『戦後史の正体』より。

中曽根首相は米国との軍事協力に踏みこみます。米国での「日本列島を不沈空母にする」という発言が注目を集めました

 一九八二年一一月二七日、中曽根政権が発足します。(●図版と解説⑲)中曽根首相は翌年一月、すぐに訪米し、レーガン大統領と会談します。(●図版と解説H)この訪米では首脳会談もさることながら、「不沈空母」発言が注目されました。

 中曽根首相がワシントンに到着した翌日、ワシントン・ポストの社主、グラハム女史が自宅で朝食会を開きます。グラハム女史はワシントンの社交界の中心人物です。ケネディ、ジョンソン、マクナマラ、キッシンジャー、レーガンなど、歴代大統領と親交のあった人です。ニクソン失脚につながるウォーターゲート事件を大々的に報じたのは、ワシントン・ポスト紙です。中曽根首相はキッシンジャーと近い関係にありますから、グラハム女史の家によばれるのは不思議ではありません。