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重ねて、ラディカル/リベラルフェミニスト問題について(再)
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重ねて、ラディカル/リベラルフェミニスト問題について(再)

2021-09-19 18:05

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    『Daily WiLL Online』様で例のフェミサイド関連の記事が掲載されました。
     先日、容疑者が供述をひるがえし「殺意があったかわからない」などと言い出し、フェミサイドであるとはいよいよ言い難くなっていくばかりの本件ですが……。
     さて、今回の再録は「ラディカル/リベラルフェミニスト」について。
     当記事を書いたのは丁度三年前、2014/10/03です。
     もう七年前から、この問題については全く理解が得られないままでいますが、実は近年、新事実が浮上してきました。本稿も間違ったことは全く書かれていませんが、少々の補足が必要だとのことで、近く対策を発表する予定ですので、予習のためにも読んでいただけると幸いです。
     では、そういうことで……。

    *     *     *


     ぼくは時々、オタク界隈で流布している「ラディカル/リベラルフェミニズム」の定義は誤りである、と指摘してきました。
     概要は以前の記事、「2012年女災10大ニュース」の「【第2位】ラディフェミ/リベフェミ論のウソがバレる」に書かれています。
     そうした主張をするのは、オタク界のフェミニズムに親和的な層であるように思うのですが、彼らの言動を見ていくと、彼らはラディフェミを「ポルノに文句をつけるフェミ」、リベフェミを「表現の自由を重んじるフェミ」と理解していることがわかります。つまり、「ラディフェミは敵、しかしリベフェミは味方」といった区分けがなされていたわけですね(以下、このようなスタンスに立つ人々を「ラディ/リベフェミ論者」と呼称します)。

     が、両者を調べてみるとそうした区分は誤りであることがわかります。
    岩波女性学事典』の両項目を見てみましょう。

     リベラル・フェミニズム

    自由主義を援用した最も長い歴史を持つフェミニズム.
            
    彼女たち(引用者註・リベラルフェミニスト)は,意識・教育改革,労働による自立,民事的・政治的権利の獲得,結婚・家庭の変革といった,市民革命期の思想を超える諸問題を提起し,19世紀末には当面の課題を女性の参政権に絞っていった.
            
    この頃(引用者註・20世紀後半)新たに登場したフェミニズム諸派が過去のフェミニズムと異質であることを強調するために,(中略)この名称が使われ,一般化していった.


     ラディカル・フェミニズム


    性抑圧をあらゆる形態の抑圧の根源とするフェミニズムの一潮流.1960年代後半アメリカで登場し,ヨーロッパ諸国や日本に急速に波及,第二派フェミニズムの源流とされる.“個人的なことは政治的である”というスローガンに代表されるように,“家族,個人生活など私的領域における“性による差別や抑圧を告発し,それを家父長制と命名,批判した.


     おわかりでしょうか。
     歴史的にはリベフェミが先行し、その後、ラディフェミへと発展していった。
     つまりリベフェミに「リベラルなフェミ」という意味はなく*0、また「ラディフェミ」も別に「ラディカルなフェミ」という意味あいでは、特にないのです。
     そしてまた、ジェンダーフリーなどを推進しようとする現代の(少なくとも日本の)フェミニズムは、「“家族,個人生活など私的領域における“性による差別や抑圧を告発」するラディカルフェミニズムである、と考えざるを得ません。
    新版フェミニズム事典』(明石書店)では

    ジェンダーによる男女の差異は,「生まれつき」のものとみなされてしまっているので,通常は意識されることも問題視されることもないけれども,それが私たちの生活のすべてを構築しているということを見抜くことからラディカル・フェミニズムは始まった。


     と更にストレートな記述がなされています。
     またラディカルフェミニストのグループ「ニューヨーク・ラディカル・フェミニスツ」はその宣言「エゴの政治学」において、そもそも女性への抑圧の原因を経済システムに求めない、それを改善することで女性が解放されるとは考えないと主張し、

    女性の抑圧は諸制度のなかに明示されており,それらは女たちをその居場所にとどめておくために構築され,維持されている。その制度とは結婚,母性,愛そして性交である(家族単位はこれらによって統合されている)。これらの制度を通じて,女たちはその生物学的性差と全面的な人間としての可能性とを混同するように教えこまれる。


     とまで言っています。
     こうした主張は、今の日本のフェミニストが口を揃えてしているところではないでしょうか。

     一方、リベフェミは「過去のフェミニズム」です。ファースト『ガンダム』の放映当時、「ファーストガンダム」という呼称が使われていたわけがないのと同様、そもそも「リベラルフェミニズム」自体が後年の命名で、「リベフェミ」を自称するフェミというのは基本、いないのですね。ぼくはツイッター上などで度々、「乱暴に言えばもう滅んだフェミだ」と形容してきましたが、改めて調べて見るとその説明が乱暴でも何でもないとわかったわけですw
     ある種、過去のフェミニズムを批判的に見るためにわざわざ作られた造語である以上、目下リベフェミを名乗る人は、現状の(ジェンダー論などを基調とする)フェミニズムに対してかなり批判的な、(復古調の?)フェミニズムを唱えていないと平仄にあわないのではないでしょうか?

    *0 ここはちくわさん()に「自由主義を援用したフェミニズムなのにリベラルと関係がないとはどういうことだ」と指摘されました。確かに言葉足らずです。
    「古典的な自由主義の派生との意味で、今日的なリベラルと直接のつながりがあるというわけではない」とでも、訂正しておきます。事実、以下の藤本師匠の発言などを見てもわかる通り、オタク界ではラディ/リベフェミをラディ/リベな思想を持つフェミ、とでもいった(間違った)意味あいで使用する人が多いのです。

     では、何故オタク界ではこれら定義とは明らかに異なる風説がまかり通っているのでしょうか。
     ぼくは今までもこうした風説を支持する人々と話してきましたが、彼らはどうもネトウヨのようで(註・皮肉)専らネットでの、殊にウィキペディアでの記述を根拠にしていました。
     では、そのウィキの記述を見てみるとしましょう。

     リベラル・フェミニズム

    リベラル・フェミニズム(英: liberal feminism)は、男女平等は法的手段や社会改革を通して実現可能であり、集団としての男性と闘う必要はないと主張する、フェミニズムの一形態である。
           
    この伝統につらなるフェミニストとしては、メアリ・ウルストンクラフト(女性の権利の擁護)、ジョン・スチュアート・ミル(女性の隷従)、第二波フェミニストのベティ・フリーダンなどがいる。ナディーン・ストロッセン(英語版)もリベラル・フェミニストである。


     ラディカル・フェミニズム

    ラディカル・フェミニズムは、1970年に出版されたケイト・ミレットの『性の政治学』と、シュラミス・ファイアーストーン(英語版)の『性の弁証法』を思想的支柱とする。
    ミレットは、「家父長制」を男性が女性に性的従属を強いるシステムであると定義し、これが私的領域から公的領域に至るまで影響を及ぼしていると批判。男女の性差は家父長制の産物であるとした。
           
    ラディカル・フェミニズムを端的に象徴するものとしてポルノグラフィ撲滅運動がある


     これら説明の中に、明確に「ウソ」と呼べるものは恐らくないと思います。
     しかしリベフェミの項を見れば一目瞭然ですが、ウルストンクラフトは18世紀の人物、ミルは19世紀の人物の上、(確かに女性解放についての著作はあるのですが、一般的には)フェミとは言い難い人物、フリーダンは1960年代の人物で、後年はフェミニズムに距離を置くようになった人物のようです。
     つまりネット言説で採り上げられる「リベフェミ」が決まってストロッセンであることか象徴するように、現時点で「リベフェミ」と呼べる人は、大変に少ないのです(ストロッセンについてはぼくも不勉強なので、ひとまず保留させてください)。
     一方、ラディフェミの項を見ると(上はさわりを引用しただけですが)、アンチポルノ運動について妙に事細かな記述がなされています。こうした説明では必ず、アンチポルノ派であるアンドレア・ドウォーキンやキャサリン・マッキノンがラディフェミの代表として挙がります。むろん、それはそれで別にウソではないのですが、既に見たようにラディフェミというものは、必ずしも「アンチポルノ派のフェミニズム」を意味しないのです。
     ついでにウィキの「フェミニズム」の項を見ると、

    フェミニズムは、近年、リベラル・フェミニズムと、ラディカル・フェミニズムとが対立している。


     とあり、どうにも不自然です。
     これもまた明確な「ウソ」ではなく、どこかでそうした対立はあるのかも知れませんが、リベフェミは今となっては例外的な存在とする他なく、特記するほどに対立が大きいとは、考えにくい。
     つまり、これらの項の編者は先に挙げた「ラディフェミは敵、しかしリベフェミは味方」といったイメージへと、読者をミスリードしているようにしか、ぼくには思えないのです。

     彼らの主張の奇妙なところは、アンチポルノ派「ラディフェミ」を敵とし、ポルノに寛容な「リベフェミ」を味方としながら、実際には後者は存在しないも同然だと言うこと。むしろ、彼らと親和的な(というか、現代の日本の全ての)フェミニストたちはラディフェミだとしか思えない点です。
     以上からはある種の「確信犯」的な意志を、感じずにはおれません。
     善意に解釈するならば、これらは故意に流布されたものではないかも知れません。当初は先に挙げたドウォーキン、マッキノンなどがラディフェミであると知った誰かが短絡し、「ラディフェミは敵!」そしてまた、リベフェミを単純に「リベラルなフェミ」と解釈して、「しかしリベフェミは味方!」だと言い出したことが広がったのかも知れません。
     が、今となってはそれが訂正できないところにまで広がってしまった……という、ジャイアンたちに大見得を切ってしまったのび太君状態にあるのではないでしょうか。
    (もっとも本稿を最後までお読みいただいた方は、そうした好意的な解釈は怪しい、とお感じになるかも知れませんが……)

     さて、話が前後しますが今回、この話題を蒸し返したのはtogetter「日本のフェミニズムは「男なんて死んでしまえ」と主張する運動らしい」での議論(?)がきっかけです。
     ぼくが「日本のフェミニストはほぼ全員ラディカルフェミニストだ」と主張したところ、それを認めまいとする人々ともめてしまったわけです。
     きっかけとなった人物は必ずしもこちらに対して攻撃的な態度を取っていなかったため、ぼくは「ではあなたの主張のソースをお教え願えないか、そうしたらこちらもソースをお教えする」と申し出ました。ネット上の「ラディ/リベフェミ」論者には、こちらが引用元を提示して説明をしてもそれをスルー、こちらの書き込みを消してしまうといったいささか誠意に欠ける対応ばかりをされてきたから(そしてまた、その人物はそれに比べて冷静に見えたから)です。
     が、彼は幾度質問してものらりくらりと言語を左右にし、ボーヴォワールの『第二の性』を読んだ、などと答えるばかり。「ボーヴォワールの本に日本にリベフェミがいると書かれているのか」と問うと「いやラディフェミの定義の話だ」などと返してきます。
     彼は不誠実な人間には見えず、これは天然の対応なのでしょう。
    「アッチの世界」に行った人は往々にして「アッチの世界」の常識と「こちらの世界」の常識との整合性を保つため、脳内に「1+1=2だが、同時に1+1=5でもある」といった二重基準を設けると言いますが、何だかそれを連想させる話です(そもそもボーヴォワールの著作におけるラディフェミの定義を見れば、「ラディ/リベフェミ」論者の主張がおかしいことは、恐らくわかるはずなのですから)。
     そうする間にもtogetter荒らしとして有名なちくわさん()が「相手に下駄を預けるとは卑怯だ、言い返せない証拠だ」などとわめき始め、また別な人物がよりにもよってぼくが以前、ラディ/リベフェミ論者のウソを説明するためにまとめたtogetterを根拠にこちらに反論、という意味のわからない振る舞いをした挙げ句(このわけのわからなさ、何だか加野瀬未友を思わせます)、森師匠とのトラブルを根拠にこちらを詰り出すという異常事態にw
     ぼくは藤本由香里師匠を「リベフェミ」とするのはさすがにウソだ、と主張したのですが、後者の人物は実際に藤本師匠に質問し、答えを引き出してきました(この行動力は敵ながらあっぱれだとは思いました)。
     以下、ちょっと師匠とのやり取りを引用しましょう。

    薫@ヤサグレちう@AstarteLilium
    @honeyhoney13 突然申し訳ありません。実は、藤本由香里氏はリベラルフェミニストではないと言う人がおりまして。
    ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4…
    このwikiや著作、言動を見てリベラルフェミニストだと思っていたのですが、わからなければ直接お聞きすればと思いいきなりで失礼かと思いましたがリプさせてもらいました。お時間のある時でかまいませんのでよろしくお願いします。
    https://twitter.com/AstarteLilium/status/517370655164362752
    https://twitter.com/AstarteLilium/status/517370951294783488


    藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @AstarteLilium 名付けは自分でするものではないので、何がリベラルフェミニストなのかそう呼ぶ定義はわかりませんが、一般思想としてはリベラルです。ラディカル・フェミニストでないことは確かです。基本プラグマティストなので、そこまで原理的ではないし、原理を最優先はしません。
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/517373822157475841


    兵頭新児@hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium 失礼します、先の@AstarteLilium氏と議論していて「藤本氏はラディカルフェミニストだろう」と主張した者です。
    厳格な定義があるわけでない以上、「私は/あなたは○○フェミだ」と断言はしにくいとは言え、「性抑圧をあらゆる形態の抑圧の根源とする」というラディフェミの通念からすると家父長制、ジェンダー概念を重視するフェミニストはラディフェミ、とするのが自然であり、ならば当然藤本氏も、という気がするのですが、いかがでしょうか。(https://twitter.com/hyodoshinji/status/517539844717682690
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/517539906596245504


    藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @hyodoshinji @AstarteLilium 思い込みは勝手ですが、私はそういう立場を取っておりません。
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/517703693383114752


    兵頭新児@hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium どのような立場をお取りでしょう?
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/517733789112360960


     藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @hyodoshinji @AstarteLilium すでにお答えしました。
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/517914518131728385


    兵頭新児 @hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium ぼくがその「お答え」に質問した、というのが順序なので、それにも「お答え」いただきたいのですが。「思い込み」とおっしゃいますが、ぼくもフェミニズム事典の類で調べて申し上げたので、そんなにヘンなことは言ってないと思うのですが。
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/517924416986947584


     現時点では、藤本師匠からの返信は途絶えております。
     質問者は当人の言質を取ったぞと勝ち誇っていらっしゃいますが、以上をお読みになったみなさんは、いかが思われたでしょうか?
    「名付けは自分でするものではない」のだが、自分は「ラディカル・フェミニストでない」。
     う~ん……。
     また、師匠の発言を見ると自分は「一般思想としてはリベラル」だ、「原理的ではない」とおっしゃるなど、「ラディ/リベフェミ」を単なる「ラディ/リベな思想」と読み替えていらっしゃるような……。

     結論めいたことを書いておくならば、ウィキの文章も明確なウソと呼べる部分は少ないと思います。藤本師匠の項を見ると彼女を「リベフェミ」としており、これもどうかと思うのですが、「絶対的な定義はない」という意味においては、ウソではないと言えるかも知れません。
     が、問題は先に書く通りこれら記述(やネット上の論者の発言)が「フェミニストたちはアンチポルノ派ではない」との風説の流布という一定の目的を持っているようしか、見えないことです。
     オタク界のトップはフェミニストたちとやたらと仲がよく、上野千鶴子師匠などを度々持ち上げる。しかし師匠もまた、ポルノを全否定する発言をあちこちで続けている*1。また、オタク界を代表する藤本由香里師匠もドゥオーキンを肯定的に引用している*2――既にブログでも何十回と書いているかと思います。

    *1「夏休み千田有紀祭り(第二幕:ゲンロンデンパ さよなら絶望学問)
    女ぎらい――ニッポンのミソジニー」を参照。
     彼女が一貫して売買春全否定派であることがわかります。
    *2「快楽電流

     恐らく藤本師匠も、漫画表現を守ろうという気持ちそれ自体にウソはないと思います。
     が、ポルノを女性差別的であるとするフェミニズムの思想と「表現の自由云々」といった価値観とを止揚するロジックが生み出せているかとなると、それはいささか疑問です。
     ぼくは「運動」といったことにさしたる興味はなく、現場の人々の苦労は存じ上げません。フェミニストとの「呉越同舟」が必要な場というのもあるかも知れません。
     しかし、それでも、やはり、どう考えても、事実をミスリードさせてまでフェミニズムを持ち上げることに意味があるとは、ぼくにはどうにも思われません。
     時々書くことですがツイッターは馬鹿発見器と呼ばれております。
     これで馬脚を現した文化人も数多いですが――フェミニストもやはり、(今回のきっかけになったtogetterの本題があまりにも雄弁に物語るように)ツイッターにおいてあまりにも過剰な男性憎悪,ルサンチマンの念が疑問視される傾向にあります。
     怪しげな根拠を振りかざし「フェミニストは味方だ、味方だ」というだけでは、支持者を失うばかりなのではないでしょうか?

    ■補遺■


     あの後、藤本師匠とまた少し会話が続いたので、以下に引用します。

    藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @hyodoshinji @AstarteLilium いえ、すでにお答えしました。
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/518062797712674816


    兵頭新児@hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium 聞いてないと思います。拝見して思ったのですが、、「ラディ/リベフェミか?」という質問に対してお答えは「ラディ/リベな思想」というものになっている気がします。
    オタク界では「ポルノ規制派」くらいの意味で「ラディフェミ」が理解されており、ここは正しておいた方がラディフェミを自認する方々(いらっしゃるのかどうか存じ上げませんが)にとってもいいのではと思うのですが、いかがでしょうか。
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/518064165294862336
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/518064371516604416


    藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @hyodoshinji @AstarteLilium 私はラディカルフェミニストを自認していないとはっきり言っていますし、ポルノ規制はでもありません。そこに複雑な誤解をしているとすれば、それはあなたの個人的な問題です。
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/518067102414950400


    兵頭新児@hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium どうか、ぼくのツイートをもう一度よく読んではいただけませんか? ぼくは「藤本由香里はポルノ規制派だ!」と言っているのではなく、オタク界隈で「ラディフェミはポルノ規制派である」との風説が流布されている、と言っているのです。
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/518070220393828352


    藤本由香里 『大島弓子にあこがれて』発@honeyhoney13
    @hyodoshinji @AstarteLilium だから何? 私に「あなたが考える」ラディカル・フェミニストの代弁をしろと? あなたの頭の中にある概念の代弁はできません。私は自分がラディカル・フェミニストであるとは思っていません、とはっきり言っています。これ以上返事しません
    https://twitter.com/honeyhoney13/status/518072633741418496


    兵頭新児@hyodoshinji
    @honeyhoney13 @AstarteLilium そんなこと、誰も言ってませんがな。オタク界の風説を基準にすると、あなたはリベフェミ、しかし「フェミニズム事典」の類の定義からするとあなたはラディフェミだ、そう申し上げているだけです。
    https://twitter.com/hyodoshinji/status/518074042272993280


     いかが思われたでしょうか。
     こちらが上野千鶴子師匠なども執筆している『岩波女性学事典』から引用しているのに、「あなたの頭の中にある概念」、「思い込みは勝手ですが」だからなあ……またヒステリックに対話を拒絶する態度は、やはりそうした細かいことを考えない層にも、「何か、怪しい」と思われてしまうのではないでしょうか。
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