橋本元中国大使が死去したと、外務省関係者から連絡があった。
1972年日中首脳会談に現場にいた田中角栄首相、大平外務大臣、橋本中国課長と日本側関係者がほぼなくなった。
「外務省員の仕事は結果で判断してもらえればよい。それに一々解説しない」という姿勢を貫き、日中国交回復交渉の実質的舞台回し役であったが、ほとんど話していない。昨年であろうか、NHKに7時間にわたる取材をし、その後体調を崩したと言われているので、我々の知らない証言はNHKにあるかもしれない。
数少ない発言の中で、例外的に詳細に述べている部分がある。
日本政府は尖閣諸島の棚上げはないと言っているが実は存在する。
この部分を『小説外務省―尖閣問題の正体』に書いた。
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西京寺はこの問題に何か決め手がないか調べ始めた。田中首相も大平外務大臣も、
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小説外務省を読み終えました。
棚上げ論はないという非当事者に聞きたいことがある。当事者がどんどんなくなられていくとき、
①「ない」という根拠はどうしたら導き出せるのか。尖閣問題で明らかに日中対立していた時、日中国交回復、日中友好平和条約だけが先行して進む訳がないと見るのが、正常な見方でしょう。どうしてすすめられたのか。
②国益重視の考え方で見るとき、原発廃止では、命より経済性、経済の発展を志向しながら、対中国外交関係になると、経済性を無視してしまう。米国と真逆のことをするメリットがどこにあるというのか。日中友好条約を結び驚異的発展を遂げていたのに、経済の発展を無視、ドイツに漁夫の利を得させ、無用な対立をあえて惹起させるメリットは何かということである。
③米国追随なら米国追随、自主外交なら自主外交と基本方針を明確化せず、いたずらに方針なき方針を方針とすると、日本の展望が見えず、思想的にも経済的にも国民の民度が劣化していくばかりでしょう。馬鹿な指導者に導かれる国民ほど哀れなことはない。
率直に言って、「棚上げ」ですべて解決という訳にもいかないことも事実でしょう。対立を避ける次善策かもしれませんが、具体的に領海の問題や資源開発の問題を話し合う必要は出てくると思います。重要なことは一方的に自国の利益ばかり主張しないことと、相互利益を図ることです。そして自分の主張ははっきり相手にわかる形で伝える必要があります。「棚上げ」で「あいまい」にすべてを解決ということはありません。どのように考え、どうしたいのか、自国の統一見解をまとめあげる必要があります。そして相手の主張もきちんと聞いてあげることです。多分、そうでなければこれからは一歩も前には進まないと思います。
こうやって書いてみると当たり前のことなのに、そんな当たり前のことがどうして今までできなかったのだろうと逆に不思議です。存在しないという前提にたっているからそうなるわけで、それを具体的に自国の利益に活かしていこうという姿勢がなかったからだと思います。結局今までの意識が低すぎて、次の時代を担う存在にはなりえない意識だと言うことです。そしてそれをそこにとどめてしまっていたものがなんであるのかよく考える必要があろうかと思います。
もちろん、これまで通りで構わないということでもいいですよ。それが選択の結果ならそうなのでしょう。結局すべて選ぶ側の問題だと僕は思います。
中国は棚上げがあったと証拠を沢山出していて、一方、日本にもこのように沢山状況証拠があり、「有無」と観点から言えば日本は完敗です。それでも「無いと主張するこ」ことは孤立全体主義に向かっている日本の日本語の世界では通じるかもしれませんが、日本の最高級の外交官の技術をもってしても国際的には無理でしょう。
そんなことより、このような理不尽なゴーマニズムを国際的に主張して行けばいくほど、収まりがつかなくなり、「村山談話や河野語録を引き継ぎますよ」と言うだけでは済まなくなるのではないかと心配します。つまり、私が浄土真宗徒ですから思うのですけど、親鸞聖人が最後に到達した悪人救済の道「良き師につき、深く懺悔する」に従う以外の方法では、東アジア人民の承諾を得られなくなるという恐れなんですけど。とにかく、武士道精神どころか基本の倫理観をも喪失した昨今の日本人ですからね。
傲慢という言葉は難しいですね。立場を入れ替えればお互いにそう思うのでしょう。ただ自分のことを考えての発言か、自分以外のことを考えての発言か、違いはそこだけです。そして現実の力を持っているのが、自分のことを考える人々ということです。
選択はシンプルです。テレビゲームで遊ぶのか、それを自分のためにそして世界のために活かす決断をするかです。決意があれば発言も自ずと変わってくると思います。馬鹿げていますか?ならば今の現実のありようはどうでしょうか?
倫理観がないとの批判は甘んじて受けます。僕にはそういう倫理観はありません。何が悪いのかもわかりません。むしろ批判する人間はどうして欲しいというのか?そして自分は倫理にかなったことをしてきたのか問いたいですね。