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【連載物語】不思議堂 黒い猫【阿吽】~ふたりの陰陽師編~ /第二話【陰陽師一族】
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【連載物語】不思議堂 黒い猫【阿吽】~ふたりの陰陽師編~ /第二話【陰陽師一族】

2024-10-31 17:50
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    season2~ふたりの陰陽師編~
    第二話『陰陽師一族』

    著:古樹佳夜
    絵:花篠

    第一話 前編
    第一話 後編

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

    雪明の急襲を受け、負傷した吽野の右腕を満月は見る。

    「腕がもげなくてよかったな。胴にくらってたら危なかっただろう」
    「怖いこと言うのやめてくれない?」軽口だろうが、今の吽野にとっては恐怖でしかない。
    「強運だって話さ。とはいえ、呪詛は強力だし放っては置けない。……雪明を探すにも、まずはこいつの手当てだな」
    「満月さん、お願いします。先生を助けてください」阿文の真摯な訴えを聞き、吽野は内心嬉しく思っていた。日頃は尻を叩かれ、時に呆れられ……様々なお小言も受けてきたが、こんな風に大切にされると、阿文が相棒で良かったと思わされる。

    「ついてこい」二人を引き連れ、神社を後にした満月は、脇目もふらずに歩み始めた。どこに向かうのかはっきりはしなかったが、二人はその背中を妙にたのもしく感じた。ノワールのことは気掛かりだったが、今は先を急ぐ。深夜の街はひたすら静かで、不安を掻き立てる。それを振り切るには、ただ黙って前に進むしかない。深夜の商店街を突っ切ったところで、突き当たった大通りでタクシーを拾った。目的の場所は別の街にあるらしかった。


    繁華街の細い路地、そのど真ん中でタクシーは止まった。ライトアップされたいかがわしいポスターや、美男美女の巨大な看板、ネオンに縁取られた怪しげな店名が、吽野と阿文の目に突き刺さる。深夜だというのに道にちらほら通行人がいるし、酩酊した人間が地面を這ったり、舐めたりしている。
    何か嫌なことでもあったのだろうか。阿文はあられもない姿で寝転ぶ酔っ払いたちに思い巡らせた。
    「これ以上は道が細くて無理だから」タクシーの運転手に降りるように促され、満月は勘定をして後部座席に座る二人に合図する。

    タクシーが過ぎ去る音を聞きながら、満月に誘われて脇道を進む。
    路地は生ごみのような腐臭がしている。ちょろちょろと足元を駆け抜けていったのはドブネズミの親子だった。両サイドのビルも壁面が黒ずんでいて、少し擦ったら服に粘性の黒い汚れが付いてしまった。

    「ここだ」急に立ち止まって、満月が振り返る。彼の目の前には押し扉があるのでなんらかの店だとは思うが、看板は出ていない。
    「なんだいここは」訝しむ吽野に構わず、満月は二人の背中を強引に押して店内に入るように促す。
    「俺の店」
    「は?お前経営者だったの?」

    ――チリンチリン

    ドアベルが忙しなく鳴る。
    「いらっしゃ〜い」
    店員と思しき金髪の青年が、携帯に目を落としながら、適当に挨拶した。満月よりも若く、二十代前半か、もしかしたら十代かもわからない。今時の若者らしく、細く小さな顎に、整った眉が印象で、アイドル然としている。唇にはピアスが刺さっていた。

    カウンターと小さなテーブルが二つあるだけの手狭な店内に、客は誰もいなかった。薄くかかっている昭和歌謡は、店の隅に置いてある蓄音機から流れていて、プツプツ不穏な音を立てている。

    「な〜んだ、店長か」
    「なんだとはなんだ」
    「ちゃんと一杯飲んでけよ」

    仲がいいのか、敬語は使わない仲なのか。満月に雑な言葉を投げた後、
    背後の棚から適当なウィスキーボトルを掴んで、慣れた手つきでグラスに注いだ。それから、流れるようにグラスを追加で二つ手に取る。どうやら吽野と阿文の分のようだが、注文も聞かずに同じ酒を注ぎナッツと一緒にテーブルに並べ始める。何もかも、淡々としている。
    店員は三人分の酒を出した後、自分の分もグラスに注いで、グイと煽る。
    おそらく店長である満月のツケだ。

    「その人たち、満月の友達?」
    「そんなとこだ」
    店員はようやく携帯から目を離して、頭からつま先まで二人の姿を見る。
    「もしかして、言ってた狛犬の?人外連れてくる時は、前もって知らせてよ。びっくりするだろ」
    その言葉に驚いた。吽野と阿文の正体を一瞥で察するとは。

    満月と店員が言葉を交わす間、吽野はあたりを見回す。
    背後に大きな藁人形が吊るされていて、天井にはびっしりお札が貼られている。店のディスプレイにしては、悪趣味だ。

    「いい趣味してるね……」吽野が満月に呆れた視線を送る。
    「不思議堂だって大差ないだろ」満月はグラスを煽る。
    「ここね、怪談バーなんだ。界隈じゃ結構有名だよ」
    「怪談バーだって?」
    「酒を飲みながら怪談話を嗜むって趣向だよ」吽野の問いに満月は答える。

    また変なところに連れてきて。平常時ならいざしらず、腕を負傷している今、遊びに来ている場合ではない。内心不安を抱えた吽野だったが、察した満月は、吽野の口から不満が溢れる前に、言い添えた。

    「こいつも陰陽師で賀茂家の直系だぞ」
    「カモちゃんって呼んで」
    青年は笑ったつもりのようだが、口元が歪むだけだった。表情筋が死んでいるらしい。
    「カモさんは先生の手も治せますか?」会話を楽しむ余裕はないと、阿文は矢継ぎ早に切り出した。カモは促されて吽野の腕を一瞥する。
    「げぇ! そんな本気の呪詛、こんなとこに持ってこないでよ」カモはあからさまに嫌な顔をした。その様子を見て、吽野もどうするんだよ、と満月に視線を送る。

    「応急処置は俺よりカモが得意だ」満月が吽野の肩を叩き、落ち着けと促す。
    「それに、安倍の呪いに関しては俺よりも詳しいんじゃないか?賀茂は安倍の師匠すじだろ?」
    「安倍ってことは……この呪詛、同業者の仕業? 道理で強力なわけだ。相当腕利きなんじゃない?」
    「これをかけたのは雪明だ」満月が答えると、カモの表情は変わった。
    「雪明が……? 適当言うなって。奴は死んだだろ」
    「そう思ってたんだがな」満月はグラスの中のものを飲み干して、カウンターに置いた。少なからず、満月も動揺を感じているようだった。
    まさか、三人が見た白い青年は、幽霊だったのだろうか。店内に数秒の沈黙が走った。

    「仕方ない。見せてみな」カモは仰々しく、業務用のビニール手袋を両手にはめてから、吽野の腕に触れる。さっと検分して、カウンターの下から札を取り出すと、吽野の腕に湿布のようにビタリと貼り付ける。その衝撃を受けて、大袈裟に痛い痛いと吽野は唸った。阿文は「あんまり騒がないでくれ、恥ずかしい」と嗜めるが、カモは構わないと言い放った。淡々と処置を進めていき、腕に包帯を巻いていく。程なく処置は終わり。カモは飲み途中だった自らのグラスに口をつける。

    「はい、いっちょあがりだよ」
    「あれ……痛くない」吽野は驚いて、自らの腕をまじまじと見る。
    いっときはジクジクと痛んでいたのだが、カモの施した治療は効果てき面だった。安心したのも束の間、カモは言い添えた。
    「この呪詛、術者じゃないと解けないと思うよ。全身腐る前に、さっさと雪明を探したほうがよさそうだね」
    カモの言葉は吽野に容赦無く突き刺さる。そうなのだ。状況は余り好転していない。二人の主人も瀕死の状態で、状況は想像以上に悪い。
    問題解決の鍵を握るのは、安倍雪明だけ。けれども、
    どこにいるのかも検討がつかない。吽野は、彼のことを何も知らないのだから、探しようもなかった。

    「先ほど雪明さんは、満月さんの幼馴染だと仰ってましたよね?」
    先に切り出したのは阿文だった。雪明のことを改めて聞き出そうと、満月に迫る。満月の顔が曇る。そして、何事か思い出したのか
    苦い表情で唇を噛んでいた。
    「奴のことを話す前に、俺たちの家のこと――陰陽師である蘆屋家と安倍家の因縁について、話しておこうか」
    そう言って、満月はおもむろに語り出した。


    「平安の頃より、陰陽師を生業とする安倍家と蘆屋家は意識し合う仲ではあったが、物語に描かれるような敵対関係はなかった。現に、俺と雪明は同い年で、生まれた頃からの馴染みだった。お互い期当主候補でもあったし、ガキの頃は切磋琢磨して、よく遊ぶ仲でもあった」
    「どっちかが女なら結婚してたんじゃない?って、周りが噂するくらい、ベタベタでさー」同じく、カモも陰陽師一家であるから、満月とは馴染み深いことが窺えた。カモの言葉を、満月は寂しそうに受け止め、ありし日の記憶に「そうだったな」と微笑んだ。
    「俺はあんま好きじゃなかった。いっつも薄ら笑いを浮かべてさ、妙に含みのある喋り方も油断ならない」
    「カモとは相性が悪いだろうな」親友の悪口に腹を立てることもなく、満月はカモの評を笑い飛ばしていた。

    案外仲良くやってたのか、意外だなと、吽野が感想を口にすると、
    「同業のよしみというのもあるし、共通の敵によって結束していった歴史もある」
    「共通の敵、というのは……?」阿文が尋ねると、満月は居住まいを正した。
    「その名を、厭魅丸(えんみまる)。強大な悪鬼だ。
    元を辿れば呪詛の塊で、平安の昔から今に至るまで、その遺恨は残り、また新たな呪詛を生み出している」
    「平たく言うと、『祟り』ってやつね〜」グラスにウィスキーを注ぎ、ほろ酔いで上機嫌になっているカモが付け加える。

    「これも鬼の祟りさ」満月は自らの目を指さして言い放つ。
    「その青い目が?」阿文が覗き込む。
    「千里眼とか言ってなかったか?」居酒屋での話を覚えていた吽野が訝しむと満月はうなずいた。
    「『青眼』というのを知っているか。その昔、安倍晴明が白蛇から授かったとされるもので、これを持つものは獣の声を理解し、未来予知ができるという。この目を安倍家から譲り受け、蘆屋は今日までその恩恵を受けているのさ」
    遡ること平安の末期。厭魅丸に対峙した当時の蘆屋の当主は、戦いに敗れ
    目を負傷した。呪詛が両目の眼球を溶かし、たちまち眼玉は爛れ落ちた。
    そして、二度と光を見ることはなかったという。以来、蘆屋家当主候補の嫡男は、先天的に失明している。
    これを補うために協力したのは安倍家当主だった。 晴明が貰い受けた貴重な『青眼』を、友人である蘆屋家に譲ったのだという。

    「とんだ災難をもらってんな」想像以上の困難に、吽野は同情の念を抱く。当事者の満月はあっけらかんとして、「陰陽師であれば、多かれ少なかれ呪詛の影響は受けているものだ」と受け流した。
    「同業の中で最も深刻なのは、安倍家じゃない?」
    聞いていたカモが投げかけると、満月も同意だと頷く。
    「安倍一族も厭魅丸の呪詛をもろに受けてるからなぁ」
    「どんな祟りを受けているのですか?」興味津々の阿文は、満月の方を窺った。人の不幸を喜ぶものではないと頭では理解しつつも、陰陽師の過酷な世界を垣間見れるとあって、気持ちは抑えられていなかった。それを察してか、満月も小さく笑って答えた。
    「吽野のソレに似た感じだな」今や包帯でぐるぐる巻きになった吽野の腕を一瞥し、嫌なことでも思い出すように言い淀んでから言葉を続けた。

    「痣が全身を浸食して衰弱する呪い。安倍家嫡男は短命の呪いに今も苦しんでいる。雪明も若くして死んだ。十九の年だった」
    安倍雪明という人物は、赤ん坊の頃から病気がちで、呪詛が障りとなって最期は衰弱死した。生まれながらに右腕に大きな黒い痣を持っていたという。
    ぽつぽつと語る満月は少し気落ちして見えた。グラスの酒をじっと見つめたまま、二人での思い出を思い返した様子だった。多感な時期に失った友であるのだから、心痛は察するに余りある。阿文は面白がったことを申し訳なく感じていた。

    「雪明は短命だったが、力の強い陰陽師だった。厭魅丸の調伏の意志を
    俺に託して逝ったんだ」
    「なら、どうして俺に式神をけしかけたんだ?」吽野は困惑する。
    満月が言うことがたしかであるならば、神社で傷を負わされた状況とは
    真逆のことをしているのだ。

    満月は顎を擦り、考えを巡らせていた。
    「あれは、本当に雪明か……俺にはわからない」
    「わからないってなんだよ?」はっきりしない答えに、吽野はつい声を荒げる。
    「見た目は雪明だったの?」質問を投げかけたのはカモだった。
    「そうだ。あれには実体もあった。しかし、中身が……何とも言えないな」
    口ぶりから、満月自身も確信は得ていないようだったが、カモが一つの推測を口にする。
    「……厭魅の術……反魂を試されたとか?」
    「俺もそれを疑っている。だが、誰がなんのために?」
    満月とカモは揃って首をひねった。

    『厭魅』……その言葉の意味は、『呪い殺すこと』。人形など形代を用いて、対象を呪う行為そのものであり、陰陽師が得意とする技だ。そこに、屍人の魂を呼び戻す『反魂の儀式』も加えて、何者かを呪い殺すための屍鬼を作り出したのでは、と推測をしているのである。
    「雪明ってのはゾンビ野郎なのか?そんな奴が、どうやって俺の呪いを解けるんだよ……?」吽野は言いようのない不安から、満月の袖を掴んだ。
    「安心しろ。奴は見た感じ、陰陽師としての役割を果たしている。でなきゃ、こんな高度な呪詛はかけられない。かけた呪詛なら解くこともできる。また雪明と戦う必要はあるだろうが……」
    「要は打ち負かして、解かせればいいのですよね」阿文が尋ねると、満月はそうだ、と頷いた。吽野はあんぐりと口を開ける。
    「簡単じゃなさそうだがな。あんな物騒な妖怪を操るなんて、あいつこそ化け物じみてる」
    「……たしかにな。雪明の力は衰えてないどころか、むしろ生前よりも増しているように見える。反魂の術の影響なのかは不明だが。
    ともかく、俺一人で太刀打ちはできるかは、正直五分だ」
    「おいおい!」必死の形相で、吽野は突っ込む。今の生命線は、悔しいが満月の存在なのだ。弱音を吐かれては困る。

    「ただし、お前らが俺に協力して戦う気があるなら、勝機は十分にあるぞ?」満月は不適な笑みを二人に向けた。とたん、察した吽野はゲッとカエルが潰れたような声を漏らした。
    「もしや、さっきの要領で、満月さんの式神になれば、ということでしょうか」
    「わかっているじゃないか」大きく頷く満月に、吽野はブンブンと首を横に振って抵抗する。
    「冗談じゃない!あんな手荒なこと、許されていいはずないだろう!俺たちは神の遣いだぞ。主人以外の人間の思い通りに動くものか」
    「先生。背に腹は変えられないだろう」騒ぐ相棒とは真逆で、阿文は満月の提案に賛成していた。過去に助けてもらった満月への厚い信頼がそうさせるのかもしれない。
    「でもさ、阿文クンも見ただろう?四つ這いになって、化け物に齧り付かされて……酷い目に遭ったんだ」
    「まあ、慣れない戦い方ではあるな」
    「そうさ。陰陽師とは相性が悪すぎる。全然息が合ってなかった」
    「練習が必要なのは確かだな」満月はチラとカモの方にも視線を向ける。ああ、そういうことかと、カモの方も心得たようだ。
    「言ってなかったかもしれんが、カモの式神遣いは大したもんだ」
    「はぁ?」吽野が怒気を含んで対抗すれども、陰陽師たちは意にも介さない。カモはどこからともなく取り出した馬用の鞭を両手で持ち、しならせながら歪んだ笑みを浮かべた。
    「管狐の調教ならお手のものだが、犬はな……どこまでできるのやら」
    「ひっ……!」尖った息を漏らし、吽野は阿文に縋り付く。
    「先生、これも試練だ」

    式神としての厳しい修行が今まさに始まろうとしていた。

    【第二話 了】
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