどこでも似たような事を繰り返し続けているような気がする。
カバーですけど映像と相まって沁みます。
「世情」/中島みゆきcover
https://www.youtube.com/watch?v=jxYNSOrXAv4
子供に夢を持てという教育は正しいのでしょうか?
夢を持つことはいいことだと思いますね。でも、教育現場で「夢を持て」と半ば強制的に夢をひねり出させる教育は間違えていると思います。ずいぶん前に「個性を伸ばす教育」などというものが流行りましたが、まるで個性のない人間は絶滅するしかないと言わんばかりの圧力がありましたね。そんでもって無理に個性を出そうとしてたくさんの変人を世に生み出してしまったことは「新ゴー宣」のどこかに書いてあったと思います。「愛国心」の問題もそうです。君が代を強引に歌わせたり、教育勅語を年端もいかない子ともに暗唱させるとか、無理やりひねり出させる「愛国心」が真の愛国心とは到底思えません。ていうか、そんな愛国心は気持ち悪いです。履歴書の「趣味」の欄もそう。まるで無趣味の人間は人間失格と言わんばかりの「趣味圧力」。毎日、仕事がハードで家に帰宅したら休日も寝ているだけの人や、趣味をやりたくても経済的余裕のない人間のことは全く考えてくれない。無理やり始めた「趣味」が長続きするのか疑問ですね。
「夢」といい「個性」といい「愛国心」といい「趣味」といい、そういった道徳的なものを「錦の御旗」にして人に圧力をかける風潮がここ20年近くあるような気がしますね。気持ち悪い世の中です。
追記:個人的な愚痴ですが、なんだか「世の中に神はいないのか!いるのは鬼と悪霊とサイコパスだけかよ!」って叫びたくなる毎日ですね。まったく(笑)
カンヌで最高賞を取った是枝監督は、公権力から潔く距離を置くと、政府からの祝意を辞退しました。安倍晋三や、権威権力に媚びを売るのが多い中で、あっぱれと思います。
ミスアメリカのコンテストが、ミーツー運動で、とうとう外見で評価しなくなるのだそうです。それならば、顔も隠さなければ筋が通りません。何かミスをしているような表明です。類似のコンテストは、皆、青年の主張審査と変わらなくなるんじゃないでしょうか?いっそ、このように変えてしまった方が公正になると思います。アイドル一掃へ!
イラスト投稿サイトの社長だったと言う者が、セクハラ、パワハラで訴えられたそうです。写真を見ると、麻原彰晃のような執着質っぽい感じです。これは逆セクハラかな?先生が、井上ひさしと比べられちゃ敵わんと、こぼしておられましたが、己も、この顔はオウムの影を感じて生理的に受け付けられない感じです。被害者の話だと恐怖、気持ち悪かったとの事です。事実認定は、まだですけれども、これを抜かしても、それはそうだなと思います。
セクハラに対するよしりんの主張について、私の今の意見は以下のとおりです。
①まず、福田氏の辞任について私は賛成でした。しかし、よしりんの、生け贄論は野蛮と言われ、確かにその通りだと反省しました。
福田氏を辞任にまで追い込むのはやりすぎだったと思います。セクハラ糾弾の集団ヒステリーに自分も参加してしまい、恥ずかしく思いました。
②テレビ朝日の女性ジャーナリストが氏名を公表していない点については、所詮はサラリーマンである人に、そこまでの覚悟を問うことは出来ないとも思ってしまう自分もいました。
しかし、この点については、自身の使命を公表する勇気すらないジャーナリストに、週刊誌に情報をリークして、他人を糾弾する資格はないと言わざるを得ないと思うようになりました。
自身を「ジャーナリスト」ではなく、他の企業より待遇が良い程度の「サラリーマン」と定義するのであれば、普通に部署移動でも願い出て、担当を外れておけば良かっただけだと思います。
③「性的からかい」については、今でも、私は、よしりんの意見とは一致しません。
世代の差もあると思いますが(私は33歳)、よしりんは、基本的に「性的からかい」をコミュニケーションの一種だと思っていると感じます。
しかし、相手が嫌がる可能性のある言葉をつかったコミュニケーションを続ける必要はあるのでしょうか。
「性的からかい」について、よりしんは、相手に注意すれば済むとおっしゃいますが、そもそも、相手に注意出来るのであれば、全てのセクハラの問題は起きません。
私は、この問題については、「煙草」と同じではないかと思っています。自分も、昔、煙草を吸っていて、煙草はコミュニケーションのために必要とか、ストレス解消のために有効だと思っていました。
しかし、煙草を吸わなくても、コミュニケーションは出来るし、ストレス解消も出来ます。あえて、「性的からかい」を行わなくても、女性とのコミュニケーションは出来ますよね。
「性的からかい」は、原則禁止で良いと思います。
天皇制の安定的存続と脱原発この二つ
以上
この二つ成し遂げられるならば来栖恒喜の覚悟を持つ
自身の生活もありますけど以上の二つを成せるなら自分の生活も安泰たるかなとおもいますので、来栖恒喜の覚悟を精神的に帯刀し在りたいとおもいます
平和的手段を第一にその他やむを得ない共闘の覚悟もあります
配信お疲れ様です。
今回のゴー宣で書かれているように、世間では上は安倍ちゃんから下は一般人まで、「謝ったら死ぬ病」に罹っている人ばかりになってしまいました。
思うに、権力者の構造と、ネットの世界が割と近いからではないでしょうか。どちらも自然に人が集まり、何か言えば好意的な意見ばかりが返ってくる世界です。何というユートピア。
そういう世界に浸り続けていれば、「自分は優れている」と誤解してしまうのも無理はないと思います。実力ではなく、与えられたまま分不相応な立場に居座っているから、自分の本当の姿を把握できず「謝ったら死ぬ病」に罹ってしまうのです。弱者がお互い寄り添った結果、独善を振りかざすようになるのも似たようなものかもしれません。
配信ありがとうございます。
少なくとも安倍晋三は、謝ったら死ぬ――死んだも同然の状態――になるんだろうな、と思います。
「悪に開き直る」態度が、今のネトウヨバブルを支えているので、もし晋三が全てを認めて謝罪したら、もう晋三には何の価値も残らなくなってしまう。
無知であり、加えて喋りも下手くそなので、「罪を認める晋三」を崇め奉る理由がなくなってしまいます。
まさに、バブルが弾けて、有価証券がただの紙切れになるがごとく。
なので、晋三は絶対に謝らないと思いますが、バカだから自分ではその加減が分からない。
たぶん、「日本会議」とか、今井尚也首相秘書官あたりにうまく「入れ知恵」されてるのかなと想像します。
それにしても、連日の報道で、「私や妻が、国有地払い下げに関わっていたら、それはまさに、首相も国会議員も辞めるということであります」という晋三が強がる映像が流れますが、これは何度見ても笑えてしまう。
昨年はあまり気付かなかったんですが、あらためて見ると、ムチャクチャ感情的になっていて、いわゆるキョドってる、というヤツですかね。
弱い犬ほど良く吠える、という例えがピッタリのチキンハート。
ただ、この発言に関しては、今井尚也も「きちんと謝った方がいい」と進言したけど、晋三は突っぱねたのだそうです(毎日新聞の記事による)。
バカが突っ走った結果の体たらく。
早くバブル弾けてほしい!
いい加減、「現場」の仕事にもう少し集中させてほしい!
いつも楽しく拝読しています。
古谷ツネヒラの山尾先生に関する駄文を読み、
『はぁ?なんじゃこれは!!』
とイライラしていたところ、トッキーさんのブログを読み溜飲が下がりました。
しかし、こんなくだらないものが新書として成り立つとは。。言葉を失いますが、ニヒリズムに陥らず、怒りを保ちたいと思います。
地方ゴー宣道場推進隊長のカレーせんべいです。
明日はいよいよ第2回となる九州ゴー宣道場。
テーマは「憲法は国民のものではないのか?」です。
立憲主義の根本にあるのは「この国のより良い未来を目指す庶民の願い」だと私は考えます。
だからこそ、「公」を追求し「議論」をするゴー宣道場は、この国にとって必要だと思うのです!
私は「ゴー宣道場という文化」を、東京だけではなく、大阪だけではなく、日本全国津々浦々、皆さまと一緒に拡げていきたいと考えています!
つきましては明日の九州ゴー宣道場の会場内で【地方版ゴー宣道場の新規設営隊員】を募集いたします!!
『私は設営未経験です。』・・・なんの問題もないです。みんな初めはそうでしたから♪
『私はゴー宣読者と話したことがないです。』・・・なんの問題もないです。みんな初めはそうでしたから♪
『ゴー宣道場に貢献したい』という気持ちと『ゴー宣読者同士で議論を楽しみたい』という気持ちがある人は、どうか勇気を振り絞って設営隊に志願してください!
私が地方ゴー宣道場推進隊長であるうちは、初めて設営隊に志願してくれた人の気持ちを最優先にします!
それでは、明日、九州でお会いしましょうo(^o^)o
いつも楽しく拝読しています。
明日の九州ゴー宣道場も楽しみです。
放送で視聴し応援させて頂きます。
立憲的改憲を続けていく為の一人として、私も頑張ります。
今週も配信ありがとうございます。
第二回九州ゴー宣道場、楽しみにしていますね♪☆
新潟から、応援しております!
明日はいよいよ九州ゴー宣ですね。
ファイト、良い歌詞です。
さて、トッキー師範代様の朝日新聞社セクハラパワハラのブログ。
セクハラ実態、
「一般的な企業の「2倍」の被害」
〈身体を触られる。キスを迫られる〉
これは実害が出ていますねえ。
最初読んだときはやっぱりな、と少しざまあみろという思いがしました。
トッキー様は腹立つとも書いておられましたが、
どうせ社内でまともな処分はされません。
そのことを他のメディアなどがたたいて、それが処分するよりも耐え難いものにならない限りは。
私は採用自治体からパワハラを受けていると感じており、
このような権力側の構造、体質の方が気になります。
なんだか暗澹たる思いです。
【再度九州ゴー宣道場からの重要なお知らせ】
九州設営隊長です。
6月10日の九州ゴー宣道場でのサブレ配布について、混雑回避のため、事前に整理券を配布します。
サブレは整理券所持者に優先的に配布されますので、よろしくお願いいたします。
遅ればせながら、前回の出張版道場の感想です。
「家にはやく帰りたい」から始まったのには笑いましたが、中島氏の見解が歴史の縦軸と橫軸を尊重されるよしりん先生の意見とだいぶ重なっていることが分かり、共感を持てました。よしりん先生のおっしゃる死者の民主主義、同意です。私たちは声にならぬものの声に耳を傾け、それをくみ上げる努力をしてゆかないといけないのでしょう。
本当に、安倍に常識とは何か、とつきつけてみたいです(とかなり常識から外れていると人から言われている自分も思いました)。
人は顔で判断する、ということや、ことばの重みという点でも、考えさせられました。鈴木邦男さんが参加されていたのには驚きました。
九州道場、いよいよ本日です。
都合があって申し込みできませんでしたが、応援しています。
より白熱した議論を期待しています。
セクハラで訴えられたイラスト投稿サイトピクシブの社長、永田寛哲は、金正恩にも似ているとされています。おしゃれなんでしょうけれど、あのヒゲは辞めてもらいたいです。デブった図体の二重あごで、平行して眉と同じくらい細長〜〜〜い目で、薄ら笑いで、こちらを見ている大写真がありますけど、こりゃ嫌だな。
此奴、法廷で、セクハラの大筋を認めています。証言、証拠が確実なのでしょう。盗撮について、一部誤認だなんて、ごねています。疑わしいです。他の元アイドル仲間からも被害の声があるそうですが未確認です。
いやぁこんなのから、毎日のように恫喝パワハラされ、からかいでも、遊び半分でもセクハラされたら、恐怖と気持ち悪さで精神にきます。いじめでもね、あれは遊びだったとか、からかい程度だったとか、自死してからいうのですよね。死人に口無しをいい事に卑怯の限りです。被害者と面識の無いものまで証言に出て来たりして、責任の及ぶ者は保身に汲々です。
まさにセクハラは、いじめ問題です。大人になったら、わいせつな からかいなんか辞めろよなと思います。いじめ自死や、いじめ PTSD を導くようなセクハラ、いじめは撲滅しなければならないものの、細かいのは無くならないでしょうね。しかし、些細な事が大事に到るので注意喚起が要ります。これは難しいですね。大抵、呼びかけ、標語類で効果が有るか無いかのお試しになります。
モウ学校いじめなんか、証拠証言は、みんな隠されるので、ボイスレコーダー必携、防犯カメラ、集音器、全角度常備でないと、いじめ自死は隠蔽封殺されます。遺族が学校情報を得るのは不可能です。球遊びや、力比べ同様に、ビデオ審査の要ります。
実際、セクハラを受けたら、真に迫る恐怖は、人ごとでは済まないでしょう。ボイスレコーダーや、スタンガンで武装するしか無いです。
転職困難でも、配置換えを願うか、根気よく相談しても駄めぇなら、職場を辞めるしか無いです。但し、ボイスレコーダーで逆襲して、ふんだくるものはふんだくるべきです。
受け流す事が出来ない場合、その場で張り倒す事が出来ない場合、密室、隠れた場所で助けが呼べない場合は、モウ思い切ってスタンガンを使ってやる覚悟が必要です。当たり前か。
恐怖感の強い性格で、穏便で済ます適応力の無い女性は、反対の女性に比べて、受ける恐怖、嫌悪感の大きさは違いますからね。男もスタンガンか、何かでやられるのは覚悟しないといけないと思います。ショックで くたばるのも出て来るでしょうね。
こういうのが横行する前に、セクハラについて男も女も心得が無いと駄めぇですね。何かなぁ、すげー事が大きくなっちゃったな。ライジングで書かれて有るのに無意味な感じ。
セクハラヒステリー『運動』は、それだけ、女性が男に恨み辛みが溜まっているのでしょうね。このやりすぎはいかんです。上手い事、作法論がまとまらないかな。道徳作法は、その時々ですから、男も女も成熟しなければならないのは、よしりん先生の通りでいいと思います。是非の線引きで、オールオアナッシングは不可能です。酒も絡むだろうなので、余計、難しいです。
ようやく出張版と軍事トレビア見ました。
縁故主義、
高森師範の安倍擁護分析、なるほどです。
消去法で一番に消えるのは安倍だと思うのですがねえ。
憲法学会の権威主義とも共通するところがあると思います。
公務員や教師の世界も縁故主義なので日本全体が縁故主義です。
面接で「親が教師で」「親が公務員で」と言うと無茶苦茶有利になります。
どの学会でもそうでしょうか?
業界全体で自分たちの既得権益を守っているのだと思います。
そのような憲法学界の権威主義、日本の欺瞞に公論で立ち向かうゴー宣道場、
いよいよ本日です。
ちゃんとタイムシフト予約しました。
こんにチワワ!
今週も配信ありがとうございます!
よしりん師範のゴー宣を読みまして。
今回のゴー宣はとにかく耳に痛かったです。
自分はどうだろうかと…、と省みると、お恥ずかしい限りです。申し訳ございません。
日本一いや世界一の謝らない男、アベシンゾー。
あそこまで謝ることも省みることもなくウソにウソウソを重ねると普通は精神的な安定を保てないと思うのですが、そうならないところを見ると本物の千三つなのでしょう。いや千ゼロかも…
性的からかいから性的暴力まで一緒くたにセクハラの一言ではそのグラデーションがまったく表現できていないですね。
このご指摘は目からウロコでした。
日本人のくせに日本語で考えようともしなかったこと、僕も堕落してます。
ここでのコメントも含め、自らの信念に基づいて発言していますが、その信念にも事実誤認や思い違い、中には自覚なきウソも混じっているかもしれません。
自らの誤りに気付いた時に、ウソで糊塗するのか、省みて改善するのかでその後の人生を豊かに歩めるか否かが問われるんだと思いました。
「嘘を抱きしめて生きていく」なんてイヤだぁー!
「タバコ」と「性的からかい」は、全く性格が異なると思います。
タバコは「吸った・吸っていない」の二者択一しか存在せず、それは客観的に問題の有無を確認できます。
また、人体への悪影響が科学的に検証できますし、数値によって影響の大小を計測することも可能です。一方、「性的からかい」――いわゆる「セクハラ」――は、『ライジング』でも書かれているようにいくつもの段階やグラデーションが存在します。
痴漢、強制わいせつ、強姦にまで到ると犯罪ですが、その前段階を一律に「禁止」と断じることは不可能、ということですよね。
何故なら、「言葉のセクハラ」の段階においては、TPOや「言われた側」の感覚によって、「被害」と見做して良いのかどうか、客観的に判断できないからです。
当事者同士の間で「コミュニケーションの一環」として捉えられていたのであれば、それは第三者がどうこう言える問題ではありません。
もし、職場の同僚が「横で聞いていて不快」なのであれば、話し合いで解決するしかありません。
それを「パワハラ」として訴えようとしても、「これが原因で、この仕事の続行が不可能となった」という実害が立証できなければ、法廷で争う以前の問題です。
そもそも、名誉毀損罪も侮辱罪も、客観的に判断可能な「社会的な実害」がなければ、恐らく門前払いであると主張する専門家も存在します。
よって、「性的からかい」を一律に禁止する、というのは、人間のコミュニケーションの多様性を奪ってしまう可能性がある、と私は思います。
人間の「欲」を法的に禁止するというのは、アメリカの「禁酒法」や「売春禁止」による反動などを見ても、絶対に反対ですね。
投票に行って来ました(^^)/
女性の口説き方が分からずモテない元新潟県知事が週刊誌に売られたせいや~。
女子大生め~(。-`ω-)
今日は九州ゴー宣道場ですね。成功をお祈りしています。
本当はその場にいたいけれど・・・無理やで(ノД`)・゜・。
生霊を飛ばします!|ω・)
「謝ったら死ぬ病気」の人は沢山いますね。私は直ぐ謝っちゃうのでそれはそれで問題ありかとは思いますけど。
そんな私でも肝心なところでは謝っていないかも・・・と自分を顧みてみました。そんな病気に罹りたくない。罹らないように気を付けます。
最近よしりん先生の「脱正義論」と「差別論」を読み返してみましたが、そのなかで読者からの意見から、ご自身の認識が間違っていたと謝罪する場面がありました。昔から一貫しています。
元上司(ネトウヨに片足突っ込んでる←本人談)が、よしりん先生の事を「最近読んでない。小林よしのり変わったもんね」と言った時猛烈に腹が立って「変わってないですよ!」と言い返しましたが意味分かってないだろうな。更新しているけど全然ブレてないんですけどね。何が「愛国者なだけ」じゃ!この元上司も謝れない人でした。若干人格障害を疑ってますけど。
煩悩の数
>>108 の最後
是非の線引きで、オールオアナッシングは不可能です。〜は
是非の完全な線引きは、道徳教科の誘導結論のように出来ないというものです。社会が杓子定規になる警戒があります。女性のセクハラ嫌悪は、刑罰の範囲とかで無く、それぞれの道徳、感情の問題であり、個性も絡んでくるので複雑です。男は、これを考慮しないと不評を買うだけです。勝手な思い込みなんぞ、もってのほかです。失職だって当たり前です。
「性的からかい」「性的接触」は女性の勝手な反応もあるそうですけれども、己の考えでは、普通は、日本において嫌がられるものだと思います。セクハラ嫌悪の女性の怒りの多くは、この二つに起因していると思います。言葉くらいならと思いますけれども、しつこいのは嫌でしょうね。一人ではっきり拒否出来ないなら工夫が必要です。
己は色恋沙汰に縁遠いのでライジングで言う「性的からかい」「性的接触」は、男女の文化という捉え方もあると言われても釈然としません。
こういう是非の判別のつきにくく、日本で文化として定着していないものは、基本的に男はしてはいけないと思います。日本のセクハラ怨みの温床かと思います。して良い場合が想像つかないんですね。普通、臆する事なくやるものでしょうか?一般的で無いと思います。少なくても、いきなりやるものはいないと思います。スキンシップなんてのも、男の勝手な意識が多いのではないでしょうか。女への軽率な蔑みを含むのではないでしょうか?個人的に相当、よく知る間柄でないと怨まれる元です。
イタリアは、道端での口説きが普通と聞きましたが、いわゆるナンパでしょう。日本でもナンパは多くあると思います。女性は遊び半分に聞く人もおるようですが、日本では、どちらかというと嫌だ、怖いと思う人が多いと勝手に判断しています。見ず知らずの男に軽率について行くより、こちらの方が安全です。特に、ひと気のない所で行われて、無理強いするようなものはよく無いのは当然です。ナイスバディを売りにしている人は、本職、兼業にしている人は圧倒的に少ないでしょう。第一、ナイスバディは日本では非常に稀有な存在です。少なくても、すれ違う人まで、周りには、そういう人は「いない」です。
軽薄な男はいるのでナンパは撲滅不可能です。ナンパは許容範囲にするしかありません。これは大人なら成熟対処の範囲です。しかし、小学生が車上から声をしつこくかけられているのを経験しました。女の子は立ち去れず、答えられず固まっていました。この男は追い払いました。これは言語道断です。不審者として通報しました。
己の頭蓋の中では、男女の接近というのは、普通、よく知り合いながら、だんだんお近づきになるという世界にいます。鮭や、蛙の発情期ではあるまいに、やらせろ〜、やらせろ〜、やらせろ〜、このくらいならいいじゃんかぁ〜って女に群がり、勝手に乗ろうとするのは、浅ましいと思います。そんなに耐えられないなら、色街に行って、病気を背負って一文無しにもなって、死ぬ勢いで突撃せれという立場です。
女に手を出すに、無料、見返り無しは考えられ無いです。特に、女房と離婚する気がなければ、大概、金銭のやり取り、遊びの考え、曲芸的スリルの趣味があると予想します。影響を考えると金持ちの趣味にしかなりません。それに、うだつのあがらん男に、女房が妾を持つのを、普通、許してはくれません。金も無いのに妾を隠す事は難しく人生破綻します。結婚も出来ず、金や他の見返りもなく妾に進んでなる女は非常に稀でしょう。
縁遠いもんが、思いつくまま己の世界観に偏り、ライジングを元に線引きしてみました。セクハラ全体糾弾主義については、前に書いた通りです。
Vol.272の配信、ありがとうございました!
よしりん先生は上野千鶴子すらも読んで、そこから学ぶんですね。ぜひ見習いたいです(≧▽≦;!!
ごめんなさい。全部ではありませんが、「謝罪の機会なんか与えず、一生背負わせとけ。人間の本性なんかそうそう変わらんわ」と思ってましたf(^^;。異臭を放つネットのゴミや蠅(やソレを漁る乞食)ならまだしも、そこそこ著名な人からは、積極的に学ぶ(ツッコミを入れる)方がいいですね。b(^^;
「概念づけを日本語でやらないから、「セクハラ」の輪郭が見えない」という指摘に、ハタと気づかされました!!つい先日、技術(テクノロジー)による人間のバカ化を、なんとか抑制できるイイ言葉はないものかと(「バカ化」という言葉は、本質的な抑制力にはならず、むしろ拒絶反応を生む)、仲間内で考えていたのですが、もっと正当な表現・評価指標たり得る言葉(「○○性」,「○○化」,「○○力」など)が必要なのですね!!
「性的〜」のそれぞれの解説には、思わず笑ってしまいました。とくに、「もともと馬鹿に好かれる必要などないだろう。」には大ウケでした(笑)
不可能を可能にし巨大な悪を粉砕する特攻カワイイもくれん先生の『トンデモ見聞録』、ずいぶん昔から特攻取材をされていたのですね。(^^;
まだ大らかだった時代、人間の本性を炙り出す取材ができていたのですね。言われてみると、昔はよくこのテの潜入取材を目にしていましたが、近頃はとんと見かけなくなりました。たった十何年かくらいで、これほどまでに表現の幅や仕事の自由度が狭められているのですね。(´・ω・`;;
3時間拘束でギャラがたったの530円とは!!(まるで非常勤講師の詐欺時給とソックリです。ε=ヽ(`Д´#)ノ!!)
そんな特攻取材を成し遂げた後でも、「負けたー」と思うもくれん先生のしたたかさに負けました。(^^;(笑)
ゴー宣道場in九州、応援してます(≧▽≦;!!
ニコ生もようつべも映らないコメントさえ描けない状態なので無料配信を待ちます
>>M.Oさん
ご意見をいただきありがとうございます。
いただいたご意見からもう一度考えたことを、記載したいと思います。
まず、前提として、私は「性的からかい」を、「一律、禁止」とは記載してません。
「原則禁止」ですので、キャバクラや、個人的に信頼関係のある人の間では、「性的からかい」を自由に行えば
良いと思います。
次に、「煙草」と「性的からかい」の点について、自分の考えを整理します。
私が、「煙草」と「性的からかい」が相似形だと考えているのは、(かつては)多数派かつ権力者側だった喫煙者と、少数派であった非喫煙者の関係と、「性的からかい」を行う多数派の男性と、「性的からかい」を受ける少数派の女性との関係です。
オフィスの机で自由に「煙草」を吸えた時代には、「煙い」、「臭い」、「不快」と言った「主観的な理由」で、少数派の非喫煙者が多数派の喫煙者に対し、煙草を吸うことを控えるように言うことは、「非常識」だと言われたと思います。
しかし、何十年もの時間の中で、今では、喫煙者が少数派になってしまう状況になりました。
喫煙をめぐる問題の中では、喫煙者の側から、「煙草はコミュニケーションの手段」とか、「ストレス解消」といった主張もありましたが、結局は喫煙は規制される方向に進んできました。
喫煙は制約されましたが、日本の中でコミュニケーション不足が怒ることも、煙草が吸えないことのストレスが問題になったこともないと思います(意見は分かれるかもしれませんが。)
そこで、「性的からかい」の問題です。
まず、何が「セクハラ」に該当するかグラデーションがあるという問題ですが、これは、最狭義の「セクハラ」を「性的からかい」と定義したことで解決します。
「からかい」の時点で、基本的には、侮っている相手を軽く扱うニュアンスがあると思います。そのため、単なる世間話としての「髪切ったね」などは排除されるでしょう。
そして、ここが、私と、よしりん先生やM.Oさんと一番意見の分かれるところだと思うのですが、「性的からかい」が制約されることは、「人間のコミュニケーションの多様性」を奪うことになるが、これを許していいのかという問題です。
「性的からかい」を原則禁止することで、「人間のコミュニケーションの多様性」を奪う結果にはなると思います。
しかし、その多様性は、軽い「性的からかい」に対して、強く拒否できないほど弱い少数派の人達に我慢を強いてまで、守るべきものなのでしょうか。
日本には、イタリアのように「文化」として「性的からかい」を行う習慣もないと思います(だからこそ、一般の感覚とは異なるキャラクターをもっている高田純次が芸能人として人気があるのだと思います)。
そのため、日本における「性的からかい」は、どうしても守るべき多様性とまで言えないのではないでしょうか。
私は、社会には多数派と少数派の人達がいる以上、少数派の人達に対し個人の心構えとして「強くなれ」と言うこととは別にして、社会としては少数派の人達に配慮したルール作りが必要だと思っています。
そのため、私は、「性的からかい」は原則として禁止で良いと思います(但し、「性的からかい」を行ってしまったとして、あまりに大きなペナルティを受けるのは問題です)。
コミュニケーションの多様性として「性的からかい」を楽しみたい人は、お店や信頼関係のある女性との間で行えば良いと思います(喫煙者が喫煙所で煙草を吸うように。)。
「性的からかい」を原則禁止としたとしても、そこまで大きな問題はないと思うのですが、いかがでしょうか。
こんばんは、ライジング配信ありがとうございますvv
首相の安倍晋三にしても日大アメフト部前監督の内田正人にしても、数々の特権や地位は自らの職務に課せられた重い責任を果たすためにあるものです。その重い責任は普通の人間が果たせるようなものではないからこそ、莫大な報酬が約束されているのです。
自分がしでかしたことへの公的な場での謝罪もその一つです。
ですがどちらもその責任を果たしてるようには全く見えません。恋々と地位・特権・報酬にしがみついて、自分は絶対的に正しいと思い込み適当にごまかし続けていれば逃げ切れると思っているのです。
貴重な血税がそのために湯水のごとく消えていっているのだと思うと、はらわたが煮えくりかえる思いです。一刻も早くその地位・職から引きずりおろしてやりたいです。
他人様の教育の前に自分を教育し直すのが先でしょう。年齢的に手遅れでしょうが。
過ちを認めることは自分の弱さを認めることです。「謝ったら死ぬ病気」患者は自分の弱さを認められないのでしょう。
人は自分の弱さを認め受け入れることで強くなれます。弱さから目をそらすことは、強くなることを放棄することです。どんなに強そうに見せかけても化けの皮はあっさり剥がれ落ち、弱さをないものとして扱い続ければ待つのは破滅のみです。
安倍氏にしても内田氏にしても謝るくらいなら破滅する方がマシと言いそうなので、さっさと一人で破滅していただきたいものです。
巻き込まれるのはこれ以上迷惑です。
昨日のゴー宣道場は、長崎から参加させて頂きました。 3時間があっという間で、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。師範の方々、設営隊の方々大変お疲れ様でした。
そーいやあ痴漢とセクハラを同一視するアホがいますが論理的な考えたら違うと猿でも分かると思いますがね
痴漢は電車内で尻、胸を触るなどの【行為】を問題にしています。
これは美人だろうがブスだろうが一律に適用されるから分かりやすいから、現行犯逮捕できます。
しかし、セクハラに関しては本人の受け止め方の問題になりますから、同じ言葉でもAさん、Bさんと変わってくるわけですから
親告罪になるわけですね。
名乗り上げて裁判所で判断してもらうしかないわけですな。
「ボキはセクハラを許さないんだな!痴漢と同レベルの犯罪なんだな!それを肯定するような小林よしのりはヘイトモンスターなんだな!」と騒ぐ猿野郎がいるそうですが、トキウラさんが紹介したように
批判していたテレ朝、朝日新聞がセクハラの常習犯の例もあります。
じゃあ、批判している連中は自分らが一切、セクハラ、パワハラをやっていない聖人君子なんでしょうか?
某ポエマーは職場では同僚に怒鳴り散らしたと書いてましたが、これはパワハラに当たるんじゃないのか。それがセクハラだと
ウッキーと騒ぐのはダブルスタンダードだと思いますがねえ。
>>119 tasuuさん
レスいただき、ありがとうございます。
端的に申しますと、「セクハラ」や「性的からかい」について、ご自身の周囲の日常という範囲でしか捉えられていないのではないか、という気がしました。
実際に目撃されたことがあるのかもしれませんが、それで「一般論」を語るのは無理があります。
『ゴー宣』でも書かれているように、福田前事務次官の「セクハラ」は職場では何とも思っておらず、福田は優秀な事務次官として部下から慕われていた、とのことです。
そういう「現場」は、そこら中にある、ということは「想像」できる必要があります。
「セクハラ問題」の報道の一環で、街行く女性に「セクハラを受けたことがありますか?」というインタビューが放送されており、その中で女性達は「しょっちゅう、上司に下着の色を聞かれる」「飲み会で脚を触られた」とあっけらかんと顔出しで回答していました。
彼女たちにとっては、何らトラウマを感じるものでもないのでしょう。
こういう実例があるから、「セクハラ」の可否はTPOによって千差万別、としか言いようがないのです。
「原則禁止」というのは、言われた側が「不快」であれば、ということでしょうか?
それは単に「不道徳」「マナー違反」ということであり、それと「原則禁止」というのでは随分と意味において差があります。
よしりん先生は、「不道徳」ならば相手にその旨を指摘して、自分の言動が「恥」だったと気付かせるプロセスを経る必要がある、と主張されています。
自己を省みたり、釈明する機会すら与えずに、「原則禁止」と断じてしまうのは、もはや「一律禁止」と同じ事になります。
そして、我々が「現実的な周囲の日常」だけに囚われて、「セクハラ」を「原則禁止」と断じてしまうという動きは、寄せ集まって大きなうねりとなり、結果的には「芸術・文化」という世界で生きる才人を排除することに繋がってしまいます。
よしりん先生や木蘭先生が、さんざん訴えておられるのは、そういうことでしょう。
そんなの、小市民には想像することが難しいですか?
いやいや、我々は「不倫」という「不道徳」に必要以上に反応して、山尾志桜里という才人を議員の座から追い落とす寸前にまで到ったではありませんか。
小市民の「周囲の日常」は、場合によっては視野がえらく狭まっていることがありうるわけですよ。
もし、「セクハラ」が「原則禁止」になれば、真っ先に思いつくのは、桑田佳祐は今までのようなパフォーマンスが出来なくなるな、ということです。
実際には「明るく笑えるエロパフォーマンス」であっても、「セクハラ」を誘発する可能性がある、と指摘されればそれでお終いです。
よしりん先生が、「セクハラ罪」なんてものが成立すれば「内心の自由」が束縛される、と主張されたのは、そういう意味でしょう。
いや、そこまで規制する意図はない、と言われても、「原則禁止」が定められればそこまで行き着いてしまうと思います。
アメリカの「外見で判断しないミスコン」という、笑えないジョークが好例でしょうかね。
結局、不道徳か否かについて、常に「TPO」が準拠となるからこそ、人間のコミュニケーションは多種多様に変化しながら続いていく、ということだと思います。
平安時代の日本では、男は女の元に夜這いしていましたが、これは今の時代では当然NGでしょう。
では、当時の男性を「色狂い」と非難することができるでしょうか?
女性に対して「何故、声を上げない?」という疑問を投げかけられるでしょうか?
そういう「文化」のもとでの行為であり、それは時代によってその時々の人間が築き上げていくものだと思います。
「原則禁止」という発想は、「多様性」だけでなく、そうした「変化」すらも容認しない、という急進的な立場であるように感じます。
また、志村けんが『バカ殿様』で一時期を境に女性の裸を出すことをやめると決断したように、「時代性」を鑑みて、良識的な立場から方針を変えるということもあります。
志村けんは、そういうバランス感覚を持ち合わせているからこそ、幅広い世代に支持されているのでしょうが、要はそうした才人の「感覚」にある程度は任せてもよいのではないか、とも思います。
表現者はそういう「感覚」を研ぎ澄ませている方が多いでしょうし、そういう「変化」が徐々に人々の意識を変えていく(あるいは時代が変わっていく)ものなのではないでしょうか。
こうした観点においても、やはりタバコと「セクハラ」は異なります。
タバコが悪者扱いされたのは、健康被害が喧伝されたからでしょう。
それも「吸っている本人」だけではなく、傍にいる人間も副流煙の被害を受ける、という事実が明らかになったからであり、「文化」の変遷以前に「健康被害、まったなし」という切迫した状況が浮上したのだと思います。
今のような分煙体制が確立する遙か以前でも、食事や飲み会の席で「吸ってもいいですか?」と断るのは当たり前のマナーになっていました。
そういう意味では、「多数派に圧殺されてきた少数派」という構図には納得しかねます。
吸ってもいないのに煙の巻き添えになる、という事実が判明してからというもの、喫煙者に気を遣う非喫煙者というのは、私はほとんど見たことがありません。
私も当初は、テレ朝女性記者を擁護する内容の投稿を書き込みましたが、『ライジング』『辻説法』『ゴー宣』を読んですっかり変わってしまいました。
己の未熟さを恥じるばかり。
やはり「恥」を感じるのは、己の精進のために必要なのかなと思います。
「恥」は過去のもの、未来に向かって「意識」を変えていけばよいではないか、と。
そうやって「本人が変わる」可能性すら奪ってしまうから、「原則禁止」には全く賛成できません。
もう一つ追加で
セクハラというのは先生も書いていましたがパワハラと同列だと思います。ライジングでも先生がフランスの法律を紹介していました。
「ある人物が性的な快楽を得る目的で、自らの職務によって得られる権限を濫用し、命令、脅迫又は強制という手段を用いて、他者に対して執拗に嫌がらせを行う行為」
つまり絶対に反論できない立場の人間、弱い立場の人間に対して行う性的な嫌がらせということになります。
仲の良い女性に「やらせてよ」と冗談で言った場合と絶対に逆らえない上司が部下に「やらせろ」「今度家に行かせろ」というのは全然違う事象になるということですな。テレ朝では日常茶飯事で行われていそうですが…
パワハラがない状態の性的な言動を一律に罰するということになると、これは全体主義社会、密告社会になるしかありません。
常に盗聴器を携帯し、他人の言動を録音するしかありませんからね。
ただ、パワハラ自体も上司が善意で注意したことを部下がパワハラと認識したというケースも充分にあり得る話なので
法制化するのにかなり難しい話ではあると思います。
もうこれは社会人が一人一人、自分の言動に注意していくしかありませんね。
道場、お疲れ様でした。何とか裁判員漫画が、フィクションの形で実現することを祈ります。
「相棒」でも題材にできたのだから。
SPA!感想です。
長谷部という人が引き連れている群れが「白い巨塔」などに描かれている医師団のように見えました。ドクターXが現れたら、一挙に崩れてしまいそうな砂上の楼閣のようです。
ノーベル平和賞は、アンリ・デュナンの時はまだ権威や価値があったのでしょうが、これも時代を経るにつれ、文字通り墮落していったのでしょうか。第2回目以降の人が頭に浮かんできません。何の人々の幸福に貢献する人の居なかった年は、「該当者なし」としても良いと思います。
今週は発売されないのが残念ですが、その分、来週の号を期待します。
木蘭さんの記事とあまり関係ないかも知れませんが、昔、「アタックギャルギャル」というコーナーが某深夜番組にあったのを思い出しました。ただディスコで踊っている女の子にハイレグの水着を着せて踊らせるというだけのコーナーだったんですが、今の風潮では明らかにセクハラになってしまいますね。当時はばかなことをしていると思いつつ見ておりましたが、ああしたパワーが生まれない限り、マスコミの活力は復活しないと思います。
よしりん先生のされたように、外来語を漢語や和語でいいかえる工夫は大事だと理解しました。私たちは言葉によって、概念をどれだけ理解したか、を表現することができるのだから。ただ、本を正せば漢語も外来語で、中には日本語に訳しづらい概念もあるので(イデアとかアイデンティティとか、セレンディピティとかマクガフィンとか。ハードボイルドもそうだと思う)、なかなか難しいのでしょう。要は言葉とはその語を用いる人の情念によって左右されるもので、辞書の意味は参考でしかない、ということなのでしょうか。
でも、だからこそ、辞書で基本の意味を定義し、日本語化することで、恣意的な用法を少なくする努力は要るのだろうと思うのです。セクハラを拡大解釈して使用して行くと、バベルの塔になってしまいそうだから。そうしないと、私たちは言葉に責任を持てなくなってしまうとも感じます。常識とはそのような人間の共通認識や理解力から生まれるのではないのでしょうか。
憲法のことは專門家にまかせておけ、ではいつまでたっても常識は生まれず、専門知識は一部の特権階級の独占所有物で人目に触れずにやがては劣化し、蟲食い状態になってしまうのではないのでしょうか。蔵の中にしまってあるものも、天日で干さなければいけないのだ、ということを権威におもねる学者たちは学んで欲しいです。傘も使用したら、広げてほしておかないと、かびがはえて使えなくなります。
少し長くなりましたが、以上のようなことを考えてみました。
それでは、次回を期待します。
まあ9条に関しては
自衛隊の前身の警察予備隊がポツダム政令で誕生したことが混乱の火種でしょうな。
これは成立当初から憲法違反だと言われていましたが、占領軍の圧力でかわすことができました。
しかし独立回復後はポツダム命令は失効するために保安隊、自衛隊法に移っていき
政府は自衛隊は戦力にあたらずという
破茶滅茶な解釈を生み出したわけですな。
と歴史を振り返ると最初の段階が間違っていた。改憲をしておけば…になるわけですね…
九州ゴー宣道場、師範方、設営隊の皆さま大変お疲れ様でございました♪
m(__)m
後程レジュメと合わせて拝見します。
新潟県知事、自公支持の方が当選してしまいました。
(~_~;)
>>125M.Oさん
ご回答いただき、ありがとうございます。
おそらく、「煙草」や「芸能人の表現」等に関する部分は、認識と経験の違いから、議論が平行線になると思います。
しかし、『「本人が変わる」可能性すら奪ってしまうから、「原則禁止」には全く賛成できません。』という点は、全くおしゃる通りだと思いました。
私も、「『性的からかい』もある、人が成長可能な社会」と「『性的からかい』はないが、人の成長もない社会」なら前者を選びます。
コミュニケーションも含めた表現規制は、影響が大きいので難しいと思います。
「性的からかい」に対し、直接、拒絶出来ない人のためには、会社内に通報窓口を作ることで対応するしかないかと勝手に納得しています。
M.Oさん、ありがとうございました。
たかだか何年か上の先輩、単なる上司、同僚というだけの、狭い職場だけの知り合いくらいで、分際も顧みず、常識も無く、馴れ馴れしく、性的からかいや、性的接触を繰り返し、反感、不評、嫌らしく思われていても気付けずにいるセクハラ野郎は、左右ヨタろーと同じですね。
誤読した(左)右ヨタろーのように、己は真実を知っている!自分スゲー!さいこー!と高揚感だけの勢いしか他に無く、視野が狭過ぎるのに、この世の全てを解ったような気持ちになっているような、みっともなさです。
(参考 泉美木蘭)
http://www.gentosha.jp/articles/-/10489
こういうのは立憲的改憲においても茶々を入れるだけで、みんなで何を目指し、構想し、展開して行こうとしているのか理解しようともしないです。
山尾氏の立憲的改憲案は、安倍晋三が発議してしまう状態なら、不充分な状態でも対抗策にするしかありません。しかし、そうでもなく時機を見ず、現状を見ず、条文、条文と蛙が柳に飛び付くように言うだけでは、恩賜の改憲を求めているに同じです。回復の改憲を主張しながら、恩賜の改憲を求める自己矛盾を晒しているのに気付けない、みっともなさです。
勢いと気合いと条文だけで急に突っ込んで団子になって転がり込んでも、後の始末を考えなければ未来は開けず、不充分な所をメリケンに突かれ、理解出来ずの国民の適当な選択で、元の木阿弥にされてしまいます。新潟選挙や、辺野古選挙のようになるのではないでしょうか。
他人の条文を求めないで、己の条文を出すくらいの国家観の大構想を示してもらいたいものです。もちろん、共通した理想も、現実の限界も知らないので捨ておかれるだけですが。
道場の恵まれた仕組みを見ながら見えていないのは、精神の視野欠如です。IPS 細胞で、緑内障の視野欠如が治療可能になっても、精神の視野欠如は治療不可能です。
こんにチワワ。
もくれん師匠のトンデモ見聞録を読みまして。
SPA!デビューが袋とじとは…
やっぱ持ってますねぇ。
ライジングを通して師匠の書く文章の振れ幅の広さにいつも驚かされていますが、そんな危ない仕事もされていたんですねぇ。
しかし時給2000円換算とは…強かですねぇ。
たった十数年間でこれほどまでに表現の幅が狭まるとは恐ろしいことです。
今もまたセクハラ糾弾が先鋭化し、更に表現の自由は有名無実と化しそうな勢いです。
時代とともに価値観は変わる、というのはわかりますが、議論もなくヒステリーで変わるのはやはり受け容れ難いです。
笹さん考古学の方を学んでいたんですね。
復元された集落とかほぼ想像で任せられるから色々と更新されるとそれがまた否定されると言うことになるから考古学は面白いんですよね。
現日本国憲法は、条文が少なくて解釈が伸び縮みして、一つの憲法で、二十年前の教科書さえ使えなくなるという弊害を道場講義で教えられました。これでは、日本国憲法が複数あるのと同じで異常です。
フランスでは、改憲して統治機構を改変したら、目標が達せられたか事後検証をするといいます。これは、改憲した条文を統一機構として、合意が国民意識ごと無くてはならないと思います。そうでないと事後検証の意見は、何時迄も百家百説で混乱するはずです。やはり、何を国是とするかの構想の共有が大事です。
改憲の際、条文の解釈とは統一機構の一つとして何を意味するか、読解の統一見解の定まっていないとなりません。偏差値の高い者まで、性根が偏向していたりすると、恣意的な解釈をします。
憲法の理念と構想を現実の限界の中で、如何にするかの見識の共有が無ければならない事になります。実現に向けて気が遠くなります。それでも可能な限り国民が、為さなければならないものと思います。
拡大解釈に歯止めをかけ、解釈憲法学の利権囲い込み学者には、楔を打ち込んで、法律学の健全性も取り戻さないとなりません。
怨むべきは障害になるものです。歪曲した性根、偏向して固着したカルト意識、読解力の無さ、理解しようとする向上心の欠如、公共に対して恥を感じる希薄性です。
こういうのとは、多分に性向犯罪者同様、反目しあって、平行線を辿って対立して終わるしかないでしょうね。
袴田事件の再審を認め無い決定が高裁で出ました。それでも拘置に戻さないそうです。再審をするかの審理は、詩織さんの検察審査会と同様にブラックボックスと言います。疑わしい決定です。報道は、この決定を下したのは、東京高裁の裁判長 大島隆明と節々に書いています。どんな決定でも、文字だけでなくて、大きな顔看板の写真と略歴も須らく載せてやった方が良いと思います。問題は安全面ですが、法廷の逆襲をする者は、顔看板に関係無くヤると思いますので、法曹になったら、それなりの覚悟の必要と思います。
自分もどうやら謝ったら死ぬ病のようで、以前から妻に指摘されています。
たぶん家の外に出て、仕事になると謝ることはできると思います。
夫婦間では、軽い話題なら謝れるのに、肝心な時には絶対に謝れません。謝れないことを告白して理解してもらおうという作戦にでましたが、反応はいまいちでした。
自分にとってゴー宣は、情報源でありつつ、自分を省みる機会です。
ライジングは毎週配信なので、まだまだ理解も反省も追いつかない状況ですが背伸びしながらついていきたいです。
以前Q&Aコーナーで答えていただいたこともまだ消化できていませんし、お答えにあった、福沢諭吉の分限を知る、もまだ実感にいたらず、本を読むつもりです。福翁自伝を買って読みましたが、収穫は大きかったものの、分限のこととはあまり関係なく、学問のススメか文明論之概略を読まなければと思っています。