岩波書店発行 『図書 2020 8』「善と悪の不条理」から宗教と政治
天国と地獄は人間に対して飴と鞭、懐柔と脅迫として働く。しかもしばしば地上の権力者と結びついて人間を従順かつ忠実な僕(しもべ)に変える。天国と地獄とはこの飴と鞭という露骨なやり方とは別のもっと洗練された力もある。
見渡してみれば人間の世界は公平にできていない。それどころか完全に不公平な世界である。人種、出目、容貌は運命だから仕方がないと諦められる人も、善と悪の不公平は許せない。
毎日ことこつ働いても食べることさえままならない人がいる。その一方で汚い手を使って財を蓄え、贅沢三昧をする人もいる。善行を積んだおかげで幸福になった、悪行のせいで不幸になったとはならない。行為とその行為のもたらす結果を天秤にかければ多くの人が釣り合わない。つまりこの世は不条理なのである。
そのまま放っておけば、大多数の人々が現実の世界の支
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> 天国と地獄とは人類の大発明だった。ただしそれは権力者が現実の世界を維持するための装置だったことを忘れてはならない。
大発明か否かはよく分かりませんが、一般大衆のガス抜きに有効というのは合点がいきます。
> そのまま放っておけば...溜まりに溜まった不満はやがて爆発し、不公平な現実を覆そうとするだろう。
それは「けしからん」ことで、不条理で不公平な目に遭っている者は「気の持ちよう」で対処せよと権力者が説くのは理に適っている。
もう10年以上?も昔、スコット・リッター氏の著書 翻訳も手掛けた作家・星川淳氏の講演等から-
“インドに足掛け5年いたが、あそこは本気でカースト制度に取組むこともないし、環境問題に取組むのも、ともすれば「若気の至り」と見做される。(高い境地に至ることがその上に置かれているため)
自分が変われば世界が変わるというが、それだけでは半分だ。一方では「緻密な分析、的確な行動」も必要。それと「スピリチュアルなもの」、両輪のバランスを保つべき。
かつて北米インディアンの社会では一人々々が本当に平等で、階層というものが全くなかった。これが大事。
(戦争に向かった過去を見て)国家に搦め捕られるような形での精神性は追求してはならない。”
カーストでベネディクトの『菊と刀』に書いてあったことを思い出しました。19世紀後半に徳川幕府が崩壊し、封建的紐帯の網状組織が全く名ばかりのものになってしまった時でさえ、封建的身分制度=カーストの「地図」を引き裂いてしまえという意見のグループは一つも存在しなかった。日本の津々浦々から湧き起こった叫び声はイッシン、古に復帰することだった。おおよそ、革命とは正反対のものであった。日本では「フランス革命」は起こらなかった。明治の政治家たちは国家と人民の間の「相応しい位置」の義務を細かに規定した、というものです。この精神構造を戦後も脈々と受け継ぐ日本人。絶望感さえ抱いてしまう。失礼しました。
この世の中には、支配者と被支配者の立場は民主的か独裁的かの差はあるが、確かに存在する。
支配被支配は肯定して、自主的に行動するか、従属的に行動するかで、この世の中の風景が全く異なるのも事実である。
世の中の体制が己の生活を豊かにしてくれれば、体制批判はない。現実は多くの人が存在しており、一人一人が己の権益を主張すれば、満足できる世の中など存在しない。
この現実の世の中は、天国と地獄、己を満足されてくれれば天国であり、己が不満足であれば極端な場合、地獄になる。
「生きている」ことは、存在することであり、時間と場所を与えられていることと同義語である。「天国と地獄」は表と裏の関係である。「死後の世界」入ったことがないのでわからないが、存在を離れ、時間と場所を奪われたのであるから、何もない世界「絶対無」の世界とみている。天国と地獄があるという考えは、全く理解できない「俗世間」に犯された反体制主義の主体性無き人が言うことでしょう。
>>2
私は「菊と刀」未読ですが、ベネディクトは訪日経験なしとのことで、ご紹介のように女史が「日本人には反骨精神ゼロ」と決めつけたのも どうかなと思います。しかし、大衆は大人しいままの方が日本を「占領する側」には好都合ですから、戦後も脈々と大人しいままにしておくための「工作」があらゆる分野で続いているのでしょう。
天国と地獄という概念は長い間、宗教の教祖や指導者、
それに坊主たちが無知蒙昧な民を脅しつけ、ダマして
信者を増やす格好の小道具だと思ってきた。
宗教というものは必ずその小道具を効果的に使う巨大な
詐欺システムだと、
そして教祖や指導者は当然そんなものテンから信じていない
から、あわれな信者から巻き上げたカネで現世利益を
むさぼると。
今もその考えは変わらない。
政治家も宗教家もたちの悪い詐欺師同士ですが「装置」
は坊主どものこしらえもので政治家ではないと思います。
長谷川櫂氏の宗教を権力者が現実世界を維持する装置だと喝破したのに脱帽致します。思っていても、皆、遠慮して言いませんね。
同じカテゴリで、カール・マルクスは、偉大な思想家らしく、宗教を阿片だと言ってますから、知識人なら常識でしょうね。マルクスの共産主義は実はそういう不条理を徹底して潰すことに一つの理を見出しているのですが、ソ連の崩壊で肩身が狭くなったのです。
その反動もあってか、米国のシカゴ学派の「儲ければ良い」という思想が、この地球に蔓延し、中国共産党までその思想を採用し、乗り出して、本家の米国が慌て出した。米国は伝統的なお家芸たる戦争を中国にしかけるらしい。
米国ファンにはお気の毒。残念ながら、米国にはシカゴ学派の為に死ぬと覚悟した人民はいません。中国には中国共産党のお題目を信ずる人民がまだ少なからず残っているし、かっての侵略者たる暴虐だった日本が米国とタイアップしてその戦争に加担すると言うのだから、中国の反撃はすさまじいものになりましょう。勝負は明らか。
我々はこういった不条理を嘆いてばかりではおれません。米国であれ、中国であれ、資本の横暴に任せていると、地球が壊れてしまうのです。地球が壊れたらどうなる。自民党もそれくらいは分かろうというものです。
我が国が誇るべき脳機能学者たる苫米地英人とフィデル・カストロ・デイアスバラールト(キューバ革命の父たるフィデル・カストロの長男で世界一流の原子物理学者)が「もう一歩先の世界へ」を著し、脱資本主義革命を提示しているのです。現在のキューバみたいな国に米国と中国を変えようというのです。狩猟時代を卒業して人類は地球を争って食って来ました。もうそろそろかけがえない地球を共同して育もうというのです。高度な医学でコロナを克服しているキューバ。説得性あると思うのですが、如何ですか?自民党ファンの方々。
>>3
やっぱり、貴殿は自民党ファンですね。安倍氏も、自民党員も、貴殿も主張が無いんですよ。支配者のつもりなんででしょうね。
「上級国民」みたいな言葉が流行ってますが、その上級国民に自分は所属しているというプライドがあるでしょう。違いますか。それとも、貴殿は以前に自分のことを天の邪鬼と称してました。その背景に「知識人が嫌い嫌い嫌い」みたいな性癖の存在を吐露してましたよね。
そういう意識が今日のコメントのように「反体制主義の主体性無き」みたいな意味不明で統合失調の言葉を発する、恥ずかしげもなく。
>>7
反体制主義の主体性無き、て私にも意味不明です。
その逆ならストンと落ちるのですが。
でもまあchangeさんの牽強付会はいつものことですし...