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記事 4件
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (2)

    2013-09-25 00:00  
    「おれを、救う?」 久鬼が、つぶやく。 久鬼の眸に、さらに光が点る。「ああ……」 久鬼は、溜め息のような呼気を吐いた。 一度、二度、眸を閉じたり開いたりした。「夢を、見ていたようだ……」 視線を、周囲にめぐらせた。「長い、夢だ……」 腕を持ちあげる。 その腕を眺める。 左右の手を。 そして、指を。 指先を。 その眸が、自分の身体に移ってゆく。「夢じゃ、なかったのか……」 溜め息とともにつぶやく。「それとも、まだ、夢を見ているのか……」 月光の中に、久鬼は、白い腕を差し伸ばし、そして、「ずいぶん、楽しい夢だったような気がする……」 謡(うた)うように言った。「悪夢であったような気もするが、それはそれで、悦びに満ちたようなものであったような気もするのですよ、九十九……」 久鬼の視線が、九十九にもどった。「何故、救うのです?」 久鬼が言った。「何故、このぼくを、救わねばならないのです……」 ゆっ
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (1)

    2013-09-18 00:00  

       九十九は、その獣の正面に立っていた。 無数の首が持ちあがり、無数の眼が九十九を見ていた。 しかし、同時に、同じくらいの無数の首と口が、 げええ、 がああ、 血肉の塊(かたま)りや、何かわからないどろどろとしたものを吐き出し続けていた。 幾つかの口が、体内に溜っている毒素を、赤黒い鶉(うずら)の卵ほどの大きさのものにして、吐き出しているのも、これまでと同じだ。 だが、それらは、この獣の無意識がやっていることのように見えた。 たとえば、それは、心臓の脈動のようなものだ。 たとえば、それは、肺の呼吸のようなものだ。 あるいはそれは、歩行のようなものだ。 心は何か別のことを考えていても、それらの臓器や脚は、自分の動きを続けることができる。 しかし、その獣の本体、その意識は、今、はっきりと九十九に向けられている。「久鬼、おれだ。九十九だ」 九十九は言った。 と―― その獣の中心あたり。 獣
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 7

    2013-09-11 00:00  

       何故、宇名月典善(うなづきてんぜん)がここにいるのか。 龍王院弘(りゅおういんひろし)はそう思った。 自分の方が、かつての師、典善にそう問いたかった。 自分が、典善のもとから去ったのは、このままでは、いつか自分はこの師と闘うことになると考えたからだ。 言い出したのは、典善からだ。 出てゆけと言われたのだ。 このままじゃあ、おめえを殺しちまうかもしれないと、そういうことを言われたのではなかったか。 ちょうどよかった。 龍王院弘自身も、似たようなことを考えていたのだ。 闘ったら、どうなるか。 負けるとは思っていなかった。 しかし、勝てるとも思ってはいなかった。 だが、このまま一緒にいれば、ある時、ふいにその瞬間が来てしまうような気がした。 その結果、自分は典善を殺してしまうかもしれない。 逆に、自分が典善に殺されてしまうかもしれない。 そういう闘いになるであろうということはよくわかっ
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 6

    2013-09-04 00:00  

      (わたしの名は、ツオギェル) その声はそう言った。 中国語である。 巫炎(ふえん)の言葉のイントネーションから、中国語を母国語とする人間であると考えたのであろう。 ツオギェル!? あの、ツオギェルか。 巫炎は、その名を心の中で繰り返した。(あの狂仏(ニヨンパ)修行僧のツオギェルか) 巫炎もまた中国語で言った。(それを知るあなたは?)(おれの名は、巫炎。わかるか?)(わかります。まさか、巫炎、あなたが何故ここに?) 高音域でのふたりの会話は、保冷車の運転手である池畑辰男(いけはたたつお)の耳には届いていない。 声の主、ツオギェルが、保冷車にかなり近づいてきているのは、巫炎にはその声でわかった。(ツオギェル、今、久鬼麗一(くきれいいち)が、おれの息子が撃たれた)(承知しています)(細かい話は後だ。おれは、檻の中だ。ここから出してくれ、ツオギェル。保冷車と檻の鍵は、運転手が持っているはず