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キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 5
2013-08-28 00:005
それは、そこにいた。 上から、木洩れ陽(こもれび)のように注ぐ、青い月光の中だ。 幸いにも、こちらが風下(かざしも)だ。 音も、匂いも、向こうへは伝わりにくい。 草の中にうずくまり、一本の橅(ブナ)の幹に身体の一部を預けている巨大な獣。 グリズリーよりも、ホッキョクグマよりも、肉の量感のあるもの。 幾つもの翼がある。 何本もの腕や、脚が生え、それには獣毛が生えている。 獣毛が無く、鱗のある部分もあった。 鉤爪(かぎづめ)。 羽毛。 そして、幾つもの頭部。 口。 嘴(くちばし)に似たものもある。 蛇のようにゆるくのたうつ、腕とも脚ともつかぬもの。 ぐるるるるる…… るるるるるる…… チ、 チチチ、 チチチチチ…… 低く唸るような声。 囀(さえず)るような声。 そして、無数の口がたてる、荒い呼吸音。 普通、吸気の時は身体がふくらみ、呼気の -
キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (4)
2013-08-21 00:00「人は、愚かだ」 吐月はまた、少し笑ったようであった。 「例外はない」 「ありませんか」 「ないね。人は皆、誰も愚かだ。人を好きになる、人を愛するというのは、その愚かさごと愛するということなのだよ」 わずかに沈黙があった。 風が、頭上で、葉を揺らす音、足が落葉を踏む音ばかりが、しばらく響いた。 「わたしは、人が好きなのだ」 吐月は言った。 「その、愚かな人がね……」 先を歩いていた吐月が、足を止め、九十九を振り返った。 「その愚かさ故に、人はまた、何かを求めてしまう。求めずにはいられない。あの頃と同じだったよ、久鬼玄造は……」 吐月は、また、歩き出した。 「まだ、終ってない。まだ、激しい。陳岳陵のままだ。まだ、あの男は、求めている――」 「何をでしょう」 「さあ、何だろうね……」 吐月は、ゆるゆると歩いてゆく。 「わたしもまた、愚かだ。もちろん今もね。だから、こうして、今、歩 -
キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (3)
2013-08-14 00:00吐月―― かつて、本気で覚者になろうとした男だ。 高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。 「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」 カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。 そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。 チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。 解剖学的には存在しない存在だ。 瑜伽(ヨーガ)においては、上から順に、次のように呼ばれている。 頭頂にあると言われている王冠(おうかん)のチャクラ、サハスラーラ。 眉間(みけん)のチャクラ、アジナー。 咽喉(のど)のチャクラ、ヴィシュッダ。 心臓のチャクラ、アナハタ。 臍(へそ)のチャクラ、マニプーラ。 脾臓(ひぞう)のチャクラ、スワディスターナ。 -
キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 4 (2)
2013-08-07 00:0017落葉を、踏んで歩く。 紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。 九十九(つくも)の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。 枯れ葉の匂いではない。 落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。 枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。 灯りは消している。 森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、「消そう、九十九くん」 吐月(とげつ)がそう言ったのだ。「月明りがある」 満月でこそないが、それに近い月だ。「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」 吐月の言葉には、説得力があった。 それは、自身が、こうい
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